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第三話 退廃世界

 足の下に地面を感じ取って、ゆっくりを瞼を持ち上げる。肌に感じる風が異様に冷たく、視界に飛び込むのは夜の薄闇だ。

 徐に瞳を動かして横流しに視線を向けると、彼が立っていた地面はすぐに途切れていて……崖のようになった地面の端、その下から光が漏れている。


 冷たい風に外套を靡かせて崖端に立つ。そうして下を覗き込んだ瞬間、思わず目を見開く。


「……っ!?」


 眼下に広がるのは巨大な立体都市。高い建物の間を縫うように進むのは翼もなく空飛ぶ乗り物。彼が立っている場所もまた、高い建造物の屋上で……その下から漏れる光の正体は、退廃的な街を怪しげに照らすネオン光だ。


 彼が知る世界とは比較にならないほど進歩した科学技術とは裏腹に、街は退廃的な雰囲気を醸し出している。そんな矛盾を孕んだ姿また神秘的で──


「…………」


 言葉すらも無くして、ただただその光景に魅入る。頬を撫でる風は高所故に冷たく、それすらも意識から遠のいていく。

 そんな中、ふいに背後に気配を感じて……振り向くよりも速く三つの人影がカルアの背後から飛び出した。


 カルアを通り過ぎて現れた三人の人影は建造物を器用に伝い、道なき道を駆け抜けぬ三つの人影。──その直後、何かが光った。


 反射的に刀を抜き放ち、煌めく銀閃を討ち払った。瞬間、腕から肩にかけて衝撃が突き抜ける。


 ──重い……!?


 いや、重いなどと言う次元ではない。カルアの身体は軽々と宙を浮き弾き飛ばされて……屋上から落ちなかったのは奇跡だ。綺麗に横から殴れたことで奇跡的に助かった。

 それでも全身を突き抜けるのは、今までに感じたことのないような衝撃……それこそ交通事故にでもあったかのような一撃で数十メートルも弾き飛ばれた上で地面に叩きつけらる。


「がっは……!!」


 息が詰まり呼吸もままならず、霞む視界の中で映り込むのは黒い外套を纏った人影だ。フードを深く被っていて、顔を見ることは出来ないが恐らくは男だろう。


 未だに痺れの取れない腕に鞭打ち異様に重く感じる刀を構える。


「くっくっ……」


 と、そんな彼を前にして目の前の男から笑いを堪える声が聞こえてきた。一体何がおかしいのか、訝しげに眉を顰めるカルアを目の当たりにしてその影は自身フードを剥ぐ。

 現れたのは端正な顔立ちの男だ。その整った口元を狂笑に歪ませて、夜の闇の中で奴の瞳は爛々とした輝きを放っていた。


 一目で分かる。

 奴は異常者だ。


「こつァ嬉しい誤算だっ! 鴨が葱を背負って来やがったぜェ!」


 直後、奴の持っていた細身の刃が閃く。十数メートルもあろうかと言う距離を一瞬で詰め、夜闇を切り裂く銀閃をカルアが刀で弾き上げる。

 今度は真っ向からぶつけるようなやり方ではなく、攻撃を流すようにして力を逸らした。


 しかしそれでも腕から伝う力は人のそれではない。──直後、脳裏を駆け抜けるのは魔法の存在。

 法術によって強化された肉体が人外の膂力を与えているのだ。そして、それはまたカルア自身も可能性であると与えられた知識が言う。


 手に持つ刀の重さが小枝以下にまで感じた直後、男の顔色が僅かに変わる。


「こいつァいいっ! 想像以上だっ!」


 剣を流されたことなど気に止めず、狂気じみた笑みを深めると長い脚が動いた。──放たれたのは霞んで見えるほど速い蹴り。

 身を捻ることで無理なくそれを躱すと再び刀が閃き、伸び切った男の脚を捉える。しかし直後には滑り込んだ刃がそれを防いでいて、持ち上げた足を横薙ぎに払うとカルアの胴を捉えた。


「……ほう……」


 同じ土俵に立ったカルアの反応もまた速く、素早く下がることで脚蹴りを躱す。


「いいなァ。大当たりだ!」


 また訳の分からないことを口走る男は、何を考えているのか細長い剣をユラユラと揺らしていた。見るから無防備だが、何故だか斬り込もうとは思えない。


「魔女共の用心棒、かとも思ったが違うなァ……。てめェ、神の使徒だろ?」

「…………」


 何故知っているのか。そんなことを聞くのは愚問で、黙ったままカルアは奴を睨め付ける。


「今まで出会った使徒の奴等は力ばかりでつまらなかったが……てめェは違うっ!」


 剣を突き付けて男が笑う。確かに神々によって高いスペックを用意されているが、よくよく考えれば実戦能力があるとは限らない。

 カルアは職業柄、こういった荒事には慣れている。故にこうしてトチ狂った殺人鬼とやり合えているが、果たしてそんな経験のない者がこの狂人と相対すればどうなるか。


 間違いなく足が竦んだ動けなくなるだろう。高いスペックを持っていたとて、実戦の重々しい空気に耐えられないのだ。

 奴の放つ凄まじい殺気に怯え、こうして真剣を突き付けられることで本能的に命の危険を感じ……加えて言えば、自身が相手の命を奪うことにも躊躇することだってあるかも知れない。


