第六話 続く旅路の先に
折れた刀、その折れた穂先が胸を貫いている。これほどまでに差を感じたのはいつぶりか、魔女装束の少女を見上げてきつく口を結ぶ。
「ほら、届かないだろう」
医療用刃物をそのまま大きくしたような斧槍。白衣と暗い魔女装束を靡かせて、彼女は不敵に微笑む。
「年季が違う」
瞬間、横に描いた魔法陣から新しく刀を取り出す。胸を貫く折れた刀身を他所に、痛みを感じぬ化け物の如く駆け出した。
突き出した刀が虚空を走り、気が付けばそこに魔女の姿はない。──瞬間、背筋を走る悪寒に従うようにして大きく身を低くした。
頭上から響く風切り音、振り返るよりも早く跳ね上がる右足がその正体を打ち抜く。強烈な脚力で放たれた蹴りをソレは長柄の腹で受けた刹那、落雷の如くカルアの刀が落ちた。
「──っ!!」
難なく一刀を凌いだ筈の魔女がその目を見開く。気が付けばその眼前に突きつけられた銃口……火花が散る直前、差し込んだ斧槍。
しかしその威力は想定を遥かに超えて、魔弾に撃たれた斧槍がその勢いのまま手元から離れた。
間髪入れずに跳ね上がる逆袈裟──その時、魔女の口元に浮かぶは不敵な笑み。ただ半身動く、それだけで刀を躱すと同時に彼女の身を低く落とす。
故に見越したようにカルアの脚が跳ね上がる。強烈な蹴りが身を落とした魔女目掛けて迫り、それを彼女は両の腕を交差して受け止めた。
「受けたな」
蹴りの威力に負けて後方へと吹き飛ばされた魔女目掛けて再び銃口が向けられる。無防備な体制、防ぐものなど何もない状態……そう思われたのも束の間、魔女の手元に何かが届く。
──それは先程弾き飛ばされた筈の斧槍。まるで計算されたように空から舞い落ちるそれを受け止めて、彼女は魔弾を弾く。
それでも殺しきれない威力のまま後方へと弾き飛ばされた魔女。対するカルアが下ろした左の掌を天へと向けた。
天から落ちる落雷。その爆風で更に後方へと押しやられた魔女の眼前、黒き雷槍を担いでカルアが刀を掲げる。
「へぇ……懐かしい技だ」
刀の振り下ろし。強烈な斬撃、空気をも切り裂いて魔女の後方に控える鉄屑すらも切り裂くほどの威力。
上手く逸らそうとも第二波、無数の斬撃を帯びて黒ずんだ爪痕が迫る。斧槍を盾に凌ぐも、当然それで終わりではない。
切り下ろした刀を跳ね上げるように下から迫る斬撃。相当に空いた距離を瞬く間に詰めて気が付けれ既に彼の姿は真下にあった。
斧槍で下に受け止めるもまるで勢いは落ちない。魔女の身体諸共かち上げて飛び上がり、宙に浮いて無防備になった少女目掛けて雷槍をまるで巨大な杭の如く叩きつけた。
「……でも、弱い」
身を捻り打ち出すように投げられた斧槍。自身よりも高い位置にいるカルアの手首を貫き、あるいは切り落とす様な勢いで突き刺さった。
制御を失った黒雷がカルアの眼前で炸裂。近くにいる全てを滅ぼさんと荒れ狂う黒電が迸り、身を引き裂かれるような感覚に釘付けになる。
「さて、これで証明されたね」
膝をつき動けないカルアの眼前、穂先の失われた斧槍を突きつけて魔女が言う。
「どうして分かった?」
「言ったでしょう。年季が違うって」
──否、そんな次元ではない。しかしそれを口にしたところできっと詮無いこと。
黙って俯くカルアから斧槍を引いて、魔女が手頃な鉄屑の上に腰掛けた。
「アンタ、本当はいくつなんだ?」
先程の衝撃から立ち直ったカルアがゆっくりと立ち上がり、そう尋ねる。そんな彼の問いかけに彼女は片方の目を閉じて、天を仰ぐ様にして顔を上げた。
「……そうだね……」
どこか物思いにふけるように、どこまでも遠く届かない星々を見て眩しそうに目を細める。その横顔には深い憂いすらも帯びていて、ただそれだけで言わずとも答えは分かった。
「ただ、僕の生まれた世界には星は無かった」
夜の闇の中、唯一の光源である月明かりがその姿を照らし出す。悠久を生きた彼女はどうしてこんなにも悲しそうなのだか、そう問いかける勇気は今のカルアには無かった。
「どうして、俺に協力する?」
