3
三人が訪れた宿屋は、一階が食堂で、二、三階が客室になっている、昔ながらのこぢんまりとした造りで、老夫婦とその息子らしい不愛想な男が、三人で営んでいた。
「部屋は二つしか空いてないから、二人と一人で使ってくれ」
不愛想な男に二階の部屋の前まで案内されると、ドナテーノはあからさまに不満そうなため息を吐く。
「仕方ありませんね……じゃあ、行きますよ」
リリーアを促して右側の部屋へ入ろうとするので、リリーアは面食らってしまう。
「え? ……え?」
さすがにフィオレンツィオが間に割って入った。
「そこは、俺とお前が同室だろう!」
「えー……そんなの嫌です……あなた、誰かと洗面盥を共用したり、ベッドを分け合って眠ったりしたことなんてないでしょう?」
「それは……そうだが……」
淡々としたドナテーノの指摘に、つい言い負かされそうになるが、さすがにフィオレンツィオも負けてはいない。
「そんなの……お前だってそうだろう?」
「残念ながら、私、次男ですので……弟たちといろんなものを分けあっていました。侯爵家の唯一のご子息とは違います」
「…………関係ないだろう」
悔しそうに口を噤んでしまったフィオレンツィオが、それほど身分の高い貴族の息子だとは、リリーアは想像していなかった。
「あの……二人がそれぞれベッドを使うなら、私は別に、どちらかの部屋の床でも……」
貴族の二人には無理でも、おそらく庶民に違いない自分ならば、部屋の床でも平気で眠れるだろうと思い、リリーアは申し出てみたが、フィオレンツィオに目をむかれた。
「とんでもない! 女性に! まして姫様に、そんなことさせられません! グダグダ言ってないで行くぞ! ドナテーノ」
そしてドナテーノの腕を掴み、さっさと一室のドアを開けて入っていく。
引きずられるように歩いて、しぶしぶと部屋の中へ入っていきながら、ドナテーノの投げた眼差しが、リリーアに「それ見たことか」と語りかけていた。
(そうか……!)
宿を決める際、ドナテーノが意味ありげに言っていた「後で後悔することになる」というのは、こういう宿に泊まるには、フィオレンツィオの身分が高すぎるという意味だったのだろう。
(失礼なことをしてしまったかしら?)
心配になったが、当の本人から文句を言われたわけではない。
「ドナテーノ! 見てみろ。ベッドが木枠しかないぞ……後から誰かが羽根布団を運んでくるのか?」
「残念ながら、そのまま、その上に寝るんですよ。だから言ったでしょう……こんな安宿で、あなたが安眠できるわけが……」
「そうか? これはこれで、なかなか出来ない体験だから面白いぞ」
「まったく、あなたは……」
薄い壁越しに、隣の部屋から聞こえてくる会話は、思いのほか楽しそうだ。
(少なくとも、フィオは……)
楽しそうにあの笑顔を浮かべているのかと考えると、リリーアの気持ちも明るくなる。
しかし事実は――さらに深刻だった。