どれみふぁそらしど♪
青い空。白い雲。とは残念ながらいかない。
もう、お日様はお休みの時間。家の外はすっかり夜。
だけど、心は晴天。だから、だいじょうぶ。きっと一人でもお使いできる。
家の前の道をまっすぐ行って、橋を渡って、いつも猫さんがいるお店の前を曲がると薬屋さん。
お祖母ちゃんと何度も通ったから覚えてる。
『いつもお手伝いできて偉いね!』
そう言って、飴をくれるお姉さんがいるお薬屋さんなのだ。
ちーちゃんはお手伝いが大好き。いつもお薬の袋を持ってあげるし、いきおいよくぶんぶん振り回している。
「いってきまーす!」
靴を履き、小さなリュックを背負い、元気よく挨拶して家をでる。
お財布とお薬手帳は、公園で使うプラスチックのスコップを入れた小さなリュックにキチンと入れた。
外はもう真っ暗で怖いのだけど、街灯の明かりを頼りにまっすぐに歩いていく。
「む、あれは行かせて良いのか?」
賢者のような思案深げな表情を浮かべるゴリラのアウグストゥス。
自分の子供だったら。
動物園の檻の中だったら。
うん。安全だ。ゴリラ年齢で五歳なら、一人で出歩いても大丈夫だろう。
しかし、先ほどから急激に知性が上昇し、周囲の状況を理解し始めた賢者の脳みそは、五歳の子供を一人歩きさせるべきではないと警鐘を鳴らす。
「トッピョイ殿。ちーちゃんが一人で出かけてしまった。着いていくべきだろうか」
「それは問題ですネ。車に轢かれると大変なのでついてきマショウ。トラックとか超デンジャーです」
「それはもう良く知っている」
目の前には、庭に突っ込んだままの動物輸送車。
ゴリラと火星人は互いに顔を見合わせ、頷いた。
「これ以上のトラブルはイヤイヤのイヤなので、運転手さんとオバアチャンとトラックは後にして、チーチャン=さんを守りましょう」
「そうしてくれると助かる。なにせ俺はゴリラだ。表を歩いていると騒ぎになる可能性がある」
「ナンデ? 毛深いですカラ?」
体をクエスチョンマークにして疑問を表すトッピョイ。体が柔らかい事に驚くアウグストゥス。
「いや、人間ではないからだ。ここは人間の街なのでな」
「同じ霊長類ナノニ? あ、希少種族だから目立つとかデス?」
「そういう事だ」
そういう事なら、とトッピョイは半壊したUFOの中からピンクのストライプ模様の奇妙な装置を取り出す。
「パーパパーッパパララパ~。フィラデルフィア式透明化装置・消える君~」
「なんだ、それは」
「これ使うと生き物が透明になります。実験はまだして無いけど……アレェ?! 大事なパーツが折れてる!」
「壊れたのか」
「ちゃんとリセットボタン押しながら電源切らなかったカラ?」
「トラックの衝突でだと思うぞ」
事故は怖い。その思いを確かめ合う。
そんな中、ちーちゃんはドンドン元気よく歩いて行ってしまう。
「とりあえず、これで身を隠して追いかけよう」
「かわいいデス! わたし、小さいほう着ますネ」
二人は玄関先にかかっていた雨合羽を着込むとちーちゃんを追って走り出した。これならフードもあるし、姿を隠せるだろうという判断だ。
二人とも靴を履かない生活なので玄関で止まる事も無く、ガラガラと引き戸を開けて表に飛び出す。
アウグストゥスが丁寧に締めて、鍵をどうするか少し迷う。締めておきたいところだが、鍵を持っていないので諦めるしかない。ご近所さんに期待して鍵は開けたまま外出する事にした。
そこで、家を見てぼうっと立つトッピョイを見て不審に思う。
「いったいどうしたのだ。火星の恩人よ」
「トッピョイと呼んでいいデスヨ、アウグストゥス=さん」
「私もさん付けは要らぬ。動物園ではあっ君とも呼ばれていた身だ、気楽に呼んでくれ」
そういいながら、トッピョイの眺めているものを視線を追ってみる。タコ型火星人の眼球は虹色の球体で瞳が無く、視線が追えなかった。しかたないので、素直に聞くことにした。
「何を見ているのだ」
「アノ、コレ」
