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ニセモノ花嫁は真実の嘘をつく  作者: シェリンカ
第七章
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 部屋に二人きりになっても、ルカは押し黙ったままで、リリーアはなんと声をかけていいのかわからない。


「あの……」


 言葉が見つからず、リリーアも口を噤んだことで、いよいよ重くなった部屋の空気に耐え切れなくなったらしく、しばらくして、ルカは唸るような声を上げた。


「あーーーっ! なんでこうなるんだよ!」

「―――――!」


 突然の大声に、びくりと飛び上がったリリーアを、ルカは上目遣いに見る。


「お前さあ……ほんとに、なんにも覚えてないのか?」


 射るような眼差しに気後れを感じながらも、ここで怯んで、せっかくルカと話をする機会を逃してはならないと、リリーアは自分を奮い立たせる。


「はい……かろうじて、自分の名前だけ思い出して……」


 リリーアの返答を聞き、ルカの蒼い瞳に苛立ちの色が増した。


「他には何も? 自分が何をしにグランディスへ来たのかも? 俺のことも?」


 その質問には、ただ一つだけいい返事が出来ると思い当たり、リリーアはぱちりと手を叩く。


「あ! ルカのことは少し思い出したの……私の大切な幼なじみで、小さなころからずっとそばにいてくれた、大好きな人!」

「―――――!」


 勢いよく語られた内容に、ルカは大きく目を剥いて顔を真っ赤にし、慌ててリリーアから顔を背けた。


「な、なに言ってんだ! バ――カ!」


 リリーアも、自分で言ったことが急に恥ずかしくなり、あたふたと手を上げたり下げたりする。


「ご、ごめん……なさい!」


 その手が、近くのテーブルの上に飾ってあった花瓶に当たってしまい、花瓶が落ちそうになった。


「あっ!」


 受け止めようと、慌てて手を差し伸べたリリーアより、ルカのほうが速い。

 彼はなんなく片手で花瓶を掴むと、音もたてずに元あった場所へ戻す。

 その様子を、リリーアは驚愕の思いで見ていた。


(え? どうして……?)


 ルカは椅子に座った格好で、背もたれの後ろで両手を縛られていたのだ。

 縛ったのはドナテーノで、ずいぶん何度も結んでいたし、ルカが手を自由に使えるはずはない。


 それなのに彼は、さっと花瓶を受け止めたばかりか、椅子から颯爽と立ち上がり、部屋の中を歩き回り始める。

 彼が縛られていた椅子の脚の周りには、いったいどうやって解いたのか、縄が落ちていた。


(いったいいつの間に!?)


 驚いてルカの顔を凝視したリリーアは、声に出して言うなと、口に指を当てる仕草で指示される。

 それに従い、リリーアが口を閉じたのを見て、ルカは頷き、話し始めた。


「どうして記憶を失ったのか……そのあたりのことは、何か覚えてないのか?」

「うん、何も……」

「じゃああの騎士様たちは、お前がコンスタンツェ様じゃないかもしれないとわかってて、身代わりをさせてるのか?」

「ええ……本物の姫君が見つかるまでの間という約束で……見返りとして私の素性を調べてくれると言われたの……」

「予想外の剣の腕といい、なかなか食えないやつだな……」


 フィオレンツィオたちが裏に控えているはずの扉をじっと睨み、ルカがリリーアに近づいた。

 声を潜めて、耳元で囁く。


「お前の任務がなんだったのか、俺もちゃんとは知らないが……正体がバレてるんじゃ、おそらくもう続行不可能だ……デモネイラへ帰るぞ」

「――――!」


 リリーアは驚きに目を見開くが、声は出すなと目配せされる。

 普通の声で会話していた部分は、扉の向こうのフィオレンツィオたちに聞かれても構わない内容で、ルカが声を潜めた部分からは、聞かれてはならない内容なのだろう。


 そういうふうに密やかに行動することが、リリーアは自然に感じる。

 ルカが何度も任務という言葉をくり返すことからも推測できるように、誰かの指令のもとに動くことを、もともと仕事としていたのだろう。


(だから私、妙にいろんなことができるんだわ……姫君の暮らしにも、庶民の暮らしにも、馴染みがあった理由もわかる……たぶん私は、コンスタンツェ姫としてこの城へ来ていた……)


 ルカは、詳しいことはわからないと言ったが、リリーアの任務とやらが、コンスタンツェ姫の身代わりなことは明白だ。

 それなのに――。


「俺の任務は、お前をなるべく早くここから連れ帰ることだ、行くぞ」


 ふいに、腕を掴んで窓のほうへ連れていかれそうになり、リリーアは慌ててルカに抗った。


「どうして?」

「それが任務だから。俺たちにとって任務は絶対だし、その内容は、たとえ親兄弟にも教えられないだろ、って……ああ……忘れてるんだったな……くそっ」


 二人の会話はほぼ無音で、口の動きだけで為されているのだが、そういうことに慣れている自分にも、リリーアはもう驚かないことにする。


(きっと、人には言えないような仕事をいろいろとしてきたんだわ……妙に体幹が強いし、そのくせ、人の体勢を崩すのは得意だし……普通じゃないことがいろいろできるし……)


 本当の自分については納得したが、ここでルカの言うようにデモネイラへ帰るかどうかは別問題だ。


(少なくともまだ、コンスタンツェ姫として婚約を成立させていない……)


 フィオレンツィオたちと、せめてそこまではコンスタンツェ姫の身代わりをするという約束だ。


「私は……まだ、ここから帰るわけにはいかないの」

「でも、もう時間がないんだって!」


 二人の主張は平行線で、どこまで行っても答えが出そうにはない。


「お前の正体なら、もうわかっただろう? 何かの任務で、コンスタンツェ様としてデモネイラから来た俺の仲間だ。姫君じゃないってバレてるんなら、もうここにいる必要はない……それとも、あいつらに何か弱みでも握られてるのか?」

「そうじゃないけれど……」


 今自分がいなくなれば、フィオレンツィオが責任に問われるに違いないので、コンスタンツェ姫としての役目を全て果たしてから帰りたいのだとは、ルカには言いづらい。


「婚約が正式に成立してから、姫君としてデモネイラへ帰る……それじゃダメなの?」

「ダメだ。今すぐお前を連れ帰ることが俺の任務だ」

「でも……」


 声のない会話の最中に、ふいに廊下へと続く扉が開いた。


「――――!」


 風よりも速くルカは窓辺へ駆け寄り、そこから飛び出す。

 部屋を歩き回りながらすでに鍵を開けていたようで、瞬きする間もなかった。


「リリーア!」


 リリーアも腕を掴まれ、一緒に連れ出されそうになったが、寸前でそれを拒んだ。

 部屋へ駆け込んできたフィオレンツィオが、即座にリリーアを守る態勢になったこともあり、ルカも強引に連れて行くより、ひとまず自分が逃げるほうを選んだ。


「絶対に後悔するからなっ!!!」


 闇の中へ姿を消しながら、彼が叫んだ言葉は気になったが、今の時点ではリリーアに後悔はなかった。

 フィオレンツィオが少し困ったような笑顔で、リリーアを見ていた。

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