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第六話 同じ志を

 ネカフェ、と言うのだろうか。それにしてはあまりにも物々しい一室にネオンの光が満ちている。

 泊まるところに困って踏み入れたそこで、カルアは目の前に立てられた液晶画面を睨みつけていた。


 ──まだ異世界ここにきて数日、焦ることはないが……


 時々端末を取り出し、軽く操作する。焦っても結果は得られないと頭では分かっているが、どうしても落ち着かないのだ。


『~~♪』


 と、その時丁度操作していた端末から着信音が響く。彼の連絡先を知っているのは一人しかおらず、そして映し出された画面を見て予想は的中した。


「……何だ?」

「やぁ、数日ぶりだね」


 端末越しに聞こえるのは能天気な声で、その実ゾッとするような冷酷さすら感じられた。


「何の用だ?」


 勤めて落ち着いた口調で話題を切り出せば、向こう側から微かに笑い声が聞こえてくる。冷たく、堪えるようなその笑いは、殺しを生業とするカルアには酷く身に覚えがあった。


「少し話しをしたくてね。君にとっては有益な情報だと思うよ?」

「そうでなければ、すぐに切っている」


 得体の知れない少女は、それでも律儀に約束通りに『彼女』について調べていてくれたようだ。──あいるは、それすらもフェイクで何かを企んでいるのか。

 感情の読み取れない口車に乗せられたフリをしつつ、それが表に出ないように受け答えをしていく。


「それは嬉しいが、随分と早いんだな」


 何せあの自称女神すらもまだ情報を得られていないと言うのに。──そう内心訝しんでいると、少女の声が少し明るくなったような気がした。


「詳しいことは後で話そう。この後、時間と場所を指定するから来てくれる」


 それだけ言うと一方的に少女通話を切る。暗転した画面に視線を落とし、その奥に映る自身の顔を見下ろした。


「まぁ、行くしかないな」


 大した量の荷物もないが、軽く後片付けをすると部屋を出る。カウンターに声をかけて金を払い終えると、いつの間にか送られて来たメールに従って指定された場所を目指した。


「やぁ、思ったよりも早かったね」

「それはこっちのセリフだ。まだ二時間前だぞ」


 他にやることもなく着いてしまったカルアも人のことは言えないが、それにしても随分と暇を持て余している様子に呆れ気味にそう言う。


「まぁまぁ、早い方がお互いに都合がいいでしょう?」


 恐らくはカルアが近くにいない可能性を見越してそう答えたのだろうが、逆に言えれば二時間程度では辿り着けないほど遠くにいた可能性もあるだろう。


「ああ! 連絡を交換した時に、君の端末には位置情報が特定できるアプリも入れておいたからね」


 カルアの表情から敏感にその内心を読み取ったかのか、それにしてもとんでもないことをサラリと言う少女に思わず顔を顰めた。


「……犯罪だぞ?」

「合法のアプリだよ?」


 確かにハッキングしたと言うのなら話しは変わるだろうが、カルアの端末を直接操作してアプリを入れたと言うのであれば、それは持ち主の意思と言い切ることもできる。


「……本題に入ろう……」


 実際に端末の操作を許していたのもカルア自身であり、それ以上の言及は時間の無駄だと理解した彼は早速本題を切り出した。


「そうそう。確かに君の探し者だよね」

「何か得られたのか?」


「う~ん。厳密には、ノーっと言ったところかな」

「…………」


 魔女の言い分に無意識のうちに鋭くなった眼光を、しかしまるで彼女はそれすらも面白がっている様子だ。


「まぁまぁ、そう殺気立たないで。──言ったでしょう? これはお礼だって」


 困ったように肩をすくめる少女。尚も飄々した態度で、しかし彼女が浮かべる表情はその見てくれに反してどこまでも深い闇を抱く。

 裏の世界で暗躍していたカルアですらも、今まで片手で数えられるほどしか見たことのない貌で……年端もいかぬ少女が見せたのは、決して関わってはいけない人間のソレだった。


 ──厄介だな……


 内心焦りすらも感じ出した彼をよそに、ルルと名乗る少女が徐に懐へと手を差し込む。そうして勿体振った仕草で取り出したのはただの紙切れだ。


「それが……?」

「これからここへ行くといい。君と同じ異世界人で、古参の一人だよ」


 ずっと有益な話が出来ると思うよ、と言う魔女から紙切れを受け取り……そうして存外丁重な執筆で書かれた文字に目を通し、軽く端末を操作する。

 中に書かれたのは待ち合わせの日時で、あと半日ほどか。場所はそう遠くなく、彼の足ならものの数分とかからない。


「ああ、話しを聞いてみよう」

「うん。そうするといい」


 頷き紙切れを懐に入れると、他にはないか、とその顔を上げる。流石とも言うべきか、その意図に気が付いたのか魔女は悪戯っぽい笑みを浮かべると、人差し指を口元に当ててウインクしてみせた。


