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翌朝、リリーアは小鳥の囀りではなく、朝陽の眩しさでもなく、どこか遠くから聞こえてくる男たちの勇ましい声で目を覚ました。
(ん? ……何?)
ベッドの上で体を起こすと、テーブルの上に朝食の準備をしかけていたらしいマルグリットが飛んでくる。
「ああ、ああ、ああ、ああ……やっぱり起きてしまわれましたか?」
それから、東に面した大きな掃き出し窓へつかつかと歩み寄ると、天鵞絨の重そうなカーテンを、レースのカーテンごと勢いよく左右に開く。
「うっ」
突然、目を射られるほどに眩しい朝陽が窓から射しこみ、リリーアは腕で目を覆って顔を背けたが、マルグリットはまるで気が付いていない。
窓を開けて、外へ向かって大声を張り上げる。
「ちょっと! うるさくて姫様が起きてしまわれたでしょう? 朝の鍛錬なんて、毎日しなくてもいいって言ってるのに……この筋肉バカども――っ!」
叫びに答えて、遠くから声がした。
「そういうわけにはいきません。百戦錬磨を誇る我がグランディス騎士団の、古くから続く朝の日課ですので……」
「そんなの知らないわ! バカ―――ッ!」
マルグリットが言いあっているのは、どうやらドナテーノのようで、朝から二人とも元気だなと、リリーアはぼんやりと考える。
「申し訳ない、マルグリット嬢……この東の中庭は、騎士団がずっと鍛錬場にしている場所で……だから姫君の客間は、もっと別の場所がいいと殿下にも進言したのだが……」
「――――!」
ふいにフィオレンツィオの声が聞こえてきて、リリーアは一気に意識が覚醒したのだが、それに負けないほどマルグリットも驚いている。
「ひいっ! エッシェンバッハ卿のせいではありません! 全てはその男が!」
びしびしと指さされたらしいドナテーノが、不満の声を上げる。
「ちゃんと聞いていました? 決めたのはアルノルト殿下ですよ?」
「だから! 主君の過ちは部下の過ちです!」
二人の姦しいやり取りをかいくぐり、窓へ近づいてきたらしいフィオレンツィオが、窓越しに声をかける。
「姫君、昨晩はよく眠られましたか?」
「――――!」
彼は窓からこちらを覗き込んでいるわけはなく、見えはしないとわかっていても、リリーアは自分がまだ寝間着なことにうろたえて、シーツをぐるぐると体に巻き付ける。
「はい……眠れました」
「それはよかった。今日もよろしくお願いします」
「はい……お願いします……」
フィオレンツィオが窓から離れていく気配が遠くなり、完全に消えるまで、リリーアは緊張のために上がった肩を下ろすことができなかった。