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午後にグランディス城の西の庭園で、アルノルト王子と共におこなったお茶会は、リリーアが想像していた以上に儀式めいたものだった。
咲き誇る花々の中に設けられた東屋は、壁がなく、白い柱の上に屋根だけが乗せられた開放的な造りで、寒さが厳しいデモネイラではあまり見ない様式だ。
そこにテーブルや椅子が置かれ、茶器やお菓子や軽食が並ぶ。
庭園の中を縫うように何本も通っている散策路の、ちょうど交差する場所にあり、誰もが気軽に立ち寄れるようにもなっている。
さすがにリリーアの座る位置は、繁みの陰になっており、通路から丸見えの状態ではないが、王子の婚約者の隣国の姫の顔が見たければ、挨拶がてら訪れて確認することは簡単だ。
(この国の根幹を担う貴族たちに、顔見せの意味もあるのね……)
リリーアは少し緊張しながら、用意された自分の席に座っていた。
政府高官の貴族と思われる、年配の男たちは、リリーアに軽く挨拶をしただけで、あとはアルノルトと何か真剣に話しこんで、しばらくすると去っていく。
しかし、アルノルトと多少親しいと思われる同年代の若い貴族の子息たちは、リリーア自身となんとか話をしたがる。
「はあっ……姫君、噂に違わぬ美しさですね」
「デモネイラの妖精という呼び名が、本当にぴったりだ」
「殿下がうらやましい」
口々に褒められるので、かすかに笑って返事をしていたが、アルノルト王子にふと真顔で囁かれた。
「あれ? あからさまなおべっかは嫌いじゃなかった? ゴマすりにも笑顔を見せてやることにしたの?」
「…………」
それからは気をつけて、表情を変えずにお辞儀をするだけにした。
(しまったわ……こういう場でコンスタンツェ姫がどういう対応をしていたのか、事前にフィオレンツィオ様かドナテーノ様に聞いておくんだった……)
王子はそれきり何も言わないので、ひとまず今の対応で間違っていないのだと思っておく。
ドナテーノは庭園に姿が見えず、フィオレンツィオは遠い場所で、たくさんの人に囲まれている姿が、時々垣間見えた。
そのほとんどが若い貴族の娘たちで、あまり見ないでおこうと思うのに、リリーアはなぜか何度もそちらを確認してしまう。
「フィオが気になる?」
「――――!」
ふいに問いかけられて、驚きのあまり腰かけていた白い籐編みの椅子から、思わず腰を浮かしてしまいそうになった。
横を見るとアルノルト王子が、こちらを見ながら意味深に笑っている。
辺りには他に人がおらず、珍しく二人きりだったことにほっとしながら、リリーアはなるべく表情を変えないことを心がけ、短く答えた。
「…………いいえ」
王子はそれに応えることはなく、薔薇園の中で女性に囲まれているフィオレンツィオに目を細め、楽しげに語る。
「僕の自慢なんだ。美しくて優しい従兄……ああ見えて、剣の腕もグランディスで一番なんだよ」
「そう……なのですか……」
「あれ? フィオから聞いてない?」
意外そうに問いかけられ、リリーアは曖昧に頷いた。
「……たぶん」
「なにそれ」
王子はかけていた椅子から立ち上がると、少し離れた場所に控えていた従者を手招きする。
何事かを告げて、リリーアの隣に戻ることなく、従者が駆けて行った先を眺めているが、どうやらフィオレンツィオのところのようだ。
(え……?)
従者から何かを耳打ちされたフィオレンツィオが、女性たちに別れを告げ、こちらへ向かって急いで駆けてくる。
瞬く間にアルノルト王子の元へたどり着き、その前で片膝をついて跪いた。
「どうされましたか? 殿下」
アルノルト王子はフィオレンツィオの肩をぽんと叩くと、たった今、彼が駆けてきたばかりの薔薇園へと向かい、歩き始める。
「フィオは女の子に囲まれるのがあまり得意じゃないから、代わってやろうと思って」
「は?」
遠ざかっていく背中をふり返ったフィオレンツィオが、改まった口の利き方も忘れて、必死で王子に呼びかける。
「何言ってるんだ……おい、アル! どういうつもりだ?」
アルノルト王子はそれには答えず、ふり返りもせずにひらひらと手を振るばかりだ。
「僕がいない間、代わりに婚約者様の話し相手をよろしく」
「勝手なことを! おいっ!」
いくら呼びかけても無駄だと早々に悟ったらしく、フィオレンツィオは困ったように肩を竦めながら、リリーアがいる東屋へとやってきた。