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ニセモノ花嫁は真実の嘘をつく  作者: シェリンカ
第六章
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 湖へ着く前に、リリーアはいったん馬を降り、フィオレンツィオと別れて向かうことにした。


「私が一人じゃないとわかったら、ルカというあの人は、姿を現さないんじゃないかと思います」

「そうだな」


 フィオレンツィオも賛同してくれ、離れた場所からリリーアを見守ってくれることになる。


(それでも……ひょっとしたら気づいてしまうかもしれないけれど……そもそも、指定された『いつもの場所』が、ここなのかわからないけれど……)


 半信半疑で湖の畔へ近づいたが、到着する前に、湖を囲む木立の上のほうから、声がかかった。


「おい、どういうつもりだ?」


 はっと見上げた木の上は、夜風に枝葉がさやさやと揺れているばかりで、誰の姿も見えない。

 しかし確かに、あのルカという男のものだと思われる声が、リリーアに語りかける。


「護衛の騎士様までひきつれて……お前、本当にこの間からおかしいぞ? リリーア」

「――――!」


 名前を呼ばれ、リリーアは声のするほうへ懸命に目を凝らした。

 星明りでは光源が少なすぎるが、よくよく見てみると、黒ずくめの服の男が闇の中に紛れているとわかる。


「ルカ?」


 試しに呼びかけてみると、ルカは木からするすると降りてきた。


「おう」


 樹の幹に半分体を隠しながら、フィオレンツィオの潜んでいる遠くの繁みを睨む。

 どうやらやはり、気づかれてしまっているらしい。


「まあ、口封じすればいいだけのことだが……」


 彼が黒いマントの下に手を入れたので、リリーアは焦って駆け寄った。


「やめて! ルカ!」


 ルカがそこに黒い大きな剣を携えていることを、リリーアは知っている。

 突然制止の声をかけられたルカは、怒ったような顔でリリーアを見た。


「はあ? 何言ってんだお前……こっそりデモネイラへ帰るのに、生き証人を残していくわけにいかないだろ?」


(やっぱり、デモネイラ……!)


 おそらく自分はその地の出身だろうと思っていた国の名前を耳にし、リリーアは納得する思いだったが、今はそれどころではない。

 グランディス一の剣の腕だと聞かされたフィオレンツィオの強さは、正直リリーアにはよくわからないが、剣を抜いたルカの無敵さは、なぜだかわかる。


(フィオレンツィオ様と戦わせるなんて……いけない!)


 果たしてルカは、リリーアの願いを聞き届けてくれるような間柄なのかも不明だが、無理を承知で懇願するしかない。


「お願い……ルカ」


 剣を抜こうとした腕を掴んだリリーアの手を、ルカは呆れたように払いのけた。


「いい加減にしろよ、リリーア」


 リリーアは少し態勢を崩しかけたが、意外に足腰が強く、すぐに元の恰好へ持ち直した。

 その目の前へ、ルカがすらりと抜いた剣の切っ先を突きつける。


「いくらお前でも、邪魔するならただじゃおかない……お前にお前の任務があるように、俺には俺の任務があるんだ」


(……任務?)


 首を傾げたリリーアに、それほどの緊張感はなかった。

 ルカが向けた剣は、あくまでもリリーアを牽制するためのもので、害する気など全くないと、表情から理解できたからだ。


 しかし離れた場所からその様子を見ていたフィオレンツィオには、そこまでは伝わらなかったらしい。


「だから……」


 ルカの話が終わる前に、二人の前へ走りこんできて、腰に佩いていた剣を抜き、リリーアを守る体制になった。


「なっ!」


 いきなり刃を交えることになったルカは、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに剣を握り直し、フィオレンツィオへ向かってそれを振り下ろす。


「やるじゃないか、騎士様! 速すぎて全然見えなかった!」

「お前こそ!」


 キンキンと金属がぶつかりあう音を響かせて、二人は剣と剣で戦っているのだが、まるで稽古でもしているかのように、普通に会話も交わしている。


「いやぁ……正直舐めてた……どうせ名前だけの騎士だろうって……」

「お前は何者だ? 何の目的でリリーアを呼び出した?」


 フィオレンツィオの剣を受け止めながら、ルカがリリーアをふり返った。


「リリーアって……おい! お前、正体がバレたのか? だったらなおさら……こいつを生かしておくわけにはいかないだろ!」


 ルカの剣が、フィオレンツィオを傷つけようと、真剣さを増す。


「手伝え! リリーア!」


 ルカの叫びに、リリーアは懸命に首を横に振った。


(できない! 私にはできない!)


 彼の命令に従うことが正しいのだと、霞みがかった記憶の彼方から、本当の自分が語りかけている気がする。

 ルカとは旧知の仲で、幼い頃から苦楽を共にし、同じ仕事をして、兄妹のように暮らしてきたのだと、記憶の断片がぽろぽろと脳裏に蘇ってくる。


(いつも一緒だった……私を守ってくれて、ルカを信じていれば、何の心配もなくて……)


 記憶はうつろでも、確かにそう覚えているのに、今のリリーアは彼の言葉に従うことができない。


 激しい剣戟の合間を縫って、二人の間に入り、低くしゃがんで足を延ばし、ルカの足を払った。


「うわあっ!」


 態勢を崩したルカは、フィオレンツィオから眉間に剣を突きつけられ、手にしていた剣を蹴り飛ばされる。


「何するんだ! リリーア! おいっ!」


 怒るルカに申し訳ないと思いながらも、リリーアは自分の髪を結っていた紐を解き、フィオレンツィオが羽交い絞めにしているルカの手を、背中の後ろで一つに縛る。

 そういうことが易々と出来てしまう自分が、恐ろしい。


「おまっ……俺がお前を連れ帰らないとどうなるか……忘れたのか? 『あの方』が乗り込んでくるぞ!?」


 憤るルカに、リリーアは潔く頭を下げた。


「ごめんなさい……忘れたの」

「はあっ??」


 大きな声を上げるルカをひきつれて、白馬を待たせている場所へと向かいながら、フィオレンツィオが彼に語りかける。


「説明は帰りながら……きみのほうへも、聞きたいことがたくさんある」

「…………」


 むっとしたように黙り込むルカと、彼を連れて歩くフィオレンツィオの後ろ姿を、リリーアはじっと見つめた。


(これで本当によかったのかしら……?)


 不安な思いもあるが、ルカの加勢をしてフィオレンツィオを傷つけることは、どうしてもできなかった。


(なるようにしかならない……)


 リリーアがついてきていないことに気が付いたフィオレンツィオが、ふり返る。


「リリーア……帰るぞ」

「はいっ」


 星明りの下でかすかに見える笑顔に向かい、リリーアは駆け出した。


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