あのね、トラックがね、がしゃーんってなったの
その日も、ちーちゃんとお婆ちゃんは縁側で空を見ていた。
「パパとママはあそこにいるんだよね!」
「そうだよ、みんな一緒にね、ちーちゃんが元気に大きくなりますようにって言ってるよ」
「手をふったら見えるかな」
「きっと見えてるよ。ほら、ピカピカ光ってお返事してるよ」
「あ、ながれぼしだ!」
息を弾ませて空を指さす5歳のひ孫を抱きしめて、石野きらら(87歳)はこの可愛らしい娘の親を事故で奪った神を呪った。
この子がせめて二十歳になるまで見届けたい。
それが無理な事もわかっている。薬で抑えてはいるが、もうあまり長くはない身だ。
けれど、せめてあと15年頑張らないと、この子は天涯孤独になってしまう。
……102歳か。がんばれ私、とお婆ちゃんは自分にエールを送る。ギネス記録に戦いを挑むつもりで長生きしてちーちゃんの子供も抱きたい。
「みてみて! ながれぼし、おっきい!」
「じゃあ、願い事をしようね。どうかちーちゃんを守ってくれる素敵な人が現れますように。そしてばぁちゃんもあと20年くらい健康で長生きできますように。あたしにも爺さんよりイケメンの石油王が現れて一目惚れしますように。あと宝くじ当たりますように……」
おばあちゃんの切なる願いは、その場で少し叶う事になる。
ちーちゃんが指さしていた流れ星は、そのまま光り輝く球体となって大きくなり、庭にふわりと着陸した。
その姿はまるでひっくり返した灰皿の様で、銀色に輝きオレンジの燐光を纏っていた。
「おばあちゃん! ゆーふぉーだ! ちーちゃんね、しってるよ! これゆーふぉーなの!」
「間違いない。どこからどう見てもUFOだね。それもアダムスキー型だね。未確認とか言えない位だよ。この年まで生きてきて初めて見るね」
両手を上にあげてキャッキャと喜ぶちーちゃんとは裏腹に、おばあちゃんは腰を抜かしていた。
畑に現れる不可思議なサークル。連れ去られる牛。埋め込まれる金属片。お祖母ちゃんはムーを愛読していたので詳しいのだ。
UFOは荘厳な音楽も無く、金属光沢の外壁がまるで液体が溶ける様に開いた。
「え、第一種接近遭遇だけじゃなくて、第三種?!」
「おばあちゃん?」
お祖母ちゃんは詳しいのだ。
ちなみに飛行物体の目撃が第一種接近遭遇。影響や痕跡を確認する事が第二種で、搭乗者との接触が第三種に該当する。
「ア・エルベレス……違う、長寿と繁栄を?」
お祖母ちゃんの混乱が臨界点を突破したその瞬間、轟音と共に現れた4トントラックが石野家のブロック塀を破壊した。小さな家庭菜園と金魚のお墓も一緒だ。
そして、庭の中央に鎮座していた空飛ぶ円盤も。
「きゃあ!」
「ひでぶっ!」
「e◇q▼e\e◎」
不思議と衝突音はせず、静かなままの庭だった。砂煙の中、植木鉢の破片の音だけが小さく響く。
あまりの事に気を失ったお祖母ちゃん。ハンドルに突っ伏している運転手。トラックの荷台から放り出され歪む檻。
ちーちゃんはびっくりしすぎて泣きそうだ。でも泣かない。がんばる。えらい。
ポケットから小さなかわいいキャラクターの描かれたポケットティッシュを取り出して鼻をかむと、お祖母ちゃんの手に握らせる。
「これ、テレビで見た。じこはおこるさ。でもしょうがない。なんとかしよう!」
持っているトミカと同じトラックだったので怖くない。今日の昼間にも、赤い屋根の小さなおうちのウサギを荷台に乗せて爆走していたのだ。
トコトコとトラックに近づくちーちゃんの手にそっと触手が巻き付く。
「危ないカラ、少し離れヨウネ」
ちーちゃんの手に絡みついているのは、丸いピンク色の頭から無数の細い触手を伸ばした2mほどの生き物。デフォルメしたタコに見えなくもない。しかし、ちーちゃんには別のものに見えていた。
「ふうせん?」
「イイエ、私、火星人のトッピョイ。風船じゃありマセン。あなたは?」
「わたし、ちーちゃん! ふうせんさん、かせいじんなの?」
「はい。親友の頼みで過去へお届け物にきたのデス」
火星人さん、なんと未来人でもある様子。
「とりあえず壁、直しマスね。建築物修復機・アンドゥーただお~」
トッピョイが小さな人形を取り出しゼンマイを巻くと、人形は崩れていたブロック塀をみるみる元通りの位置に戻しコンクリート状にしていく。
「すごい! てじなみたい!」
「ふふーん。操作は念動力なのでちょっと疲れるデス」
宇宙人で未来人である上に超能力者でもある模様。
「あと怪我の治療は……これ地球人に使って平気かな。いっか」
壊れたブロック塀や盆栽、家の壁が修理されていく中、UFOから持ち出した金属光沢のアタッシュケースから金色のスタンドライトを取り出す。
「パーパパーラパパパパ~。細胞同期光線~」
「なにしょれ」
コテンと首をかしげるちーちゃん。石野家におしゃれなナイトスタンドなどは無い。
「未来の火星科学と、異世界の魔法を合わせた治療器具……痛い所を痛く無くする道具デス」
「ばんそーこ?」
「それデス」
絶対に違うのだけど、トッピョイには高いスルー力もあった。
