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第七話 新たな一歩を

 男と話した建物を後にしたカルアはフードを深く被り、夜の道を進む。既に雨は上がっていて、魔法と言うのは便利なもので濡れた服もすぐに乾かすことができた。


「さて、まずは……」


 いくつか分かったことは、まず前提として人探しは不可能に近いということ。これだけ広い世界、神々すらも満足に干渉できないと言うそこで彼等が何を出来るのか。


「焦っても仕方ない」


 まず一つ、気は進まないがあの男の助言通り白い少女を探してもいいだろう。状況次第では敵にも味方にもなると言うが、彼女がカルアを送り出した神以上の力を持つことは確かなのだから。

 ──とは言えど、それもまた簡単なことで無い。偶然出会える可能性はあれど、やはり人ひとり見つけ出す難易度は高いままなのだから。


 ──しかし、彼女なら死んでいることはないか……


 もしかすればカルアの幼馴染は既に──その可能性も拭いきれない。当てもなく亡霊を探し続けるよりはまだ可能性があった。


「ならば、やることは一つだが……」


 ため息混じりに懐から端末を取り出すと数度画面に指を走らせる。そこから『魔女』と名義された登録を探し出すと、迷いない動きで発信をタップ。


「…………?」


 しかし、いくら待てども決して繋がることはない。出れない理由があるのか、あるいはタイミングが悪いのか……どちらにせよ、また時間をおいてかけ直すしかないだろう。


「仕方ない」


 得も言えぬ嫌な予感が脳裏を過ぎるも、考えたところでしかないと頭を切り替える。まずは何をすべきか、自分には何が出来るかの方が大切だ。


 雨の上がった街を見上げ、夜でも明るい建物の間を縫って歩いながら思考を巡らせた。

 考えることは山ほどあるのに、やれることは少ない。その差異ジレンマが焦りにつながらように必死に努める。


 ──そう言えば……


 ふと思い出して端末の受信箱を確認すれば、魔女と連絡を交換した直後に彼女の方からメールが届いていた。

 恐らくは彼女の住まいだと思われる住所にも見える文字と数字の羅列。念の為にと端末の検索にかけてみれば簡単に場所は特定出来た。


 ──また、明日会いに行こう……


 今や夜も更けている。流石のカルアもこんな時間に会いに行くほど非常識でもないし、急ぎたい気持ちはあるものの急いでも結果は付て来なないと冷静な部分が判断しているからこそ、彼は後日出直すことを選んだ。


「そうと決まれば、また泊まるところを探さないと」














 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー














 翌日、日が十分に登ってからカルアは日の下に足を踏み出す。一応はアポを取ってからと連絡を入れて見たが、生憎と魔女と繋がることは無かった。

 流石に事前の連絡も無しに押し掛ければ迷惑極まりない。聞いてもないのに住所を送りつけてきた相手に遠慮など必要か迷うところだが、最低限のマナーは守るべきだろう。


「それなら、少し趣向を変えるか」


 何よりも自分はこの世界について知らなすぎる。ならば、適当に出歩いているだけでも新しい情報が手に入るだろう。


 世代ごとの流行り、彼が元いた世界との差異……など、挙げればキリがない。故にカルアは数日は、この世界を見て回ることに時間を費やしてもいいだろうと判断した。


「そうと決まれば、まずは……」


 収納の魔法陣を宙に描くとそこへ身につけた武器を放り込む。昨日のうちに確認はしていたが、流石に武器を見つけて持ち歩いている者はまず見かけなかった。

 最低限の自衛は必要かも知れないが、露骨に武器をぶら下げて歩くのは目立つだろう。目立たないナイフと拳銃を一つずつ忍ばせて、それ以外の武装は解除した。


「目立たない服も欲しいな」


 こちらに於ける流行りのファッションなども下調べしておく必要もあるだろう。考えれば考えるほどやることは山積みだと、気を引き締め直して端末を操作。


 ──まずは、手短にショッピングモールでも行くか……


 近場のショッピングモールを検索すればすぐに位置情報が表示される。彼が元いた世界も同じことが出来たが、こちらにも同等以上の科学技術があることに感謝しながらそちらへ足を向けた。


