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翌朝、リリーアが身支度を整えて階下にある食堂へ降りていくと、フィオレンツィオとドナテーノはすでにテーブルについていた。
「おはようございます」
「おはよう」
柔らかそうな金髪に寝癖をつけたフィオレンツィオは、今日も笑顔だ。
皿に盛られた硬そうなパンをちぎりながら、具がほとんど入っていないスープをかき混ぜている。
かたや、ドナテーノのほうはいかにも寝不足といった雰囲気で、恨みがましくリリーアを見つめる。
「……恨みますよ」
「――――!」
昨夜から今朝にかけて、いったい何があったのか、知りたいような知りたくないような気持ちになる。
「すみません……」
よくわからないながらも、謝ったリリーアに、フィオレンツィオが彼の隣の席の椅子を引いてくれた。
「どうぞ」
「ありがとう」
他の宿泊客もいるので、姫らしくふるまわなければと心しながら返事をすると、フィオレンツィオは満足そうに微笑む。
「このパン、面白いですよ。噛んでも噛んでも飲み込めないのです……こんなに硬いの、初めて食べました」
愉快そうにフィオレンツィオが差し出してくれたのは、リリーアにとっては珍しくないいつものパンだ。
つい昨日も、カルンの町の男が差し入れてくれたのを昼食に食べた。
「ありがとう」
受け取って、指に力を込めて引きちぎろうとしていると、背後から声をかけられた。
「はい、おまちどうさま。卵と燻製肉ですよ。朝からこんなものを追加注文するなんて、お客さん、豪勢ですね……今日はお祝い事か何かですか?」
料理を運んできてくれた老婦人だった。
フィオレンツィオが笑顔で振り返る。
「いや、そういうわけじゃないが、これだけじゃメインがないだろう?」
「…………」
そういうものは、そもそも庶民の朝食には存在しないと、リリーアは冷や冷やしながら聞いていたが、老婦人の反応は想像を超えて大きかった。
「ベルトランド陛下!」
手にしていた皿を放り投げ、その手で口を覆いながら叫ぶ。
フィオレンツィオがとっさに皿を受け止めたので、料理が床に散乱することはなかったが、食堂中の注目を集めてしまった。
「なんだって? 前国王陛下?」
「本当だ! 硬貨に彫られているのと同じ顔だ!」
フィオレンツィオを見た宿泊客たちが口々に叫び始め、食堂は混乱に陥る。
ドナテーノは「あーあ」といったふうに天井を仰いだ。
「え? ……え?」
リリーアは驚いて、フィオレンツィオと宿泊客たちを見比べるが、フィオレンツィオ自身はあまり動揺したふうはない。
困ったように、かすかに眉根を寄せている。
「いや、ベルトランドは祖父で、俺は……」
(祖父!?)
リリーアが心の中で叫んだ時、ドナテーノが素早く立ち上がった。
「お世話になりました。お代はここに置いておきます。お釣りはいりません」
テーブルの上に紙幣の束を置くと、まとめて足元に置いていた荷物をさっと肩に担ぎ、片手でフィオレンツィオの腕、もう片方の手でリリーアの腕を掴み、宿の出口へと向かう。
リリーアは何とかそれについていった。
宿の裏の厩舎に預けていた二頭の馬に、鞍を乗せると、ドナテーノはフィオレンツィオを促す。
「さあ、行きますよ」
「ああ……」
先にリリーアを馬に乗せて、自分も乗りながら、フィオレンツィオは残念そうに呟く。
「美味しそうなオムレツだったのに……食べられなくて残念だ」
「誰のせいだと思っているんです」
忌々しげに言いながら、大通りへと栗毛の馬を向かわせるドナテーノに、フィオレンツィオとリリーアが乗った白馬も続く。
慌ただしくルーヴェンスの街を後にしながら、リリーアは呆気に取られるばかりだった。