「また何かあれば連絡してあげる。勿論、君の方からかけくれてもいいよ?」

「……それは、助かる……」


 未だ信用しきれない少女を訝しげながらも、他に頼れるアテもなく、渋々と言った様子で頷く。故にやむを得なく今回の件で有益な情報が得られれば、最悪害になることが無ければまた頼ってもいいだろう、と思ったのも致し方ないことだ。


「それじゃ、僕は行くね」


 軽く手を振って、まるで消えうるようにその姿が消滅した。思わず目を見張り、そうして周囲へと視線を走らせるもやはりあの少女が見つかることはない。


「…………」


 周囲に気配もなく、もう一度渡された待ち合わせの場所を確認するとカルアも歩き出した。













 夜も更け始めた頃、カルアは無骨な道を進む。雨に濡れた足元が滑らないように慎重に、それでいながら音もなく滑らかに。


「…………」


 ゆるりと持ち上げた顔が向けられるのはネオンの光が満ちた建物の外装で、傘越しにその文字を読み取る。──それもすぐに飽きてくると、入り口に立つ警備の男に近づく。


「これを」


 短い言葉と共に手渡したのはルルからも貰っていた通行証で、それに一瞬視線を向けた男は静かに頷くと徐に扉を開け放つ。許可が降りたところで、通行証を懐に仕舞い込み建物の中へと足を踏み入れる。


 ──さて、次は……


 視界に広がるのはカジノ風の内装で……否、彼の知るものとは少し違うがこれがここのカジノなのだろう。

 所々に映し出されているのは宙に映像を透過する立体画面スクリーンで、それでいながら周囲に並べられているのは古典的な遊戯版ゲームボード


 迷いなく奥へと進む彼が見に纏うのは魔女に渡された正装で、それはいつか夢の中で見た男が身に纏っていた黒いロングコートだ。

 白いワイシャツに黒いネクタイと黒いスーツベスト。その上に羽織るのはくるぶしまであるロングコートで、何故だかそれは振袖が付いている。


 剣帯に刺した刀は腰に下げられており、地面と垂直にあるそれはロングコートに隠れて見えない。よく出来ていると思いながらも、やはり腕に垂れ下がる振袖が邪魔だった。

 他に正装がなかったが故にやむを得なしにと来たそれは幾分変わった姿形デザインだが、存外その場所には独特な服装の人間は多く彼の姿が悪目立ちすることもない。


 ──やはり荷物を確認しないあたり、武器の持ち込みは許可れているのか……


 一見ずさんに見える警備にカルアが一瞬振り返り、しかし軽くかぶりを振ると目の前のことに思考を集中させる。

 まずは主要の人物と合流する必要があった。──そう、この人混みの中から彼を見つけ出さなくてはならないのだ。


「……おい……」


 直後、背後から肩を掴まれてカルアの足が止まった。既に利き手は刀の柄にかけられていて、背中越しにその男に視線を向ける。


「そう殺気立つな。あの魔女に頼まれてたんだよ」


 やれやれと言った様子で嘆息する彼の言葉に僅かながら警戒を緩め、柄に手をかけたまま振り返る。そこに立つのはタキシードに身を包んだ男で、顔立ちは整い手入れもされている様子だが、それでも隠し切れない疲れが見て取れた。


「立ち話はなんだ。あっちにバーカウンターがある」


 彼が言わんとしていることに頷くと、彼の後を追ってカルアも席についた。そうして早速話しを切り出そうとカルアが男の方へと視線を向ければ、男はバーテンダーに軽く一つ二つほど言葉を放つ。