「しかし……」


 近場のショッピングモールも駅で五つも隣だ。

 普通から電車を使っての移動になる。


 勿論、女神から資金を大量に貰っているためその程度の電車賃に頭を悩ませている訳ではない。それよりも気になるのは、今現在に於ける自身の身体能力だ。


 こっちの世界に来て直後には身体強化の魔法は使えるようになっている。必要に迫られたが故に急遽身に付けることが出来たが、他にも魔法を使えば様々なことが可能になるだろう。

 兎にも角にも今回、カルアは電車を使うのではなく自身の足で走ってはいけないかと考えた。魔法を使えなかった頃でもこの程度の距離なら大して苦でもないのだが、今回は自分の能力がどこまで引き上げられているか確かめるいい機会になる。


 ──そうと決まれば早速……


 得た力を試して見たいと言うのは人間の性だ。人目のつかない裏道へ移動すると、あの日の夜やったように魔法を練り上げる。

 瞬間、身体が軽くなった感覚と共に全身を巡る力の本流。確証もないまま……それでも出来ると、そう確信した。


 膝を少し曲げ跳躍、ただそれだけで身体は弾かれたように上へ上へと跳ね上がる。間髪入れずに壁を蹴り上げ、それを足がかりに建物の上へ到達。


「これは……」


 ──驚いたな……


 一瞬にして視界よりも低くなった街を見下ろして、抱いたのは率直かつ素直な感想。ものの一息で高層の建物を駆け上がるほどの脅威的な身体能力と、それでもまだまだ全力には程遠いと言う事実。

 再度端末を開くと方向を確認、そちらへと目を向け……刹那、建物の天井を強く踏み抜く。超加速による負荷などもろともせず、身体は前へ前へとぐんぐん加速した。


 ──思った以上だ……


 轟々と耳元で唸る風切り音を他所に、更に大きく踏み込む。身体にかかる圧力が増しも、それを上回る強靭な肉体はもろともしない。

 身体強化の魔法によって耐久性も向上した身体なら、この勢いのまま地面に叩きつけられても大した怪我もなく済むだろう。


 間もなく目的地へと到達。端末を確認すればものの数分もせずに辿り着いていた。公共機関をも超える移動速度には、我が出来事ながらも言葉を失う。


「これは、なかなか……」


 今は身体強化の魔法だけだが、他にも強力な魔法が幾つもあることは与えられた知識で分かっている。今すぐ使えるものも多くあるが、それはまたの機会でいいだろう。


 ──さて、と……


 人気のない場所に降り立つとその足で店の中へと入っていく。

 まず目に入るのは色鮮やかなホールで、そこに映し出された投影映像に目を奪われた。


 空中に映像を投影する技術。彼の世界では実用的ではないものの、一応は実現可能程度だった技術は巨大なホールのど真ん中に堂々と存在した。


「……凄い……」


 場面が入れ替わり、今度は投影された少女が踊っている。何かのアイドルか、あいるはまた広告に近いものか、それは衣装と長い髪を揺らして楽しそうに笑う。


 近未来の技術を目の当たりにして、さしものカルアとて呆然と魅入る。これだけの技術がありながら、この世界に魔法が存在することが信じられなかった。


「そろそろ、行くか……」


 まだ眺めていたい気持ちをグッと堪えて、ここへ来た目的を果たすために店の奥へと足を進めた。現実離れた光景の広がる内装はどこも興味を引かれるものばかりで、忙しなく周囲へと視線を走らせる。

 はたから見れば不審極まりない行動だが、そんなことに構っていられる余裕はなかった。ただただあり得ないと思っていた常識が覆される光景に圧倒され、そして好奇心に魅入られていたのだ。


