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舞踏会の当日は、国内外から多くの招待客がヴェンダール城を訪れた。
リリーアが身代わりをしているコンスタンツェ姫も、客人の扱いなので、その様子を度々のぞきに行くマルグリットに、興奮気味に教えてもらうだけだが、招いた立場のアルノルト王子は、朝から多忙を極めているようだ。
謁見の間で、とある国の王族と顔合わせをしたかと思うと、次はまた別の国の人物を出迎えに、エントランスへ向かう。
王子の護衛であるフィオレンツィオも、それにずっと付き従っているようで、今日はリリーアのところへ顔を出すことはない。
「王宮はとても賑わっているのですが、ここはいつもより静かで……なんだか、寂しいですね」
「え?」
髪を梳ってくれているマルグリットに、突然話しかけられ、リリーアはどきりとした。
ちょうど、フィオレンツィオの訪れがないことを、そう感じていたところだったからだ。
「でも、夜の舞踏会では、嫌でも顔を合わせることになりますよ。私が姫様付きの侍女ではなく、デモネイラ王国の貴族の一人として出席するように、あちらも今夜は、グランディス王国の貴族の一人として出席されるでしょうから」
「ああ……そうね」
マルグリットの話しているのが、フィオレンツィオについてというよりドナテーノについてだと思い当たり、リリーアは自然と頬が緩む。
「マルグリットは、ドナテーノと踊るの?」
いつも喧嘩ばかりしているが、その様子を見ていると、二人が気の置けない間柄なことは確かなので、からかい気味に尋ねてみる。
すると、思っていた以上に大慌てで、否定された。
「ど、どうして私があの男と!?!? まあ、どうしてもと言うなら、考えてあげないこともありませんが……どうせあの性格では、他に踊ってくれるご令嬢もいないでしょうし!!」
マルグリットはあたふたと、手にしていた櫛を放り投げ、それを拾い直して力任せに握りしめる。
それを取り換えに隣室へ行くというので、リリーアも笑いをかみ殺しながら、ついて行った。
寝室の中央に置かれた大きなベッドの上には、リリーアとマルグリットが二人がかりで、朝からああでもないこうでもないと考えた、今宵の舞踏会用のドレスと装飾品が広げられている。
二人分なので、かなり煌びやかだ。
「姫様、私本当にこのドレスでいいでしょうか……? やっぱり、もっと地味なほうが……」
いつも自信満々にリリーアの世話を焼いているマルグリットが、自分のことになると弱気になるところが、可愛らしいと思いながら、リリーアは大きく頷く。
「その色で大丈夫よ。マルグリットの目の色ととても合っているもの……デモネイラにはこんなに綺麗なご令嬢が居るんだって、舞踏会でも噂の的になるわ」
リリーアに肯定され、ほっとしたらしいマルグリットが、いつものように強気になる。
「何をおっしゃっているんですか。今宵の主役は姫様ですよ! このドレスを着て盛装した姫様を見たら、妖精という呼び名は嘘じゃなかった、本当だったと、みんな驚きます。アルノルト殿下も、きっと惚れ直されますよ……よかったですね!」
「え? ……ええ」
そこでアルノルト王子の名前が出てきたことにどきりとしながら、リリーアはマルグリットがその違和感に気が付かないうちに、急いで頷いた。
盛装したリリーアを見て、驚いたように微笑みかけてくれるのは、リリーアの頭の中では王子ではなく、違う人物だったからだ。
(私ったら……何を考えているの……?)
面影を頭からふるい落とすように、何度もぶるぶると頭を左右に振る。
「どうされました?」
問いかけてくるマルグリットに「なんでもないの」と答えながら、実際はとても動揺していた。




