第五話 旅立ちの日に
「この格好もだいぶ久しぶりだ」
シャワーを浴びて身綺麗にした少女が、自身の身なりをカルアへと見せつけるようにくるりと回り、その魔女は自身の衣装を披露する。
カルアの世界で言えば黒いセーラー服に魔女のローブ。被ってはいないのものの、その手に握られるのは如何にも魔女の見つけている三角帽子だった。
「なんと、言うか……意外と似合っているな」
彼の世界でセーラー服と言うのは十三から十五ほどの少女が身につける制服。まだ幼さの残る少女達と今、目の前にいる魔女が重なって見える。
外見年齢は相当に若いとは思っていたが、こうして改めて見れば若いを通り越して幼い容姿だった。少なくとも二十歳を超えた女のそれではなく、先日まで大人びて見えていたがそれでも十代半ばと行った頃だろうか。
今こうして年相応の服装を身につけて見れば、もう十代前半の娘にしか見えない。
──これが魔女か……
ポスッと三角帽子を被ればもう仮装した子供でしかない。カルアも初対面で彼女を見れば、子供が仮装して遊んでいる微笑ましい光景にしか映らないだろう。
人の認識を思うがままに化かし、大人びても子供のようにも見せる。禍々しい笑みと無邪気な笑顔を使い分けて、分かっていても警戒出来ない。
「身体はもう大丈夫なのか?」
「深手も追っていないし、回復魔法が使えればなんてこともないよ」
「しかし、そんな魔女装束で本当にいいのか?」
「僕は魔女だと言っただろう。もうしがらみもないし、本来の姿に戻るだけさ」
「しがらみと言うのは、他の魔女達のことか?」
「他に何があると?」
まるで何てこともないように呆気らからんと言う魔女の声色に違和感を感じる。未練などまるで感じていないように、裏切られたことへの怒りすら抱いていないように見えた。
「別にいいんだよ……それに、昔の僕は散々人を苦しめてきたからね。罪無き人を手にかけ、必要とあらば女子供もなく無差別に──今更、自分が蔑ろにされたからって怒ったりしないさ」
それに、と彼女はカルアを見上げて告げる。
「それ以上に大事なことを優先するだけだよ。僕が感情的になれば、少なからず君もそれに引き摺られてしまう。
これは僕なりの罪滅ぼしなんだ。君の為に尽くすことがお姉ちゃんへの、そして『彼』に向けたせめてもの報いさ」
道行く人々をぼんやりと眺めながら、ルルはポツポツと呟く。一つ一つまるで積みの数を数えるように、彼女は慎重に言葉を選んでいるようだった。
「まずはここを移動しよう」
「ああ、その案には賛成だ」
何かあるのかと小首を傾げるルルを見下ろし、カルアが魔法陣から端末を一つ取り出す。無造作にそれを彼女へと放れば、彼女は慌てたように受け取る。
「連絡の手段がなければ不便だ。また逸れぬとも言い切れないだろう?」
「有り難く使わせて貰うよ」
軽く端末を操作して、細かい設定は後回しでいいだろうと魔女がそれを懐へと仕舞い込む。そんな彼女を一瞥して、カルアは立てかけていた刀を手に取ると軍刀用の剣帯に合わせる。
刀を地面と垂直になるように取り付けると、それをロングコートの下に隠すようにした。
「一旦移動しよう。会っておきたい人物があるんだ。──それと、君の勉強にも付き合わないとね」
なんのことだと聞き返すよりも早く、魔女は軽い動きで部屋の扉を潜り抜けていく。そんな彼女の後を追いカルアもまた部屋を出ると、下の受付で料金の支払いを済ませる。
「暫く街から離れようと思っているけど、どこか寄って行きたいところは?」
「いや、ないな」
聳えるような立体都市を見上げて、カルアは首を横にする。そんな彼を満足そうに見遣ると、魔女が先導するように入り組んだ道を進む。
そうして歩き続けること暫く、巨大な建物の入り口に立っていた。観察するように建物を見渡した時、建物の中へと続く路線の上を列車が入っていくを見た。
「これは駅なのか?」
曲線美を体現したような建物の外観も周囲の街並み、陽光を浴びて煌びやかに映るそれはまさに近未来の言葉が相応しいだろう。
「君の世界だと違うのかい?」
「いや、なんと言うか……俺の世界にも想像上としては、こんな感じの駅の画像などは見たことがあるが」
いざこうして前にしてみれば圧巻の一言だ。入り口を通り抜ければそこは吹き抜けのホールになっていて、空中投影に至っては何度見ても気圧される。
