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第九話 再臨の女神

 あれからどれだけの時間が過ぎただろうか。

 少なくとも十数日は経っているとは思った。


「流石におかしいな」


 いつまで経っても音信不通の魔女がやはり気掛かりだ。──そう思っていた夜、いやに明るい夢を見た。


「なるほど、ようやくか……」


 忘れもしない……振り返ればそこには、見覚えある姿があった。底知れぬ、何か得体の知れない気配。

 どこまでも果て無き存在感と、どこか作り物のような顔立ち。


 他でもない、彼女こそが彼をこの世界に送り込んだ元凶。そして人々からは女神と称される存在だ。


「そう言えば、アンタによく似た人間にあったなぁ」


 黄金の太陽を瞳に宿して、生身では体現し得ない美貌。思い出すほどに本当にあれば人間だったのか……あるいは、幽霊にも近いとも言われた方が説得力があるような気がしてもいた。


「私に、似た方ですか?」

「まぁ、そうだな。特徴的な女だったが……」


 女神があの世界の情報をどこかまで持っているかわからないが、こちらの内情を知っている可能性の高い彼女を放置していることがあるだろうか。

 そうでなくても警告ぐらいはしてもいいだろう。──では警告しなかった理由は何かあると、そう考えるのが普通か。


 確かにあの少女ロマは最後まで友好的だった上、実害を被ったわけでもない。そう考えれば危険性はないと判断して、カルアに伝える必要ないと考えたのも妥当だ。



「黄金の瞳を持った少女だった。見たところ、どこか幼さの残る容姿と出立ち……多分、十代半ばくらいじゃないか」

「黄金の瞳……他に、特徴はありましたか?」


「白金の長髪、あとは異様に整った顔立ちだった。神であるアンタよりも、彼女の方が優れた容姿を持っているようなも見える」


 他人と容姿を比べるのは褒められた行為ではないが、相手が人でなければその限りではないだろう。現に女神は気分を害した様子もなく、どこか思案するような表情を見せる。


「いいえ。残念ながらそちらの世界に送り出した使徒にや、彼等から貰う情報にも一致する人物は見当たりません」

「……そうか。一応、警戒するよう伝えておいてくれ」


 普段、他人のことなどどうでもいいと思うカルアだが、どうにもアレだけは事情が異なる。一応は情報の共有を提案するものの、本当に欲しいのは寧ろ彼の方だった。

 女神から他の使徒に伝達して貰えば、彼等もその少女のことを多少なりとも意識するだろう。彼等が偶然彼女と接触すれば、そっちから思いもよらない収穫を得られる可能性もある。


「ええ、もちろんです。因みお名前など、わかります?」

「ああ、特徴的だったからよく覚えている。──ロマネスク・ロマンシア。本人からはロマと呼ぶようにと言われた」


 直後、女神の表情が曇った。思わず視線を鋭くするカルアの前、彼女は少し戸惑ったように重い口を開く。


「……そう、でしたか」

「何か問題が?」


「気をつけてください。彼女は、既に複数人の使徒を手にかけています」

「…………」


 唐突に突きつけられる彼女の正体を聞いてもカルアは無表情のままだ。飽くことなく殺しを繰り返してきたカルアには、人殺しとそうではない人間の区別はつく。


「名前だけは報告に上がっていましたが、今までその影は掴めずにいました。貴方の齎してくれた報告は大きな成果です」


 確かに彼女の言う通り、使徒を殺して回っている人間が分かると言うのは大きな成果だろう。──とは言え、カルアにも引っかかるところがあった。


「確かに彼女は人殺しだろう。──だが、無闇矢鱈に他者を手にかけているようには見えないが?」


 殺しの世界に浸っていたれば嫌でも見分けがつく。──快楽的に人を殺す人間と、そうでない人間。カルアのように仕方ないと割り切って考える者。擬似的な二重人格でもって、冷酷無慈悲な部分と温情に厚い人格を使い分ける者。


