ゴリラさんの抱っこ、あったかいんだよ
交差する四本の光の帯。二重の円の内側に作られた魔法の方陣から、風と光が噴き出す。
「わぁぁぁお!」
トッピョイのレインコートと、頭部の笠の部分が風に吹き上げられてバサバサと舞う。
異常事態かと心配したアウグストゥスが駆け寄りトッピョイを抱き起すが、二本の触腕で裾を抑えたトッピョイはそうじゃない、チヒロを避難させてと訴えた。
「これ、危険なヤツ! 召喚魔方陣ダヨ! 連れていかれチャウ!」
けれど、肝心のちーちゃんは、光に包まれた足元を見て、アイドルの舞台みたいだと感動していた。
「みてみて! おゆうぎ会でね、これね、おどったの!」
だから、ぴょんぴょん飛び跳ねて踊ってしまう。みーぎ、ひだり、みーぎ、ひだり。おてては頭。
光が一層強くなり、三人を包む。
光が収まった時。三人が立っていたのは先ほどまでの道路ではなかった。
精緻な彫刻がされた何本もの柱。高い天井。タペストリの掛けられた石造りの壁。
そして10人を越える人間が周囲を囲んでいた。
「どこだ、ここは」
「少なくとモ日本じゃナイデスね」
まだピョンピョン踊っているちーちゃんを守るように周囲を警戒するアウグストゥスとトッピョイ。
その二人の前に、豪華な服装の太った男が進み出て、何事かを話しかけてきた。
彼らはこの国の王や王子、魔法使いたちなのだが、日本語ではないので伝わらない。
ローブを着た男が小さな杖を振り回して何事かを始めるが、それよりも早くトッピョイが動く。
「言葉が通じナイですね、ここはこれを使いまショウ! 『ダニエル・コーーーール』どんな言葉も全て山形弁に翻訳する高性能翻訳機デス!」
トッピョイが怪しげな装置のスイッチを押すと、意味不明だった言葉が『ちょっとまいでれ!』と言っている事がわかる。山形弁だ。何を言っているのかアウグストゥスにはわからない。
「すまないが山形に行った事が無いのだ。他の翻訳はできないだろうか」
「それナラ、これデスネ。本当は亀との会話用なのデスが、全生物に使えますのでもちろん人間にも異世界人にも使えマス『トータル・トーク』」
亀の形の小さなブローチをちーちゃんの胸に着けると、周囲の声が全て小〇力也の渋い声で伝わってきた。
「ようこそマクガハン帝国へ。異世界の聖女殿よ、ここは召喚神殿。急な招きに応じてテテテテテ?」
「トランプの人だ! トランプのね、きんぐ、ちーちゃん知ってる! しんけいすいじゃく得意だから!」
ちーちゃん突然のインターセプト。何かを話そうとした男の前に進み出て、髭を引っ張ろうと手をのばす。ガウンの裾も踏んでいるのでトランプの王様風の男は逃げる事も出来ずに必死に手を躱す事しかできない。
「陛下!」
「陛下!」
「この、子供め、御前であるぞ!」
周囲の人々が途端に騒ぎ出すが、ちーちゃんを取り押さえる事も出来ずに慌てている。
ちーちゃんは、幼稚園のクリスマス会でサンタクロースにお髭を触らせてもらってから、またお髭を触りたくて仕方なかったのだ。
「その人は我々を呼んだ方だろう。ちーちゃん、まずはお話を聞こうか。触りたいなら私の毛皮を触っていていい」
「わぁ、あごのところ、ふわっふわ!」
ちーちゃんを抱っこしてトランプの王様から引きはがすアウグストゥス。この場で最も常識的で穏健なのは彼だった。
「感謝する。まずはこちらから名乗ろう。余はマクガハン帝国の皇帝サケマス一世だ。我が国は今、魔の巨人に侵略を受けている。結界に親和性の高い聖女の力を借りたく召喚した」
「これはこれは、皇帝陛下であったか。私は埼玉なかよし動物園のアウグストゥス。わが友である千尋とトッピョイと共に大事なお使いの最中だ。あの光の円が其方たちによるものであるなら早急にもどの場所への帰還をお願いしたい」
アウグストゥスはレインコートのフードを外して素顔を見せながら、皇帝の挨拶に対等に応じた。森の王者の風格は皇帝を前にしても一切揺らがない。
「獣人だと?!」
「む、獣人というのは人と獣の特徴を持つ種族の事であろうか? それならば私はそれに当てはまらない。ゴリラなのでな」
フードの中の素顔を見て思わず漏らした呟きにアウグストゥスが反応する。彼はゴリラである自分に誇りを持っているのだ。誰もが手を振り、振り返される事を望むアイドル。センターの誇りである。
「陛下、彼の言葉に嘘発見魔法は反応しておりません」
「獣人ではない……これで人だというのか」
「ゴリラというのが何かはわかりませんが、この見事な体躯と合わせて考えれば、なんらかの加護か魔法武装の可能性が……」
側近の魔法使いが皇帝にヒソヒソとささやく。混乱を深めつつある帝国勢にトッピョイが追い打ちをかける。
「ワタシも自己紹介しますネ! 火星から来ました、トッピョイです。千尋の親友で時間移動者で科学者で発明家でここ二周目です」
ばさりと下ろしたフードの中を見て、帝国サイドは絶句した。宇宙人を見た事が無いのだ。
「いろいろネ、そちらもして欲しい事とか事情とかあるでショウけど、この子がもうおネムなので詳しい話は明日にして貰うでイイカナ? イイトモ?」
トッピョイの言葉に合わせて、アウグストゥスが抱き上げている千尋を少し持ち上げて眠そうな姿を見せる。抱き上げられたまま、アウグストゥスの顎髭をさわさわと触り、時折「ふぁふぁ~」と呟いている。先ほどのハイテンションは眠気から来るものだったのだろう、今にも寝そうだ。
「そ、そうか。うむ。それでは部屋を用意しよう」
帝国サイドも予期せぬ幼女ゴリラ火星人コンボでペースを崩された。いったん仕切りなおすことに賛成の様で、瞬く間に広い客間が用意された。
部屋へ案内してくれた侍女たちが、飲み物と軽食を置いて部屋を去ると、トッピョイはその姿を見届けてから振り返った。
「さて、アウグストゥス。逃げますよ」
「先ほど二周目と言っていたな。詳しく聞こうか」
ごく普通のテンプレ的な召喚シーンだと思います