 死を前にして、その恐怖に飲まれれば後は脆いものだ。

 思うように動くことも出来ない鈍重な木偶を切り捨てるだけでいい。


 ──それ以前に、神は実践経験のない奴まで連れてきているのか……

 ──いや、俺もまた同じか……


 確かにカルアは実戦経験はある。命の取り合いにも慣れているし、相手を殺すことにも躊躇しない。

 常人であれば身体が竦んで動けなくなるほどの殺気を浴びてなお、平然と刀を構えることができる。


 だが、皮肉にもカルアには人殺しの才能は無かった。誰よりも早く技術を身に付けたし、実績もあった……しかし、最後まで人殺しを楽しむことは出来なかった。


「まだまだ力を持て余している感じはするが、実戦経験は本物だ」

「参考まで聞きたい。アンタは何故、俺達使徒のことを知った?」


 神の口振りでは彼等の存在はあまり認知されていなかった筈だ。しかし、この男は彼等の存在をよく知った上で神から力を与えられてることも知っていた。

 更に付け加えれば、こいつは嬉々として使徒を襲っている。力ある者を狩ることを愉しんでいるのだ


「ああ、そんなことか。いいぜ、隠すことでもねェしな」


 またしても男はユラユラと剣を振る。


「初めててめェ等の一人にあった時、不思議に思ったんだ。高い能力に対してあまりに不釣り合いなほど低い技術……そんで、すぐには殺さず拷問にかけて聞いてみたわけよ」


 ケタケタと笑う男はただ単純に事実だけを述べる。


「何でてめェみたいな雑魚が不釣り合いな力を持っているんだ、ってな。それをどこで手に入れた、って聞きゃペラペラと喋ったぜ。

 俺ァ神が嫌いなんだ。こんなクソッたれな世界を創りやがって、一つ高いところから見下して自分の手を汚そうともしないっ! で、そんな奴が厚かましく送り付けてくる使徒を憂さ晴らし紛れに狩ってんだわ」

「聞くに耐えない戯言だな」


 そう言い返せば、奴の瞳に光が走る。と、同時にして刃が閃き、刀がそれを打ち払う。

 一度離れれば左手で棒手裏剣を投げつける。だが、そんなことはお見通しとでも言うのに、奴は余裕を持って躱す。


「いい動きだァ!」


 長い腕がしなり、刃が横薙ぎに閃く。それを確認するよりも速く地に伏せるように躱すと、間髪入れずに男の懐に飛び込む。奴の笑みが深まったと思った瞬間、膝蹴りが迫り……それよりも早く加速すれば一息もせずに互いの距離を縮めた。


「──っ!」


 剣を振るうには近すぎる間合い、故に彼が選んだのは格闘術だ。身体強化によって跳ね上がった耐久力と膂力を持って放たれた抜き手は、鋼鉄をも貫く威力を秘めていた。──だが、その狂人もまた超反射で身を捻れば僅かに脇を抉られるに止まる。