「特にあの空中投影だ。俺の世界でも機器さえ揃えれば不可能ではなかったが、こうして実際にもちいられるには何十年も先になると思っていた」
投影された画面には各方面への出発時刻などが表示されていて、原理は全く分からないがどの方向から見ても見え方が変わらないのだ。
「……イカしている……」
素直に口から出たのがその感想だった。しかしいつまでもそうして足を止めているわけにもいかず、思わず見入るカルアの腕をルルが引く。
「さぁ、改札はこっちだ」
手を引かれるままに改札を通り抜けて、魔女に連れられるままにホームに立つ。
天井から吊るされた液晶画面を探し、その途中で一つの画面が視界に止まる。
「あれも、空中投影か……?」
反対側のホームと間に映し出されている広告映像に思わず目を見張り、隣に立つ魔女へ話しかけるように指をさす。
「まあね」
「しかし、それにしても……」
頷く魔女、その横でカルアがホームの下を覗き込み、そこに敷かれた線路を見遣る。
「……列車は宙に浮いていないのか?」
こっちの世界に来た時、立体都市の建物を縫うように進む飛行車の群れを見たことがあった。あれを見てしまえば、逆に物理的な線路を持つ電車にはどうにも疑問が浮かぶ。
「高速鉄道なら浮いてるよ。──ただ、ね。こっちに方が簡単だからさ」
言われてみればいくら技術が高いとは言え、物理的に線路を敷かれていた方が扱いやすいだろう。加えて聞けば高速鉄道でも、一体速度に到達するまでは普通に線路の走っているようだ。
「──おっと、そんなことを話していたら来たね」
ホームの端に赤い光線が何本も張られ、反射的に後ずさる。一歩後ろに下がったカルアは壁のように張り巡らされた赤い横線を睨め付け、警戒するように指先を近づけた。
「あっ、待って……!」
指先が触れた瞬間、焼かれる……などと言うことはなく、彼等の周辺の発声器から警告音が鳴り響く。
慌てて腕を引けば、それと同時に警告音は消える。周囲へと目を向ければ、何人かこちらを見遣る者達はいたが殆どの人は気にした様子すらない。
「誤って触れてしまうことはよくあることだからね。気にしない人が殆どだよ」
何か言われるのではないかと魔女を振り返るも、彼女もまた気にした様子はなく飄々としていた。思ったよりも惨事にならなかった安堵と同時、軽率な行為だったと自身を戒めるように顔を顰める。
「ほら下がって。すぐ車両が入ってくるよ」
一歩、赤い光線から離れていただけのカルアに魔女がもっと下がるように指示を出す。素直に従って後ったのに少し遅れて、いくつもの車両が連なった電車が入ってくる。
「あ……」
その風を浴びて魔女の帽子が飛ぶ。反射的に手を伸ばしたものの、周囲に広がる物珍しさに目を奪われていた為に反応が一瞬遅れる。
一度ホームの奥に飛んだ帽子が軌道を変え、赤い線に触れようと……その直前、身体強化と併せて同時に足を踏み出す。
「──っ!?」
未だ速度のある電車よりも尚早く駆け出したカルアの眼前、帽子を掴む腕が伸びる。人間離れした身体能力と動体視力を持ってしても、その腕は霞んで見えるほどの速度を持ち、だと言うのに帽子を受け止めるその手は驚くほど繊細な動きだ。
規格外の膂力も速度を完璧に掌握して、力任せに掴めば簡単に引き千切れてしまうよな帽子を優しく受け止めると、その男は柔和な表情で立ち止まったカルアを見遣る。
「これは失礼。目の前に飛んできたものだから思わず手が伸びてしまったよ」
「いえ、助かりました。こちらこそ礼が遅れてすみません」
差し出された帽子を受け取りながら、注意深くその男を見遣る。毅然と背筋を伸ばして立ち、真っ直ぐとカルアを見つめ返す瞳には一点の曇りもない。
彼を値踏みするような視線もなく、善意と慈善からの言動を疑う余地もない。──しかし、それでも分かる。その男から漂う空気は決して善行を繰り返すお人好しが纏えるものではない。
「それにしても、凄じい爆発力だ。君も──」
何かを言いかけた男が遅れて駆け寄ってくる魔女に気がつくと言葉を切る。どこか驚いたような表情を一瞬覗かせて、しかしすぐにそれも人が良さそうな笑みの下に隠れると魔女に向かって軽く頭を下げる。
「あぁ、ごめんね」
「いえいえ、お気になさらず」
カルアから帽子を受け取って魔女が男に礼を言う。それを受け入れて、彼は柔らかく微笑むと改めてカルアへと向き直った。
「どうやら時間もないようですし、話の続きはまたお会いできた時にでも」