トッピョイが触手で指したものは表札だった。
【石野 きらら・ちひろ】
「うむ。表札だな。名前が書いてある札だ。名前しか書いてないのは珍しいな。普通は原産国や食性、習性などが書いてあるものだが」
ゴリラ視点では檻の前に書いてある札にあたるので、家の表札は情報量が少ないようだ。
「いヤ、そうじゃナクテ。ちひろって書いてある」
「きららはあのお婆さまだろう。ちひろというのはちーちゃんであろうな」
「チーチャン、ちひろだっタ!」
びっくりしたのか、二メートル程にぴょいんと伸びあがり細く捻じれるトッピョイ。
「そうだ。人間は名前の先頭を取って呼び名をつける風習がある。ちひろの呼び名はちーちゃんなのだろう」
「ワタシ、タイムホールの座標間違ってなカッタ! 珍しくドンピシャリだったのネ!」
そう叫ぶと、トッピョイは八本の脚をぐるぐる回転させて猛スピードでちーちゃんの後を追い始めた。
一方そのころ、元気にテクテクと歩いていたちーちゃんはというと。
「あれぇ。こんなところ、通るんだっけ?」
橋を渡ってまっすぐまっすぐ歩いたちーちゃんは、見慣れぬ道にいる事に気が付いた。
少し後ろの電柱の影に、お祖母ちゃんの半透明なビニールレインコートを着たアウグストゥス。
その後ろに、ちーちゃんの黄色いレインコートを着たトッピョイ。
二人はちーちゃんの目的地がわからないので、少し離れて見守る事にしたのだ。
ちーちゃんが周囲を見回すが、いつも猫さんに挨拶するお店が無い。シャッターが閉まっていて看板が仕舞われているだけなのだが、ちーちゃんにはわからない。景色が違ってしまえば、もう道はわからないのだ。
困ったちーちゃんは通りがかりの人に聞いてみることにした。
ちょうど犬の散歩をしている人が居た。
「こんにちは!」
「はい、こんばんは。あら、一人? ご家族の人は?」
毛糸の服を着た犬と、お揃いの服を着たおばさんは、しゃがみ込んで目線を合わせると周囲を見回す。
すぐに目についたのは、電柱の影に隠れ切れていない物凄いマッチョ。暗いのでよく見えないけれど、とにかくデカい。
じーっと子供の方を見ている。
その隣には黄色いレインコートが見える。輪郭が肩が無いように見えて不安になるが、ご夫婦だろうか。
この子供を見守っているのなら、おそらくお使いを見守っているのだろうか。
「あのね、お薬屋さんに行きたいの! どっちですか!」
なるほど、やはりお使いだ。それを影で家族が見守っているのだろう。
センスは悪いけど親切なおばさんは、犬を抱きかかえると最寄りの薬局を指さした。
「あなたが来た方に少し戻って、あそこの角を曲がるといいわ。おばちゃん、着いて行ってあげようか?」
「ありがとうございます。だいじょうぶです!」
ぺこりと90度のお辞儀。全然大丈夫じゃないけど、お礼をキチンというと示された方に向かって走り始めた。
電柱の後ろにいた二人も、ぺこりと頭を下げて子供についていく。
不審者ではなさそうだ。よかった、警察に連絡した方が良いのか迷ったのよねと、ほっとした瞬間。
くるりと振り向いた二人のレインコードが翻り、大きな尻と、無数の触手がチラリする。
(え、全裸?! いや、あっちの細い人は脚何本あった?! え、ああ何を見たの私は)
ありえない物を見た親切なおば様は永続的に正気のひとかけらを失い、立ちすくむのであった。
「あ、風船の……トッピョイさん! かくれんぼ?」
「あああ、見つかっちゃったヨ。チヒロ! 一人で行くのアブナイから、一緒にいこう」
ちーちゃんがトッピョイに駆け寄り、触手と手をつないだ時、周囲に光り輝く魔法陣が現れた。
本来は数年後に呼ばれるはずの聖女召喚!
過去を改変し、お祖母ちゃんの病を治したことで因果律のアレがアレしてなんか早めに呼ばれちゃったぞ!
次回! 聖女召喚からの婚約者コンボ!
王子様困惑!「俺ロリコンじゃないんだけどこんな小さな子を婚約者にするの?」