「色々と見て回りたいが、まずは腹ごしらえか」


 昨日の夜も何もほとんど口にしておらず、最後の食事といえばその昼間に軽く口に入れたコンビニのパン程度。

 そして今や昼前ということで、強い空腹感に襲われていた。こちらの世界に来て早々に洗礼を浴びたことから、体作りを怠る訳にもいかないだろう。


「バランスの良い食事と、最低限の肉体を維持する為にも定期的に鍛え直す必要があるか。いや、あの女神の話しなら肉体的な衰えはないと見ていい」


 彼の身体は最早の人間のそれとは違う。──とは言え、行きた肉体を持つからには食べ物は必要不可欠。

 いくら破格の性能を持つ身体とは言えど、結局は食べたものでできているのだから、食事や栄養への意識を疎かにするわけにはいかない。


「それに、肉体を維持できても実践経験がなければ衰えるばかりだ」


 無論、元いた世界とは違って、こちらの世界では戦闘の必要性はない。徹底して戦闘を避けることも出来るし、他のやりようだっていくらでもある。


 ──いや、それはダメだ……


 このまま長く続けていれば戦闘を避けられない場面も出てくるだろう。

 あらゆる可能性に備えて、事前に出来うる限りの準備を行う。──殺し屋時代の彼にとっては基礎中の基礎であり、それを怠って帰らなかった者を多く見てきた。


 それに何も実践を求める必要はない。あいる程度の肉体能力の維持と並行して他にもやれること、やるべきことを続ければいい。

 元いた世界と、こちらの世界で彼に求められるモノは大きく変化したのだ。ただ殺しのことだけを考えていたあの頃とは違う。──それに適応できなければ、何も果たせず道半ばでくたばるだけだ。


「……よし……」


 小さな声で今一度気合を入れ直すと、まずは腹拵えと進み出す。


 まず最初に立ち寄ったのは店内の地図マップを確認すること。これもまた空気中に投影する技術を使われているようで、間近で見られることに内心、心躍らせながら軽い足取りで近づく。


 ──しかし、残念。彼が気が付き、そちらへと歩き出したと同時に他の人が遅れて店内マップの前に立つ。

 彼女もまたカルアの存在に気がついたのか、一瞬足を止めたものの他でもない彼自身が先に行くよう手で促す。


 楽しみをお預けにされた気分だが、別に無くなるわけではないと迷わずその少女を譲った。遅れて彼のジェスチャーに気がついたのか少女が軽く頭を下げ、店内マップの前に立つ。


 図らず互いの距離が縮んでしまった為に、カルアは反射的に顔を上げる。普段であればパーソナルスペース確保の為にすぐに後ろへ下がっていたが、その目は少女の横顔に釘付けになった。


「──っ!?」


 思わず息を呑み、魅入る。殺し屋として優れた美貌を持つ者を何人も見てきた彼だが、目の前の少女に比べればどれも霞んで見えてしまう。

 それ程までに目の前の存在は異様だった。──そう、異様なのだ。黄金比にまで整った顔立ち、到底生身では実現し得ない次元のソレを目の当たりにして一瞬固まる。


「…………」


 されども一瞬。すぐに我に帰ったカルアは二歩後退り不気味な少女から距離を取るように──しかし、遅かった。

 ゆるりと動いた瞳がカルアを捉える。黄金の太陽を思わせる瞳、本来あり得ないと知りながらもその瞳に映る太陽はまるで炎の如く揺れているように見えた。


「この辺の人じゃ、ありませんよね?」


 優れた容姿に似つかわしい、美しい声だ。それどころか聞く者の警戒心すらも奪うような、優しく歌うように奏でられた声には不思議な響きがある。


「よければ一緒に見ますか?」


 空中投影を操作して少女がそう提案を持ちかける。本来ならば全力で首を横に振って断りたいところだが、声をかけられてしまった手前断るわけにもいかない。


 ──俺が育った国に受けた悲しい性か……


 人の善意を断れない。それはカルアの育った国が彼に与えた影響で、美徳ばかりではないと知りながらも長い年月かけて培われた習慣からは抜け出せない。


「よろしいのですか?」

「ええ、もちろん」


 そう言われてしまえばもう後には引けない。一人満足いくまで空中投影を観察する機会を失ったが、それはまた今後に持ち越せばいいだろう。

 致し方ないと少女の横に並び立つと、同じように空中投影を覗き込む。


「何を探しているのです?」

「小腹が空きましてね。食事をできる店を探していたのですよ」


 そう言えば、フッと少女が微笑んだ気配を感じる。


「そうでしたか。丁度、私も食事にしようかと思っていまして」


 ──と、そこで嫌な予感が脳裏をの過る。頼むからそれだけは言ってくれるなよ、と彼をこの世界に送り込んだ女神ではない何かに祈る。


「お食事をご一緒してもいいですか?」


 ──やっぱり、碌な神はいない……


 無論、先の誘いを断れなかった時点で彼の負けは確定している。嫌な顔もする訳にはいかず、殺し屋時代に培った鉄壁の笑顔で頷くしなかった。


「よかったです」


 純粋に喜んでくれる少女に申し訳さを含んで、後ろめたい気持ちのある彼には無邪気に微笑む少女の顔も見れずに目を逸らす。


 ──ついてない……

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