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「それで? 私の目を盗んで部屋を抜け出し、こっそり会いに行ったという相手が、その男ですか?」
厭味たっぷりにドナテーノに問いかけられ、リリーアは体を縮こまらせながら頷いた。
「そうです……すみません……」
ドナテーノはリリーアの部屋で、リリーアの座る椅子とフィオレンツィオの座る椅子の間を、ゆっくりとした歩調で何度も行き来しているのだが、フィオレンツィオもリリーアと同じように、恐縮した顔をしている。
「悪い、ドナテーノ」
「悪いじゃすまないんですよ!」
ドナテーノがフィオレンツィオの前で足を止め、シャツの袖を捲りあげているフィオレンツィオの腕に、傷薬を塗り始めた。
「大きな怪我がなかったからよかったようなものの……護衛もなしに二人きりで出かけるなんて……!」
憤懣やるかたなしといったふうのドナテーノに、フィオレンツィオは笑いかける。
「お前を呼びに行ってたら間に合わないと思ったんだ……」
「もっとご自分の立場を自覚してください!」
叫んだドナテーノが、その勢いのまま、くるりとリリーアへ向き直る。
「あなたもですよ!」
「ごめんなさいっ!」
フィオレンツィオは悪びれもせず笑っているばかりだが、リリーアは何度もぺこぺこと頭を下げる。
その真摯な姿に、ドナテーノもようやく溜飲が降りたらしい。
今度は、二人とはまた離れた場所にある椅子に、後ろ手に縛られて座っているルカへ、冴えた目を向けた。
「それで……あなたは何者です?」
「…………」
ルカはドナテーノの質問に答えるどころか、彼を見もしない。
湖からの帰路も同じだった。
フィオレンツィオが様々なことを尋ねても、ルカは一切口を開かなかった。
唯一声を発したのが、実は記憶を失ったのだとリリーアがうちあけた時で、「なんだよ、それ……」と驚きの呟きを零した後、絶句してしまった。
ルカならば、おそらく本物のリリーアについても知っているだろうに、これでは教えてもらえそうにない。
「どうします?」
「そうだな……」
ドナテーノとフィオレンツィオは相談しあった末、ルカが何か隠し持っていないかをよく確認して、少しの時間、リリーアと二人きりにすることにした。
「俺たちがいたらできない話もあるだろうから……」
フィオレンツィオはルカに笑顔を向けながらも、リリーアには念を押す。
「何かあったらすぐに呼んでくれ。扉の外にいる。いいな?」
「はい」
二人が部屋から出ていくのを見送り、リリーアはルカへ近づいた。