1
舞踏会はいったんお開きとなり、アルノルト王子とリリーアの婚約宣言は、また日を改めて行われることとなった。
城内の安全が確認されるまでは、舞踏会会場の大広間に全員待機ということで、場は一時、騒然となったが、騎士団の先頭に立って賊を追っていたフィオレンツィオが、いったん戻り、城内に危険はないと報告したので、招待客たちはそれぞれに準備された客室へ帰ってもいいことになる。
矢を放った者を捕まえることができなかったからなのか、フィオレンツィオはとても悔しそうだった。
「他国の賓客を招待しての舞踏会の夜に……グランディス王国騎士団の名折れだ」
報告を終えると、城の警備をより強化するため、すぐにまた騎士たちを統率に行ってしまい、リリーアに言葉をかけることはなかった。
(怪我がなくてよかった……)
それでも、彼が無事だったことに、ほっと胸を撫でおろしていると、アルノルト王子に問いかけられる。
「姫君はどうする? 自分の部屋へ帰る? 不安なようなら、今夜は僕の部屋へ来てくれてもいいけれど……」
「あ……」
自分にぴったりと寄り添っているマルグリットと顔を見合わせ、リリーアは口を開いた。
「自分の部屋へ帰ります。お心遣いありがとうございます」
お礼を述べると、自慢げに胸を張られる。
「僕はきみの婚約者だからね」
ぱちりと片目をつむってみせたアルノルト王子は、手にしていた小さな紙をリリーアへ手渡した。
「じゃあ、これ。姫君にあげる」
「え……?」
リリーアたちを警護して、部屋へと送り届ける準備をしようとしていたドナテーノが、王子の突然の行動に声を上げる。
「殿下! それは先ほどの矢に巻かれていたものでは!?」
アルノルト王子は、それがどうしたと言わんばかりの顔で、ドナテーノをふり返る。
「うん、そう。お前も確認しただろう? ただの白い紙で、何も書かれていなかった……よくある紙だし、矢を放った者を特定する手がかりにはなりそうにない……だから姫君にあげる」
「なぜ?」
「あげたいから」
「……ですが!」
ドナテーノが狼狽しているのももっともで、それは今、リリーアに手渡すようなものではないだろう。
リリーア自身もそう思う。
しかしアルノルト王子は、強引にぐいぐい押し付けてくる。
リリーアは、仕方なしにそれを彼から受け取った。
「ありがとう……ございます……」
後でこっそりとドナテーノに返せばいいかと思い、手に握りしめながら、腑に落ちない顔のドナテーノに護衛されて、マルグリットと共に自分の客室へと帰る。
「姫君」
大広間を出ていく時、アルノルト王子に呼ばれたのでふり返ってみると、彼は艶やかに笑っていた。
「気をつけて」
あのような騒ぎがあったので、気遣ってくれているのだと思い、リリーアも小さな笑顔を返す。
「はい。ありがとうございます」
王子は満足そうに頷き、手を振って見送ってくれたが、後になって考えてみると、その時の笑顔も声音も、普段のいかにも飄々としたものより、いくぶん真剣みが濃かったように感じた。