「ええ。貴方の言う通り彼女は、あちらの世界で重犯罪を繰り返した使徒のみをターゲットにしているようです」


 偶々その現場に言わせた別の使徒が、どうにか話し合いを試みたところその名前だけは聞き出せたようだ。──しかしその時は月の隠れた夜で暗く、加えて外套に身を隠し、フードを深く被っていたことで姿までは把握は出来ていないと言う。


「しかし、目撃情報はそれだけだろう。どうして他の殺害まで彼女のものだと断言するんだ?」

「いくつか理由があります。まず一つ、貴方達は我々の力によってその能力を人間の範疇を大きく逸脱しています。それを使徒を軽くあしらうことが出来るものが一体どれだけいますか?」


「確かにそうかもな。だが、証拠としてはまだ不十分だろう」

「ええ、当然ながら決定的な証拠があります。ー」毎度、屍に刻まれた文字」


 そう言って女神が宙にその文字を書き出す。──その直後だ。今の今まで毅然と女神相手に臆せず対話を繰り返していたカルアが目を見開き、そしてあり得ないと首を横に振る。


「それは、俺の世界の……」

「ええ、貴方の世界に存在する言語です」


 書かれた内容とその意味。かつてカルアの世界にも存在した言語であり、今は使われている国がないものの、日常的に使われないと言うだけで他の古代語と違って各種学会・医学・自然科学・数学・哲学・工業技術など各専門知識分野では、世界共通の学名として使用されている。


「『不死と神に道はなく、故に道理はそぐわない』」


 流石のカルアでもその意味を全て翻訳は出来ないが、代わりに女神が文字を読み上げてくれる。


 何を言っているのか、少なくとも神と言う単語を使っている様子からして、これは使徒を送り出した女神へ向けた言葉だろう。


「『見ているか、聞いているのか。奇蹟の象徴、冒涜の権化──何を憂うことがある』」


 だが、そこに刻まれた文字は恨みでも憎悪でもない。──だと言うのに、何故こうも禍々しいのたまろうか。


「『爛れた血糊が唯一我等の共通点。──汝、十字架を背負い立つ者よ』」


 抑揚のない女神の声とは裏腹に、そこに刻まれた文字は何故だか強く語りかけているように感じた。


「『積み上げた罪と犠牲は何の為。ゆめゆめそれを忘るるな』」


 言い終えると、女神は文字を残して一つ息を吐き出す。長い沈黙がその場を支配して、徐に女神が口を開いた。


「全ての意味は私達にもわかりかねます。最初の一節……道がないと言うのは、恐らく未来がないと意味かと」

「永遠の存在である神に、未来がないか……」


 何とも皮肉の効いた例えだろうか。──あいるは、彼女はそれを知っているとも取れる。

 しかし、もしそうだとすれば……いや、それはあり得ないだろう。だって神は賽子サイコロを振らないのだから。


「一節、一節……死体に刻まれた文書は違いますが、彼女は死体に同じ言葉を繰り返し刻んでいます」

「間違いなく、アンタ等に宛てたモノだろうな……」


 規律違反を繰り返した使徒を見せしめに殺し、その屍に伝言メッセージを残すやり方。間違いなく彼等を送りつけた神へ対するあてつけだろう。


「改めて確かめたいが、殺されているのはあくまで目に余る行為が目立った奴だろう?」

「ええ。彼等の問題行動は他の使徒からも報告を受けていました」


 そこに加えて、いつまで経っても回収できない者が狙われている。そう考えれば、いまのところカルアが狙われる道理はない。


「しかし、これは大きな収穫です。彼女の名前と容姿が一致しました」


 そう言って女神がゆっくりと前に出て、カルアの眼前に手を翳す。


「少々、記憶を除かせていただいてもよろしいですか?」


 勝手に記憶を読み取ることも出来るとは思うが、一応は断りを入れるようだ。しかし、カルアは素早くその手首を掴むと眼前から引き剥がす。


「悪いが断らせて貰う。アンタにも色々と助けて貰ってはいるが、同じように彼女にも貸しがある」


 口伝いで容姿を伝えたものの、そこまでだ。名前に関しては彼女の方から怪しい人物にあったのなら試しに口にしてみればいいと言われ、その助言に従って女神へ提出してみただけだ。