「言わなかったかな? 僕は『彼』に返しきれない恩がある。その為ならば僕の全てを捧げる覚悟さ」
魔女の言う彼とは悪夢に現れた悪魔のことだろう。あの悪夢と今のカルアは同じ容姿をしている為、多少なりとも知識があればその姿を見ればすぐに察しがつく。
「ねぇ。魔女に弟子入りしてみようとは思わないかい?」
「それは、また突拍子もない提案だが……」
ゆるりと降りてきた暗い瞳がこちらを見据える。座った目は何かを訴えかける様な色が見えて、しかしその本質は見透かせない。
「何も不思議なことじゃない。君はこちらの世界にきて間もないだろう? 身の振り方、ここでの生き方もわからない」
「まぁ、生き方は分からないが死にはしないだろうな」
売り言葉に買い言葉……やや反論はしたものの、彼女の言うことは実に的を得ていた。
「君なら簡単には死なないだろうね。──でも、生きていれば君の目的は果たされるかい?」
「…………」
彼女の言わんとしていることに気がつき、そして口を結ぶ。彼ほどの力があれど太刀打ちできない障害が存在しているのは事実で、きっと彼女なしではただ彷徨うだけの亡霊に等しい。
「僕の下にいるのなら身の振り方を教えよう。力の使い方を教えよう。──そして、彼女を探すのを
手伝う」
「…………どうして、そこまでする? それに何の得がある?」
彼の言葉に、しかし魔女は怪しく光る瞳を向けるのみ。ゆるりと向けられたその視線に思わず身が竦むのを感じて、それでも怯まずに真っ向からその視線を受け取る。
「言っただろう? 僕は『彼』に返しれない借りがある。そのために君に協力することは僕としては願ったりだ」
「わからないな」
分かる必要はない、と魔女は笑う。一つ、瞳を動かすと彼女は地面に視線を向けた。
「まぁ、強いて言うからかつての『彼』を取り戻したいと言うべきかな」
「それはどう言う意味だ?」
言葉のままだ、とやはり悲しげに笑うだけだ。それでも、それだけでもカルアには十分に伝わった。
──彼女は求めているのだ。『彼』の復活を、そして同じ容姿を持つカルアにその幻影を見ている。何よりも彼女自身、自分の言う言葉の無意味に気づいているからこそ自虐的に笑うのだ。
「魔女の弟子……これ以上に不名誉で、不穏な響きはない。だからこそ、俺には相応しいのかもな」
そして彼もまた所詮は似た者であったはずだ。魔女の弟子として、こちらの世界で生きてみてもいいのではないか……そう思うどこに、不思議があると言うのだろうか。
「まぁ、それで俺の目的に近づけるのなら文句はあるまい」
「いいね、その切り替え。必要なら悪魔とも取引する覚悟、美点と言ってもいい」
少しばかり小馬鹿にしたような魔女から顔を逸らして、手頃な瓦礫の一つに腰掛けて寄りかかると折れた刀を見下ろす。
「今日はもう疲れたでしょう。僕は先に休ませてもらうよ」
適度な高台に移動した魔女が体を横たえる。それを見上げて、カルアもまた折れた刀を鞘に戻すと大人しく瞳を閉じた。
翌朝、瞼の裏に感じる光で目が覚めた。まだ周囲は薄暗く、周囲を見渡せば瓦礫の山が散乱している。
ぼんやりと昨日のことを思い出しなが顔を上げれば、瓦礫の一角で横になる魔女の姿が目に映った。
「はぁ……」
大きく息を吐き出して、ゆっくりと立ち上がった。その気配を敏感に感じ取ったのか、魔女が軽く寝返りを打つと透き通るような瞳でこちらを見遣る。
「おはよう」
「……おはよう」
魔女の挨拶の言葉に、遅れながらの鸚鵡返し。そんなこと気にもせず、起き上がった魔女がゆるりと周囲を見渡す。
「さて、出発しよう。日が昇り切る前に着きたい」
どこに行くかなど聞いていない。それでも一つ頷くと、カルアはその後をついて尋ねた。
「どこに行くかって? ああ、話していなかったね」
一つ間を置いて彼女は淡々と答える。
「古い知人だよ。どうにか力を貸してもらいと思ってね」
「何をしている人間なんだ?」
カルアの問いかけに魔女は背中越しに困ったように首を傾げばかり。そうして少し考えた後、ゆっくりと口を開く。
