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本館のエントランスへ馬車が着くと、王子が先に降り、リリーアが降りるのに手を貸してくれた。
そのまま手を引かれ、館内へエスコートされる。
「――――!」
磨き抜かれた大理石の床も、その上に敷かれた毛足の長い絨毯も、見上げる首が痛くなるほどに高い天井も、そこから下がる巨大なシャンデリアも、息を呑むほど美しく、高価そうなものばかりだったが、リリーアは必死に冷静な顔を保つ。
「疲れただろうから、今日はゆっくり休んで」
到着が夜になってしまったこともあり、王子はおそらくそう言うだろうから、あとはコンスタンツェ姫が滞在していた部屋へ帰り、眠るだけだとリリーアはフィオレンツィオたちから説明を受けていた。
そのとおりにアルノルト王子が語りかけ、安堵しながら頷いたのだったが、彼はリリーアの手を放してくれない。
それどころか一歩リリーアに近づいて、意味深に微笑みかける。
「後で部屋へ行くから」
「――――!」
リリーアは背筋がぞくりとし、王子の背後に控えているフィオレンツィオに、思わず助けを求める視線を送ってしまった。
「アル!?」
敬称を呼ぶことをまた忘れて、とっさに愛称で王子に呼びかけているフィオレンツィオも、かなり動揺しているようだ。
呼ばれた王子は余裕の笑顔で、フィオレンツィオをふり返る。
「なに? フィオ」
「あ……」
フィオレンツィオは何かを言おうと口を開きかけたが、言葉が出てこなかったらしく、伸ばしかけていた手を引く。
「いや、なんでもない……いえ、なんでもありません」
その様子が困りきっていることは、リリーアにも一目でわかる。
(どうしよう……)
助けてくれる者はいないと、必死に自分で思考を巡らせていると、思いがけない人物から助けの手を差し伸べられた。
「それじゃあフィオ。姫君を部屋まで送り届けて」
アルノルト王子がそう言ってくれたおかげで、なんとかフィオレンツィオと今後の相談をする時間を手に入れる。
「はい」
フィオレンツィオもほっとしたようにリリーアに歩み寄り、勇気づけるように目配せする。
側近であるドナテーノもそれに続き、三人が歩き出そうとした時、背後からアルノルト王子の声がかかった。
「僕の婚約者、今度こそしっかりと守ってね」
「――――!」
どきりと胸を跳ねさせて、リリーアがふり返って見てみると、アルノルト王子はどこか悪戯っぽい笑みを浮かべている。
彼がどこまで気が付いており、何を考えているのか、本心が読めないことに不安を抱えながら、リリーアはフィオレンツィオたちと共に、二階へと続く大階段を上り始めた。