「損傷個所の再生設定を地球人に……チーチャン=さん、少しサンプル頂いてイイ? 痛くしないし天井のシミを数えている間に終わるカラ」
「……それ、お注射? ちーちゃん泣かないよ」
「ありがとう。皮膚から生体情報をコピペのコピするだけだから痛くないのホントデスよ」
小さなペンのような器具でちーちゃんの小さなおててをペコっと押すと、趣味の悪いスタンドライトが光りだした。
「これで、チーチャン=さんの健康状態を周囲の地球原産の人類に上書きデス。親友の千尋が異世界に聖女召喚された時に一緒に作った、魔法と科学の愛の結晶なのデスよ!」
えっへんと擬音を口にしながら120度位反り返って見せる。火星人に胸は無い。
「お祖母ちゃんの痛いのも治る?」
反り返りすぎて見えなくなっている頭を覗き込みながら尋ねるちーちゃん。
「チーチャン=さんが健康なら、周囲の人の怪我も病気も全部上書きできるのデス」
「すごい!」
「エリクサーも持っているデスが、これは過去に戻ってお祖母ちゃんに飲ませてって千尋に頼まれたお届け物なので、スミマセンが使えないデス。でも、他にも怪しげな火星道具いっぱいあるのでどうにでもなりマス!」
触腕の一本をムキッとガッツポーズさせるトッピョイ。上腕二頭筋が無いので力こぶは出来ない。
「じゃあ、あっちの人も助けてあげよう?」
ちーちゃんが指さす先には、ハンドルにつっぷして動かないトラックの運転手。
「そうデスね。引きずり出して寝かせてあげまショウ」
べにょりと七本の触手でトラック脇まで歩くトッピョイだが、ギューンと伸びあがってドアを開けた所で固まってしまった。
「ごめんなサイ。私、地球重力下で成人男性持ち上げるの無理カモ。チーチャン=さん、地球人だから力持ちよね、ちょっと手伝って?」
「そんな事、子供には無理だろう。俺がやる」
細長いヒョロ体型のトッピョイを横に押しのけて、運転手を軽々と抱える動きはまるで王子様のような紳士的なふるまい。
しかしその姿は、まるでゴリラのような筋肉。白く輝くゴリラのような歯。英知に輝くゴリラのような瞳。ゴリラだった。
「ゴリラさんありがとう!」
「地球のゴリラは話ができるのデスね」
「いや」
動じない二人に、トラックの事故で歪んでしまった檻から出てきたゴリラが昭和バブルの残骸のようなスタンドライトを指さす。
「あの光を浴びてから急に色々な事が理解できるようになった。多分だが、君の意図した通りの働きをしていないので止めた方が良いと思う。それと俺はアウグストゥスと呼んでくれ。御り覧の通り、ゴリラだ。火星の恩人よ」
「ヒッ?!」
急いで光線を止めるが、いろいろと遅かったようだ。
「ナンデ? 理論上うまくいくはずだったのに? 角ウサギのテストではそれっぽくなったのにぃ」
目からドボドボと緑色の液体をあふれさせて泣くトッピョイ。
「アアア、運転手さんも女の子になってる……TSとか絶対ダメなのにぃ。あ、オバアチャン=さんは?!」
縁側で倒れたままのお祖母ちゃんに駆け寄る三人。ちーちゃんがほっぺに触れ、トッピョイが脈を診る。
「お祖母ちゃん、ほっぺプニプニ!」
「脈拍1028ヘクトパスカル! たぶん正常!」
二人のガッツポーズに、ゴリラのアウグストゥスが疑問を提示する。
「その方はお年寄りだったと思うが、御り覧の通り子供のようになっているぞ」
バッと振り返る二人。
「ままの写真そっくりだ?」
「若ツクリィーーーッ!」
立て続けに訪れた衝撃にべしゃりとエチゼンクラゲ状に崩れ落ちるトッピョイ。
足を拭いて上がり込み、ひざ掛けを取ってくるアウグストゥス。
お祖母ちゃんをゆさゆさと揺するちーちゃん。
「時空飛翔機はめちゃめちゃでも、最悪10年待てば千尋には会えるデス。でも、現地人の強制TS&ロリババア化はマズいデスねぇ。銀河武家諸法度に触れて切腹モノですよ。お腹ないケド、トホホ」
「そんな事より動物園に連絡できないか? 妻が心配しているかも知れない」
ドタバタと騒がしい二人を尻目に、ちーちゃんは眉毛をハの字にしてう~んと考え込む。
確か、こんな時はどうすればいいって教わっていたっけ?
『ちーちゃん、もし祖母ちゃんが横になったまま動かなかったら、電話のここを押してね。救急車の人がお電話に出るから、ここの住所っていう所を読んであげてね』
振り返って見てみる。
ほっぺのしわしわが無くなったお祖母ちゃんは、『う~ん』と言いながら手を彷徨わせている。
「うごいてる」
それならきゅーきゅーしゃは無し。
『祖母ちゃんは元気のお薬飲まないとだから、薬局までお散歩に付き合ってくれるかい?』
これだ!
ちーちゃんは、動いているけど倒れたままのお祖母ちゃんを『元気がない』と判断した。
ちーちゃんは目を輝かせると、お祖母ちゃんのお財布とお薬手帳を手に取り、キッと口を結ぶ。お薬があれば元気になるはず。
「そうだ。ちーちゃんね、おばあちゃん元気になるようにおくすり貰ってくるね!」
カオスを極めたこの混乱を置き去りにして、ちーちゃん(五才)の初めてのお使いが始まろうとしていた。