 これ以上の情報提供をすれば、間違いなくあの少女に火の粉が降り掛かる。無論、彼が容姿を伝えたことでそれは免れないが、あのような当てつけまで残しいてる彼女が自ら招いたことだと考えていい。


「そう、ですか。それでしたから無理強いはしません」


 カルアの拒絶を受けて女神はあっさりと手を引いた。それを確認して、カルアもまた彼女の手を離す。


「それでは有意義な情報を提供していただいた貴方には、何か報酬を用意しないといけませんね」


 そう言って女神は何もない空間に机と、その上にお茶と茶菓子を用意する。


「かけてください。要望に関して、すぐに結論を出す必要もありませんから」

「そうだな。なら、まず一ついいか?」


 カルアは言われるまま出された席に腰掛けると、早速本題を持ちかける。


「向こうで一人協力者を得たんだが、何かの手違いか一向に連絡が取れない。どうにか彼女を探して出して欲しいと考えているのだが、流石に難しいか?」

「残念ながら、ご希望には添えないかと……ただ、連絡を取る手段を持っているのなら、そこから遡ることも可能です」


「例えば?」

「そうですね。貴方の端末にある連絡先や履歴の中から、彼女の端末の方へ接触コンタクトを取る方法。あちらの端末の電源が切れていたり、あるいは壊れていても、度合いによりますがその位置情報を特定することも可能です」


 十分な……否、十分以上の収穫だ。あくまで魔女ではなく彼女の携帯のみになるが、それでも大きな前進であることは代わりない。


「今、出来るか?」

「ええ。貴方の体を起点にその端末に接触、そこから捜索範囲を拡大すれば……。ただ、私が干渉する為の力は貴方から引き出すことになります」


「そうなると、どうなる?」

「神としての秩序、人間社会に大きく干渉しないこと。貴方から力を引き出せば神としてではなく、あくまで人間の力で干渉したことになります」


 一つ、一つ女神が慎重に言葉を紡ぐ。


「回りくどいやり方ですが、逆に言えばこれなら人間の力を超えての干渉は出来ないのです」


 あくまで人間であるカルアが行ったことであり、力の出所が彼であれば、その操作を行ったのが神であろうともいくらでも言い訳でできる訳だ。

 加えて彼の力が枯渇するようなこと、つまるところ人間の範疇を越える干渉は出来ない。この二つの条件が揃うことで、女神が漸く人間社会に干渉出来るようだ。


「かなり大規模の法術になるので二、三日は倦怠感に悩ませれると思います」

「構わない、やってくれ」


 即答するカルアに一つ頷くと、女神が彼の眼前に手を翳す。夢の中では分からないが、恐らく明日起きた時には酷い疲れに魘されることだろう。


「…………終わりました。幸い探知には成功しましたが、相当に距離が離れていたものもあり、想定以上に力を消耗しました」

「いや、助かった」


 例を言って立ち上がったカルア。それに待ったをかけるように女神が手を伸ばし、そうして一瞬口を開くことを迷ったように口籠る。


「それともう一つ、他の使徒から有意義な情報提供を受けました」

「聞かせくれ」


 それでも彼女は彼に伝えることを選び、またカルアも即答で首を縦に振った。


「どうやら貴方達、使徒を集めている組織がいるようです。あくまでスカウトと言う形ですが、それを受けた人からの情報によればデスゲームを行うとか……」

「俺たち、使徒を集めてのデスゲームか。なかなか大規模なイベントだな」


 裏があると考えて間違いないだろう。これだけのことを企画するともなれば……無論、表社会で堂々と出来るようなことではない。

 裏社会でも屈指の巨大組織が動いていると言ってもいい。もしそこから話しが聞けるのなら、有意義な情報を得られるだろう。


「乗り気はしませんが……必要なら、接触方法も教え致します」

「ああ、頼む」


 手掛かりは多いほどにいい……それが何であれ、カルアは躊躇するつもりはなかった。どれだけの不利ハンデを背負うとも、人は配れた手札で勝負するしかないだから。


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