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絡繰世界のがらんどう 〜ただ一人消えるだけ〜  作者: 枝垂桜
第二章 失われた信仰と不滅の騎士
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第一話 魔女狩りの夜

 腰にある慣れた重みを確認して、黒髪の男が暗がりから姿を現した。

 スラリと手足が長く、高身長。無理ない姿勢で背筋を伸ばし、端正な顔は幾分か緊張に強張っている様子だ。


 その男、カルアがゆるりと周りを見渡せば他にも十人ほどの男達の姿が目に入る。その誰もが目を合わせようとせず……しかし、彼らの佇まいから漂う気配オーラは尋常では無かった。


 ──なるほど……


 ここに集められた勇者達。少なくとも、そう呼ばれる男達は相当な場数を踏んでいるのだろう。

 幼い頃から殺しの英才教育を受け、十を過ぎてからは死臭と狂気の世界に入り浸っていたカルアですら、無言で佇む彼等の気迫に気圧される程だ。


『やぁやぁ、勇者諸君』


 声が聞こえた。

 男とも女とも取れぬ声。


 機械的な、それでいて生身の人間が発しているような何とも言えない響きを持つ声だった。

 その声もまたどこから響いてくるのか、あるいは全方向から発せられているのかもしれない。


『本遊戯に君達が参加してくれたこと、それは我々にとって実に喜ばしいことだ』


 嬉しいと言いながら、その声は抑揚なく……あるいは品定めでもするような視線すら感じ取れた。


『君達の存在は他世界、そして神の存在証明にもなる。──我々は望んでいるのだ。未だ認識すらも出来ないナニカを、君達を通して知れることを望んでいる』


 感情らしい感情が感じられない声。ただそんな中でも唯一感じ取れるモノが一つあった。


 ──欲望か……


 神を、あるいは他世界を……彼等はその力、あるいは資源を得ようとしているのか。──科学が発展し、魔法の存在するこの世界で……何よりもカルア自身、それが不可能だとは思えない。


『無論、我々がどう思うとも君達が心配することは何もない。ただゲームに専念してくれればそれでいいのだ』


 ──そうだ。彼等はゲームに勝ち、そして命を賭けるに値する報酬を得るためにここに立っている。

 失ったモノを取り戻すため、あるいは他の何か……きっと他人には理解されないことでも、彼等は血を吐くような思いで追い求めは筈だろう。


『ゲームに際してルール説明を行う。本ゲームのテーマは魔女狩り……君達勇者は、魔女を一定数殺すこと』


 無機質な声も相まって、まるで何とでもないようなことを言っているように聞こえる。しかしそれは人を殺せと言うのと同義で、だからこそ狂気的な何かを感じずにはいられなかった。


『時計塔の針が零時を指した時、ゲームスタート。勇者は日の出までに魔女を四人狩ること』


 その時、一人の男が手を挙げてみせた。


「魔女側は必要人数はいるのか? もしいないのなら、少ない獲物を求めて競う合う必要があるのか?」


 瞬間、緊張が走る。誰一人身じろぎ一つしてないと言うのに、冷たい風が肌を撫でた時のように体が強張った。


『無論、魔女側は余裕を持って用意してある』


 その言葉を受けて緊張は解けて、代わりにカルアが思考を巡らせる。


 魔女側の人数は開示されていない。余裕を持ってと言うのは少なくとも必要最低限の四十人は超えているはずで、そして相手はデスゲーム経験者の手練だ。


 ──一筋縄ではいかないか……


『ルール説明は以上だ』


 それだけ言い残すと沈黙が降りる。徐に時計塔を見上げれば今は二十三時を回ったところで、もう間もなくだろう。


 ──さて、どうしたものか……


 ゆるりと周囲へと目を向ける。


 服装は疎らで、またその獲物も人によって違う。自分の服装からしてそれが普段のもので、一つ息を吐き出すと懐から眼鏡を取り出す。

 今の体はどうかわからないが、昔事故で目を怪我した時があった。何とか視力は回復したが光に弱く、こうして保護のために昼間等は紫外線などをカットしてくれる眼鏡をかけているのだ。


