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窓はどれも、ドナテーノが入念に確認したように、厳重に鍵がかかっていた。
しかし外からではなく、中から開けることは簡単だ。
リリーアは、音をたてないように気をつけながら窓を解錠し、ひっそりと中庭へ滑り出た。
部屋着に肩掛けを羽織っただけの軽装だったが、人相が見えないように念のため、肩掛けを頭から被り直す。
(いつもの場所ってどこだろう……?)
ひとまず行動を起こさなければと部屋を出て来たものの、指示された場所に心当たりはない。
(ルカっていう人との接点と言ったら……あの湖しか……)
王都へ来る途中立ち寄った湖は、ここからそう離れていないとはいえ、さすがに歩いて行ける距離ではない。
(私……一人で馬に乗れるのかしら?)
フィオレンツィオたちとの馬の旅で、特に不便はなかった。
馬に乗ることに、自分は慣れているように感じた。
だが一人で操れるのかは、また別の話だ。
不安に思いながらも、リリーアはひとまず厩舎を目指すことにした。
厩舎の場所ならば知っている。
リリーアの部屋からそう遠くなく、窓からも見え、馬たちの嘶きをよく耳にしていたからだ。
厩舎の周りに誰もいないことを何度も確認して、足音を忍ばせて近づいた。
馬たちはリリーアを見て騒ぎ立てることはないが、警戒してじっとこちらを見ている。
「誰か……私を乗せてくれる?」
数頭の馬の前を歩き去り、ふと見覚えのある白馬を見つけた。
「あ……」
それはおそらく、フィオレンツィオが乗っていた白馬だ。
馬のほうもリリーアに見覚えがあるらしく、不思議そうな顔で見つめてくる。
リリーアは白馬へ歩み寄った。
「こんばんは。フィオレンツィオ様の愛馬さん……私を乗せてくれる?」
馬ではなく、背後から返事があった。
「シシィはおとなしそうに見えるかもしれませんが、気難しいところがあって、私以外の人間には操れませんよ」
「――――!」
フィオレンツィオの声だった。
リリーアは驚いてふり返ろうとしたが、彼の立つ位置が近すぎて身動き取れない。
いったいいつの間に、真後ろに立ったのか、まったく気配を感じなかった。
「フィオレンツィオ様……」
小さな声で名前を呼んでみると、ふっと息を吐く気配があった。
「姫君ではなく……リリーア……か?」
どうやら、ほぼ人相を隠しているリリーアを、本物のコンスタンツェ姫なのかと訝しんでいたようだ。
すぐにフィオレンツィオの口調が変わる。
「こんなところでいったい何を?」
かすかに笑いを含んだ声音にほっとして、リリーアは彼をふり返った。
「実は……!」
いろいろ相談したいと思っていたのに、機会を逸していたフィオレンツィオに思いがけなく遭遇し、ワインの染みた紙片を握りしめながら、話したかったことを一気に語った。