「あ、はっ……!」


 跳ね上がった動体視力と思考回路が飛び散る血糊の一粒一粒を捉える。夜闇を彩る赤い斑点越しに見えるのは、皮肉なほど美しい狂人の笑みだ。


 素早い反転から繰り出されるのは鋭い刺突。首を僅かに傾けて躱せば、カルアの刀が狂人の脇に滑り込む。


「ふんっ……!」


 一息に切り上げれば手応えはまるでなく……外したかと思った次の瞬間には、男の腕が宙を舞う。

 超感覚が捉えるのは切断された腕の断面。身の毛もよだつほど鮮やかな切れ口からは遅れて血が噴き出し……刹那、男の姿が霞む。


「ふはっ……!」


 利き腕を切り落とされてなお恍惚した笑みを浮かべ、残された左手で宙を舞う自身の剣を掴み取れば目にも止まらぬ速さで振り抜いた。

 舞い散る血糊を切り裂いて空白の軌跡を浮かび上がらせて……間髪入れずにカルアが刀を滑り込ませれば、甲高い音が夜の空に響き、両者の剣が火花を散らして止まる。


 一瞬遅れて切り落とされた腕が下の街へと落ちていき、また腕を失った筈の場所は既に止血されていた。


 ──魔法で血を止めているのか……


 外套に隠れて見えなくなった断面を睨め付けてそう憶測する。そんな彼に鍔迫り合い状態のまま、奴は顔を近づけていきた。


「惜しいなァ」


 何のことだ、と問うよりも速く全身を悪寒が突き抜けるそれは……死の直感だ。

 彼等から距離のある高い建物、ずっと前からそこに控えていたのだろう……その者が放った凶弾が迫るのを直感した。


「ぐ……っ!」


 何とか身を捻るも急所を外すのが精一杯で体制を崩したカルア目掛けて刃が振り抜かれる。鍔迫り合いの姿勢から無造作に放たれた刃はしかし、存外恐ろしい威力を秘めていた。


「──っ!」


 呻くことすら出来ず、左手一本で振り抜かれた刃を受ける。だが、それでもまた無理な体勢で受けたことが仇となり彼の身体は軽々と弾き飛ばれた。

 間のなく訪れるのは嘔吐感を及ぼす浮遊感。一瞬背後へ向けた視線が捉えるのは眼下遠く見える街の光。


「……クソっ……!」


 まともにやり合っても勝てないと悟れば、奴はカルアを落とす方向性に切り替えてきた。敵なら機転の早さには内心舌を巻く。


「……っ!!」


 投げ出された身で無理矢理反転すると着地の姿勢をとる。掴むもののない空中ではいくら跳ね上がった身体能力を以ってしても成す術なく……いや、もしかすれば魔法が使えるのならいくらでもやりようがあるの知れない。──だが、カルアはその術を知らなかった。


 間もなく訪れるであろう衝撃に備え目を細める。両足裏から全身を貫く重い衝撃を感じるよりも早く、刀を持たぬ左手を着く。

 着地の衝撃で地面にめり込まないようにと、地の強度を上げるように力を流し込み……それすらも無意味と言うのに、アスファルトの敷かれた地面には亀裂が走った。


 軋む身体が耐えきれずに膝が折れ、同時に地面が隆起して、より深く浮き出した亀裂から砂埃が噴き出す。


「ぐぅっ……!」


 たった一瞬のことが高速化した思考回路によって引き延ばされ、異様に長い時間に感じる。細く強靭な筋肉な隆起し、背反する力に抗う。間もなく衝撃の全てが地面へと流れ着くと同時にして、身体は急激に軽くなる。


「ふー……」


 深く息を吐き出して、地面にめり込んだ指先を引き剥がす。ボロボロと指先から砂利がこぼれ落ちて、それを払うこともなく徐に立ち上がった。


 凶弾が貫いた脇腹は治癒魔法の効果で既に血が止まっている。軽く触れて問題なく動くことを確認すると、先程まで立っていたであろう建造物を見上げる。


「……さすがに、戻れないか……」


 無理と言う訳でもないが、戻るには時間がかかる。それ以前に、いざ戻ったとしても奴等が上に残っている可能性は低かった。


 ──彼奴も腕を切り落とされているしな……


 もしかすれば法術で生やしている可能性はあるが、カルアも傷を癒すのにそれなりの力を消費する筈だ。

 技術面でならあちらが上だが、純粋な力量はカルアの方が上回っている。もう、馬鹿正直に正面切って相手してくれる筈もない。


「…………?」


 と、我に帰ったカルアの耳に周囲の音がいやに大きく聞こえ……ハッとして周りへ視線を向ければ、かなりの騒ぎになっていた。

 立ち込める土煙で視界が悪いことが唯一の幸いか。


 ネオンの光が満ちる怪しい街中を駆け抜けてその場を離れれば、遠くいやな視線が見下ろしているのを感じた。











 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー












 だらりと細剣を下げてカルアが落ちた場所を見下ろす。遠く、細い線にも見えるのは立体都市の大通りだ。

 そのど真ん中に巨大なクレーターと、小規模の土煙が立ち込めていた。上からではカルアの姿は見えず、だが生きていることは間違いないだろう。


「くっくっ……」


 喉を鳴らして堪えきれない笑い声が漏れ出る。そんな彼は剣を一度地面に突き刺すと、懐から端末をとり出して耳にあてがう。


『奴はどうなった?』

「死んじゃいねェよ」


『止めを刺すか?』

「…………いや、やめておこう」


 薄ら寒い笑みを浮かべたまま少し思案したのち、そう答える。


『まぁいい。それよりも標的の魔女だが……』

「もう見えねェよ」


『そうだな。と、なれば大人しくし引くしかないか』

「ああ」


 簡単な受け答えを終えると再び端末を懐に戻して左腕があった位置をさする。そんな彼が見下ろす遥か眼下、街の中を高速移動する男の姿が映った。


「次会う時が楽しみだ」


 バキンッと剣を引き抜くと、彼もまた夜の闇を払い駆け出した。

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