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ニセモノ花嫁は真実の嘘をつく  作者: シェリンカ
第五章
20/32

 リリーアがコンスタンツェ姫としてヴェンダール城で暮らすようになり、五日が過ぎた。

 もともと半月ほどのはずだったというコンスタンツェ姫の滞在期間が、終わりに近づいたこともあり、近いうちに盛大な舞踏会が催される予定になっている。

 そこでアルノルト王子の婚約者として、他国から招かれた賓客の前でも紹介され、二人の婚約は正式に成立し、姫は故郷のデモネイラへといったん帰る。

 とても重要な行事だ。


 しかしここへ来てまだ、本物のコンスタンツェ姫は見つかっていない。

 ドナテーノが部下を使って国中を探させているが、それらしき人物を見かけた者も、話を聞いたという者もいない。

 西部地方へ行くと噂がちらほら出てくるが、調べてみると行きつくのは、カルン村の外れに最近住み着いたというとんでもない美少女――つまり、リリーアだ。


「やはりあなたが、コンスタンツェ姫本人なのではないですか?」


 ドナテーノの問いかけに、リリーアは初めて会った時ほどの確信を持って否定することができない。


「違うと……思います……」


 王宮での暮らしで、ほぼ困ることがないからだ。

 身分の高い者特有の、日に何度もの着替えも、細かい決まりのある食事作法も、悩むことなくこなせる。

 舞踏会に備えて、フィオレンツィオとドナテーノがダンスの練習をしてくれたが、教わるまでもなく華麗にステップを踏めた。


 楽器も弾けるし、初めて訪れた者は必ず迷うという庭園の散策路も、一度も迷わずに本館の入口まで帰ってこられた。

 姫ではないという証拠を探すほうが、難しくなりつつある。


「とにかく、時間のある限り探し続けよう……もしかすると国外まで捜索の手を広げたほうがいいかもしれないが……」

「そうですね」


 今後の方針について、ドナテーノと確認しあったフィオレンツィオが、ふいにリリーアへ視線を向ける。


「きみの本当の素性も、まだ掴めない。すまない……」


 頭を下げられて、リリーアは慌てて手を振った。


「大丈夫です! 私のことは気にしなくても!」


 ひょっとすると手がかりになるかもしれない情報を持っていて、彼に伝えていないのはリリーアのほうだ。

 謝られるのは申し訳ない。


 頭を上げたフィオレンツィオが、困ったように眉根を寄せた。


「最悪、披露目の舞踏会まで身代わりを頼むことになるだろう。その後は……まさかデモネイラまで、コンスタンツェ姫として行ってもらうわけにはいかないし……」

「そう……ですね……」


 他国でその国の姫の身代わりをするなど、途方もない話だ。

 浮かない表情のフィオレンツィオにつられるように、リリーアも困った顔になると、彼がふいに笑った。


「大丈夫。その時は、俺がきみを秘密裏に匿う。カルンのような王都から遠い町で、ゆっくり過ごせる環境を整えてもいいし……秘密を守れる場所で、記憶が戻るまで静かに、遠慮なく過ごせばいい」

「ありがとうございます」


 温かい申し出に、リリーアは安心して頷いたのだったが、その後に続いたフィオレンツィオの言葉が、胸を抉った。


「残念ながら、その時には俺はもう傍にはいてやれないけれど……」

「え……?」


 寂しげに笑って、視線を逸らしてしまったフィオレンツィオに、それ以上詳しい説明を求めることはできなかった。


 代わりに、もの言いたげにこちらをじっと見つめているドナテーノへ視線を移すと、彼はすっと冴えた表情になる。


「このままコンスタンツェ姫が見つからなければ、当然、誰かが責任を取らなければなりませんから……」

「あ……」


 コンスタンツェ姫の護衛役だったというフィオレンツィオの立場を思い出し、リリーアは息を呑んだ。


「責任って……」

「一国の姫の、行方も安否もわからないのです……招待した我が国とデモネイラとの今後の国交も、護衛役だった我々の未来も、絶望的ですね」


 厳しい現実をあっさりと言葉にしてしまうドナテーノを、諫めるようにフィオレンツィオが呼ぶ。


「ドナテーノ」


 それでも話をやめず、ドナテーノはリリーアに迫る。


「本当にあなたではないのですか? ひょっとしたらそうではないかという可能性も皆無ですか?」

「それは……」


 詰め寄られて怯むリリーアを援護するように、フィオレンツィオがもう一度、今後は強めにドナテーノを呼んだ。


「やめろ、ドナテーノ」

「はい」


 悔しそうに頬を歪めながらも、ドナテーノが背中を向けて離れていったので、リリーアは詰めていた息を吐いた。

 フィオレンツィオが申し訳なさそうに頭を下げる。


「すまない。きみを責める問題じゃないとわかっていても、姫の行方の手がかりがなさ過ぎて、ドナテーノも焦っているんだ……許してやってほしい」

「……はい」


 頷くリリーアを見つめて、フィオレンツィオの碧の瞳が優しく光る。


「きみは、披露目の舞踏会を無事終えることだけ考えてくれればいい。その後のことは……我々の問題だ」

「はい」


 きゅっと唇を引き結んで、また遠くへ視線を移したフィオレンツィオの横顔は、すでに決意を固めているようにも見えた。

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