 ──まぁ、必要はないがな……


 端末の光にも弱く、向こうにいた時は夜もかけていることが多かった。しかし、こちらに来る前にあの女神がその辺りも完治しているのだろう。

 ──だが、彼が眼鏡をかけるのにはもう一つの理由があった。


 それは戦闘開始の合図だ。夜間、仕事をする時。彼は邪魔になる眼鏡を外すことが多く、それがいつの間にか表の人格と裏の人格を左右する引金トリガーになっていた。

 大きく性格が変わることはないが、この短い動作が幼い頃から叩き込まれた残忍性を引き出すのには十分な儀式になっているのだ。


「…………」


 そんな彼が殺しの前に眼鏡をかける。

 つまりは、そう言うことなのだろう。


 ふと近くに気配を感じてそちらを見遣れば、一人の男がこちらへと近づいてくる。何用かと視線を向ければ、彼は軽く肩を竦めて敵意がないことを示す。


「また会ったな」

「ああ。お前はこのゲームをどう見る?」


 その男、キラがゆるりと周囲へと目を向けた。


「相手は少女のみと言うのは気がすすまないが……今更、殺す相手を選り好みしても仕方ない」


 キラが続けて言うその言葉に、カルアもまた同意見で……だからこそ、容姿は必要ない。


「ゲームとは言えど殺し殺される世界に身を置く者たちだ。無用の情けは己の首を絞めることになる」

「全くの同意見だ。しかし、気をつけろ」


 腰の剣に触れながら彼が鉄扉を指差す。


「魔女共が黙って殺されるとは思わない」

「反撃してくるだろうな。無論、返り討ちにするつもりだが──」


 そこで言葉を切って視線を落とす。何も彼等は狩る側の人間などではなく……寧ろ、嫌な予感しかない。


「人数では圧倒的に不利だ。いくら得物を持ち、身体能力で優っていても、数の不利は覆せない」


 そこでキラは周囲で聞き耳を立てている勇者達へと目を向けた。


「そこで、だ。獲物の数も十分いることだし、我々もまた手を組まないか?」


 最初に動いたのは袴を身につけた男。右肩を出すように着崩しており、その腰には大小二本の刀を帯びている。

 はだけている腕には百足の刺青。無彩色の瞳は冷たく、それでいながらどこか陰りが見えた。


「私は遠慮しておきましょう。確かに生存率は上がりますが、時間がありません」


 日の出までに四人。固まって動くのなら、その人数分狩る相手が増えるのだ。

 下手すれば全員が必要人数を満たせずにタイムリミットが来てしまう。危険を冒してでも単独行動に出れば相応のメリットもあった。


「まず固まって行動している武装集団を誰も好んで攻撃しない。それどころか徹底に逃げられる。──その点、単独で動けば向こうからやってくる」


 カルアの言葉を受けて、袴の男が一つ頷く。単独で行動していれば勇者側を撃退したい魔女からすれば格好の獲物で、彼等が持つ武器を求めて数人がかりで襲ってくる可能性が極めて高い。

 魔女側は数の有利を活かさない手はなく、それを返り討ちにすれば大きく数を稼げると言う算段なのだろう。


 それを口にした上で改めて他のメンバーへ目を向けるも、全員同じ意見なのだろう。


「──と、言うわけみたいだな」

「致し方ない。俺達も個別に動こう」


 無理にペアを組んで動いても慣れない者同士、互いに足を引っ張るだけだ。それぐらいならもういっそのこと全員が全員単騎で動くのでいいだろう。


 もう間もなく遊戯開始。

 魔女狩りの夜が始まる。



















 暗い街を進んでいく。ゴシック感のある古びた街で徐に見上げた先、時計塔の針は零時を回ったところ。


 ──思ったより早いな……


 ピタリと足を止めて、腰の刀に手を置く。そうしてゆるりと前を見遣り、現れたのは小柄な人影。

 片手にはナイフのような何かを持っていて、何の前触れもなくその影が飛び出す。


「見えているぞ」


 半身、左に避ければ背後から腕が飛び出す。その手中にもナイフのような物が握られていて、まさか躱されると思っていなかったのか女の顔に驚愕が張り付く。


 空振り、前傾になった少女を振り向きざま突き上げるように膝蹴りを放ち……しかし、驚いたことにその少女は左腕を滑り込ませて防御したのだ。


 ──惜しいな……


 完全に合わせたと思った攻撃に反応する反応速度は素晴らしいと言わざるを得ないが、それでも所詮は女。

 身体能力を極限まで引き上げられ、鍛え抜かれたた大の男が本気で蹴り上げれば腕の一つ軽くへし折れる。


 ──手応えありだ……


 これで彼女は戦線離脱。腕を挟んだとは言えどそのダメージはいなしきれない。

 反対に陽動役として正面から突っ込んできた女を向かい打つように体の向きを変え……しかし、視界の端で光が走った。


「ぐっ……」


 何とか身を捻って躱すも体制が悪い。

 既にもう一人の少女は距離を詰めていて、突き出されたナイフ──その手首を掴むと合気の応用で地面に転がした。


 ──流石に投げられなかったが……


 それだけで十分だ。一瞬の隙を作って距離を取り、敵の脅威を改めて図る。


 先程からナイフだと思っていたのはガラスの破片で、その持ち手の部分には布を巻いて武器としていたのだ。

 身の回りのガラクタも武器にする。一見年端もいかぬ少女がその発想に至るという異常さに思わず身震いし、そして何よりも今自分が相対する敵は本物であると実感した。


 腕を折られた女もそうだ。あれだけのダメージを受けて怯むことなくガラス片を突き出してきた胆力は驚嘆に値する。


 ──とは言え、戦力は削った……


 不意打ちで仕留めきれなかった時点で彼女達に勝ち目はなく、そしてこれだけの手練が取る行動は想像に易い。


 ──逃げるか、徹底抗戦か……


 刹那、二人の少女が展開する。それぞれ別方向へと駆け出して──故にカルアの反応は早かった。


 ──狙うなら手負か……


 展開するのは生存率を上げる為だ。

 片方を追えばもう片方は取り逃がすことになる。


 ──しかしどちらも討たれるよりはマシで、今回の場合は実質的に腕を折られた方が犠牲になるモノだった。

 無論、捕食者は手負の獲物を狙うモノで……カルアもまた例に漏れず、腕を折られている少女を狙った。


 苦し紛れに振るわれるガラス片を躱すと同時に軽く手首を捻り、返す刀でそのガラス片を女の首に突き立てる。


「ぁ……」


 声とも吐息とも付かない音が漏れて、少女の身体が力無く崩れ落ちる。それを横目に男は次の獲物を求めて歩き出した。

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