振り返れば電車のドアが開き始めたところで、もう一度男の方へと顔向け口を開き……だが、彼の言う通り長話しはするべきではないだろう。
「ああ、またお会い出来たら一緒にお食事でも」
「ええ。それまでどうか健在で……」
含みあるのある言い方をする男。それを考える時間もなく、カルアも魔女も踵を返すと電車へと乗り込んでいく。
振り返り閉じ始めた扉越しに男を見遣れば、彼は軽く手を挙げて見せた。遅れてカルアも軽く会釈すると同時に、二人の乗る電車が動き出す。
「…………彼も、勇者か?」
「一目見ただけでは何とも。君達のような者でなくとも、才能に恵まれ、相応の努力をすれば同等以上の能力を発揮するからね」
思い出せば一瞬の出来事だから、それだけに彼の技量は卓越していたと言えるだろう。ほんの一秒にも満たない一瞬に見せた動き、それだけで尋常ではないと確信できるほどに……
「まぁ、心配しなくてもいいんじゃないかな」
「人が良さように見えるが、そうホイホイと信じてよく今まで生きて来れたものだ」
魔女が言わんとしていることを先んじて口にして、その上で皮肉を込めてそう言い募る。しかし魔女は肩を揺らして笑うと、ゾッとするような表情でカルアを見上げた。
「僕がどうして魔女と呼ばれるか……君なら、少しは分かるんじゃないかな?」
「…………そう、だな」
一つ頷き、そうして車内の奥へと目を向ける。
「席も空いているし、とりあえずは座ろう」
「そうだね」
そうして暫く、電車を乗り換えていくほどに周囲の景色には緑が増えていく。もうどれぐらい電車で移動しているのか、少なくとも十時間に届くかと言う頃、ルルが席から立ち上がる。
ガラリとして人気のない車内にアナウンスが流れて、間もなく古びた扉が開くようにして開かれた。
「こんな所に、何があるんだ?」
周囲には最早緑すらも無くなって、巨大な鉄屑のようなガラクタが無数に散らばっていた。そんな中でも一応は通り道があるのか、駅を出れば瓦礫のない道らしき線が続いている。
「知り合いがいるんだ。ただ、またここから暫く歩くことになるけどね」
しかし、流石に長い移動時間で日は落ちて周囲には泊まれそうな建物も見当たらない。──では、このまま夜を通して歩き続けるとでも言うのだろうか。
「言ったでしょう。君にはその力の使い方を覚えてもらわないといけない」
カルアが振り返るよりも早くその背中を衝撃が襲う。全身が軋むような音を立てて、長身が鉄の瓦礫に叩きつけられた。
「へぇ、身体強化も無しによく受け身を取ったね」
油断していた、と言わざるを得ないだろう。まさか彼女に突然攻撃されるとは思ってもおらず、しかしそれでも反応できたのは昔から死と隣り合わせにあったからか。
「くっ、そ……」
それでも右腕はひしゃげて額は割れている。背中も異様に痛み、足も感覚がない。
即座に治癒魔法がかけると同時に身体強化。しかしそれを待たずして再び衝撃がカルア諸共、鉄屑の山を吹き飛ばす。
「うん、立て直しが悪いね」
暗闇の中、轟音を立てて瓦礫が吹き上がり、その下から黒髪を靡かせた男が現れる。直後、男の腕がブレたかと思えば地面を割いて目に見えぬ何にかが魔女へと放たれる。
「弱い。全く集中できていない」
踏み込みを一つ、ただそれだけで見えざる刃は打ち消された。
「君はただ膨大な力に振り回されているだけだ。もっと繊細かつ緻密な扱いを知らないとね」
「どうすればいい?」
カルアが問いかけた直後、魔女が彼に向けて手のひらを翳す。
「さぁ、どうしようか」
大きく地面を抉ってカルアの身体を軽々と吹き飛ばす衝撃。しかしそれは彼の眼前にて真っ二つに両断されると、その背後にある瓦礫を吹き飛ばすにとどまる。
「お見事」
刀の一振りで力の奔流を切り飛ばした男に賞賛の声をあげて魔女が目を細めた。しかしそれも束の間で、男の細い筋肉が隆起すると全身から溢れ出す禍々しい力に顔を顰める。
「先の戦いで見せた禁術だね。しかし、自分の意思で再点火できるようになるとは……」
「まだ、夜は始まったばかりだろう?」
男の言葉に魔女は微笑むと、軽く両手を上げるように見せる。一見すれば降参するような構えにも見えたが、生憎と彼女の表情を見ればそんな気は微塵もないと言えるだろう。
「いつでも来るといい。力に溺れた者の末路はいつの時代もどこの世界も変わらない」
「では、お言葉に甘えて」
深みを増すばかりの夜闇の中、破壊が連鎖する音が響き渡った。