「事前に魔女の奴から聞いていた通り、目立つ格好で助かった」


 そう言う男の言葉にカルアの眉が微かに動く。あの少女は彼等が合流しやすいように、既に男へとその特徴を告げて、その通りの服を用意したのだろう。


「さて、人を探してるんだってな」


 改めて向き直った男が横目カルアを見やる。その言葉に一つ頷くと、懐から取り出した端末を彼の前に置いた。


「彼女についてだ」

「……ふむ……」


 軽く肘を付き、カルアが取り出した端末を持つ。そこに映し出された画像を注意深く観察して、何を思ったのか鋭く目を細めると彼は端末を返した。


「生憎と彼女のことは知らんな。だが、それを期待していた訳じゃないだろう?」

「ああ。先輩として、身の振り方を教えてはくれないか?」


 この世界のこと、そこでの立ち回り……それはを知ることが出来ればいかに良いか。そう言うカルアの言葉に男は満足げに頷く。


「俺も人を探してここに来た。だが、もう十年以上手掛かりも無しだ」


 コツと爪が机を叩く。彼の声はどこまでもやるせなげで、きっと彼が酷くやつれているのはそう言うことなのだろう。


「つまり、そう言うことか」


 彼が何を言わんとしているのか。──そう、この広い世界で人を探すというのはどう言うことなのか、そして女神たちにとって彼等とはその程度でしかないのだ。

 十年以上何も得られずことなく世界を彷徨い、あの女神たちにとって、そんなことは気にも止めないのだろう。──何となく分かっていることだった。


「俺たちのいた世界ばしょも、お前のいた世界ばしょも同じだろう?」

「…………」


 彼は答えない。それは肯定であり、皮肉げに笑うと男は運ばれて来た飲み物をその喉に流し込む。


「まぁ、いいさ。ただ頭の片隅にでも置いておけばいい」

「忠告感謝する」


 カルアもまたグラスを傾け、そうして互いに喉を潤したのち再び口を開く。


「アレが勝手に世界を取り合っているだけなら、俺達に害がないのならそれでいいさ」


 自嘲じみに笑いそう言う男の……しかし、カルアには分かっていた。分かっていて、その可能性を口にすることは無かった。


 ──もし奴等が下手に干渉しなかれば、誰かが他の世界に弾き飛ばされることも無かったのではないか……


 しかしそれはあくまで可能性に過ぎず、口にしたところて何が変わる訳もない。それに彼等とて手の届く範囲なら自身の不手際を償うことくらいはするだろう。


「前提として、神共やつらの手が届かないと言うのに俺達がどうこうしよう、って言うのは無理があるんだな」

「そう言うことだ」


 つまるところ始めから詰んでいると言う訳だ。カルアが態々口にする必要もなくそれを知りながらも、目の前の男は今も尚探してるのだろう。


「そう、だな。ここらで有意義な話しの一つでもしよう」

「何か、考えがあるのか?」


「はっ! 流石の俺でも、無駄に十年過ごしていないさ。ただ一つ可能性があるとすれば、女神やつら以上の力を持つ者に協力してもらうことだな」


 一つ指を立ててそう言う男。ひどく単純明快な結論で、そしてそれが可能だと言うのであれば……だからこそ、分かっているのだろう。言い出した男の顔を見れば彼が口にすることはきっとあまりにも頼りない可能性で、しかしもう縋るしかないのだ。


「お前さんも女神やつに言われた筈だろう? 関わるなと言われた化け物を?」

「あの、白い女のことか?」


 記憶に新しい少女を思い出し、そう問い掛ければ彼は頷いた。


「俺は未だ会ったことはないがな。一応、話だけなら何度か聞いたことがある」

「……協力してくれるのか……?」


 一番肝心の情報はそれだ。例えどれだけ力があろうとも協力してくれないのなら意味はなく、もし敵対すると言うのであれば女神の忠告通りの結末になる。


「……どちらの話しも聞いた……」

「つまり、下手をすると……?」


 静かに頷く男。その意図を察して、カルアの顔が険しくなる。──彼が十年も通して漸く絞り出した最後の選択がそんな危うい賭けで、それだけこの世界で目的を果たす言うのは険しい道のりなのだろう。


「悔いのない選択を」

「我が同胞に栄光あれ」


 二人してグラスの中身を喉に流し込むと席を立つ。同じ痛みを知る者同士、もう言葉など必要ない。

 男が徐にカウンターに代金を置くと、彼が懐から

 取り出すのは首飾り。蓋を開け見えたのはまだ若い女性の肖像画で……それが何を意味するのか、静かに頷くと彼はその姿を瞳に焼き付けた。


「何かわかれば、必ず連絡する」

「ああ。もし帰るのなら、その前に一度顔を見せてくれよ」


 人の良さような笑みを浮かべて、そうしてまた彼は同志を見送るのだろう。その視線を背中に受けて、カルアは振り返ることなく出口を目指した。

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