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「気まぐれで、自由人で、まったくあいつには困ったものだ……」
東屋へ着いたフィオレンツィオは、さすがにアルノルト王子が座っていたリリーアの隣の席に座ることはなく、近くの柱に背中を預けて立っている。
実は椅子と椅子よりも近い距離で、小さな声でも会話が出来るのでそうしてくれているのだとわかるが、すぐ斜め横に立たれて、リリーアは落ち着かない。
黙っていられずに口を開く。
「フィオレンツィオ様の話をしてらっしゃいました」
「俺の?」
「はい……自慢の従兄だと……」
「なんだ、それ……本人に言え……言われたことないぞ」
照れたようにフィオレンツィオが髪をかき上げた時、近くの散策路を数人の男たちが通りがかった。
フィオレンツィオの表情から照れくさそうな笑顔がすっと消え、代わりにかしこまった顔になる。
「お茶のお代わりを準備いたしましょうか? 姫君」
リリーアもそれに合わせて、表情を引き締めた。
「そうね……いただきます」
フィオレンツィオがティーポットを持ち上げたので、彼自ら給仕をしてくれるのかと、リリーアは申し訳ない気持ちになったが、途中でふいにそれを止められた。
「そうだ」
フィオレンツィオは何かいいことを思いついたとばかりににっこりと笑い、「少しお待ちください」とリリーアに断って、東屋を出ていく。
その背中を見送りながら、やはりフィオレンツィオには自然な笑顔が似合っていると、リリーアは考えていた。
すぐに帰ってきた彼は、大きな両手にいっぱいのベリーを持っていた。
庭園のどこかで採って、途中で洗ってきたのか、濃い紫や鮮やかな赤色のベリーが水に濡れてキラキラ輝いている。
「どうぞ」
笑顔で差し出されるので、リリーアは一つ摘まんで口に入れてみた。
甘酸っぱいベリーの果汁が、口いっぱいに広がる。
「美味しい」
「それはよかった」
フィオレンツィオはベリーをテーブルに置くと、再びティーポットを持ち上げる。
(あ……)
どうやらベリー入りのお茶を淹れてくれるようだ。
給仕係に命じて湯も新しいものを準備させたので、温かな湯気が上がる奇麗な色のお茶がはいった。
「お口に合えばいいのですが」
そっと示されたティーカップの取っ手を、リリーアは摘まんで持ち上げる。
「ありがとう」
リリーアがどういう感想を述べるのか、心待ちにしているフィオレンツィオの期待に満ちた笑顔が、近すぎて落ち着かない。
姫君らしく優雅にふるまわなければと心がけているのに、雑に飲み干してしまいそうになる。
カップの端に唇をつけて、甘い香りに包まれながら琥珀色の液体を口に含むと、ふと脳裏に閃く光景があった。
「――――!」
それは、このヴェンダール城ではないと思われる別の城の、煌びやかな一室。
壁に埋め込まれた巨大な暖炉で、燃え盛る炎。動物の毛皮を鞣して作られたソファーカバーや敷物。寄木細工の模様が美しい木の床。象嵌のテーブル。
家具も壁もほぼ木製で、その全てが、顔が映るほどにぴかぴかに磨きこまれている。
ヴェンダール城より室内が暗く、照明の色も落ちついた暖色系。
どうやら寒いところのようだと感じ、リリーアははっとした。
(まさか――!?)
グランディス王国の北に位置するデモネイラ王国――コンスタンツェ姫の祖国の城の一室ではないだろうか。
そう思い当たり、リリーアはうろたえた。
「どうかしましたか?」
本人の気質は穏やかでも、この国一番の剣の腕と言われ、アルノルト王子を警護する近衛騎士の任にあるフィオレンツィオは、相手の細やかな反応にも敏感だ。
すぐに問いかけられたので、リリーアは当たり障りのない程度に、真実を答えた。
「とても美味しくて……懐かしい味がしました……」
「そうですか。それはよかった」
心配そうな色が消えて、満面になったフィオレンツィオの笑顔が、リリーアの返事はコンスタンツェ姫として完璧だと告げている。
姫のフリをしたのではなく、自分の素直な感想を述べただけのリリーアは、これで確証を持ったことがあった。
自分はおそらく、コンスタンツェ姫と同じ、デモネイラの出身だ。
そして、本当に姫本人であるにしろ、ないにしろ、デモネイラの王宮を懐かしく思い出す立場にある。
しかし、それをフィオレンツィオに打ち明けていいのかの判断は、まだつかなかった。