「何をしていると聞かれてもね……。強いて言うから何でも、と答えるしかない。彼女は金になるものなら何でも引き受けるから」
その言葉を聞いてカルアも納得した。彼女から何かを買う……やはりすぐに思いつくのは、情報と言ったところだろうか。
「金ならある。有用なモノなら何でも買い取ろう」
本意が不本意か女神によって金銭面の保証は受けている。こちらの世界にいる限り……と言うよりは、女神と接触が取れる度に金はいくらでも補充してくれるだろう。
「まぁ、そこは君頼りだね。生憎と袖は触れない」
そう言って魔女が軽く手を振る。何があったのか聞くまでもないが、有り金は殆ど残っていない様子だった。
「さて、そろそろか」
一つ小さく呟いた魔女が足を止める。既に周囲に散乱していた瓦礫の山は気失せて、所々に鉄屑の残る荒野があるだけで……しかしその先、明らかに異様な雰囲気を持つ街並み。
人が寄り付かなくなって暫く経つのか、風化した建物が立ち並ぶ街は退廃的な雰囲気を醸し出していた。近づく者全てを威嚇するような異質な存在感と、それでいながらも人の好奇を惹くナニカがある。
「さて、行こう」
足を止めたカルアを振り返り、ルルはそう言う。先を行く魔女の背中を追い、カルアもまた街の中へと足を踏み入れて行った。
「こっち」
入り組んだ街の中を迷うことなく進むルル。そんな彼女の眼前、周囲の建物に比べれば少しばり大きい建造物。
足を止めた魔女を追い越し、カルアがその扉に手をかける。硝子張りの扉は固く、それでも更に力を込めてやれば嫌な音を立てて扉が動いた。
「遊戯場か……」
こちらの世界に来た時、異様に発展した科学技術に脅かされた。そんな世界にあって、ここの遊戯場に置かれた遊戯機器はあまりにも場違いだ。
どれもこれもが古い型で、元々カルアのいた世界を基準にしても一回りも古い時代のものばかり。空中投影が当たり前の世界において、その画面はネオン管だった。
──いや、元々どこか退廃的な雰囲気を醸し出していたか……
ネオンの光が満ちた立体都市。どこか矛盾を孕む世界の科学技術に眉を顰めながら、店内へと一通り目を通して行く。
「……そっちか……」
魔女が一人、奥の部屋に繋がる扉に手をかけていた。その後ろに立って、遅れて彼もまた奥の従業員室へと足を踏み入れる。
「行き止まりだぞ」
「……少し待って」
奥の部屋で立ち止まる魔女にそう言えば、彼女は部屋を一通り見渡す。何があるのかとカルアもまた注意深く部屋を見遣るが、これと言って特徴がない。
軽く振り返ってみれば開け放った扉は錆びついているのか閉まることはなく、横へと目を向ければ横長の大きな窓から遊戯場が覗けた。
「ねぇ、見えているんでしょう? 僕を忘れたか……あるいは、歓迎するつもりはないのかな?」
どこともなく、何もない空間へと声をかけたルル。当然、返事などあるはずもなく耳が痛くなるような静けさだけが返ってきた。
流石に返事はないだろうと……そう感じ取った直後、背後が騒がしくざわつく。
「──!?」
気配はない、反射的に振り返るも今入ってきた扉に変化はない。それでも殆ど反射的に懐から拳銃を抜き放つと、銃口を開けっぱなしの扉へと向けた。
「…………」
続く機械音、連なるそれが不協和音を奏でて強烈な嫌悪を感じさせた。横長の窓、開け放たれた扉の向こう側……明滅する光に目を細めて、カルアが魔女を庇うように立ち位置を変える。
「忘レタト? 面白イコトヲ言ウジャナイカ」
壊れて動かないと思っていた遊戯器が明滅して、その機械音が不協和音でありながらも確かに言葉を奏でた。
「アノ魔女様ガ、今度ハ一体何ノ用ダ?」
「取り引きがしたい。それが、君の領分だろう?」
返事はすぐに返ってこなかった。考えているのか、答える気がないのか……待つことしばし、どこかで鍵の音が響いたこと思えば目の前の壁が当然として消え失せた。
「どうやら、歓迎してくれているみたいだ」
「そうだといいのだかな」
視線を感じて振り返れば、先程まで騒がしかった電子機器は全てが静まり返っていて、先程までの光景がまるで嘘であったかのように沈黙している。




