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昨晩、リリーアは扉を挟んでフィオレンツィオと話をしているうちに眠気に襲われたようで、部屋へ帰ってきたマルグリットに寝間着に着替えさせられ、ベッドへ誘導されたことは、半分夢のようにしか覚えていない。
「本当に姫様は、エッシェンバッハ卿がお好きですねって申し上げたら、そこだけしっかりと頷いてらっしゃいましたけれど……後はほぼ夢うつつです」
朝食のハムを皿に切り分けてくれながら、マルグリットが昨夜のリリーアの様子として、そういうことを言い出すので、リリーアは口にしかけていた鮭の煮凝り寄せが気管に入ってしまいそうになり、激しく咽る。
「私、そんなこと!? ……げほっ、ごほっ、げほっ」
まあまあといったふうに背中をさすってくれ、水の入ったグラスを手渡してくれたマルグリットが、当然のように話す。
「ここへ来た当初からそうじゃありませんか」
「そう……だったかしら……」
ではこれで、コンスタンツェ姫としては間違っていないのだと自分に言い聞かせながら、リリーアはグラスの水を飲み干した。
「ありがとう」
マルグリットに手渡すと、水差しからまた水を注ぎながら、マルグリットが小さな声で呟く。
「だから、お相手が卿だったらよかったのに……」
その声は小さすぎて、リリーアにはよく聞こえない。
「え? 何……?」
「なんでもありません」
マルグリットは笑顔でグラスをテーブルに置くと、ソファーのほうへ移動した。
そこには何着かのドレスが掛けてある。
「それより……今日の午前のドレスにはどれになさいますか? 特に何か予定は入っておりませんが……」
だったら落ち着いた色の、飾りの少ないものでいいだろうと、リリーアは濃灰色のドレスを指す。
「じゃあそれで」
「はい」
マルグリットはそれを別の椅子に掛け、また違うドレスをいくつかリリーアに見せる。
「午後からは、アルノルト殿下と一緒に、庭園でお茶の時間を過ごす予定があります。いろんな方の目につくと思いますし、声をかけてこられる方もいらっしゃると思います」
「だったら……」
マルグリットが示すドレスを、リリーアは見比べた。
「庭園の中だと花と同じ色は埋もれてしまうし、陽光の下で暗い色も無粋だし……私の目の色と同じ、紫色でどうかしら?」
光沢の美しい紫色のドレスを指すと、マルグリットが満足そうに笑った。
「さすが姫様! 間違いありません!」
リリーアが選んだドレスをうきうきと抱え、今度はそれに合うアクセサリーを選びに隣室へ向かうマルグリットを、リリーアは複雑な心境で見送る。
(こういうふうに、たくさんの服の中から今日着るものを選ぶことも、給仕してもらった食事を順番に食べることも、私、普通に出来るのよね……)
しかしその一方、安い宿の硬いベッドで寝ることも、食事がパンとスープだけでも、特に違和感はなかった。
自分が何者なのか、リリーアはますますわからなくなる。
「あれ? 姫様……濃灰色のドレスに合わせるサファイアのネックレス……どこにしまったかご存じありませんか?」
隣室からのマルグリットの問いかけに、さすがにそれはわからないと思いながら、リリーアは試しに、思いついたことを言ってみる。
「キャビネットの、右の一番上の抽斗じゃ……?」
ひょっとしたらこれも合っているのではないかと、リリーアはドキドキしながらマルグリットの返答を待ってみたが、大きな声で笑われた。
「何言ってらっしゃるんですか! そこは下着入れですよ、あははっ」
やはりそんなことはないかと思い、リリーアもマルグリットと共に笑う。
「そう、だったわね……ふふふ」
少し寂しい気持ちもしていた。