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グランディス王国の首都――グランディアは、国の中央に位置する。
東西南北どこからも交通の便がいい上に、産業、文化、治政、全てにおいて国の要であり、統治者たる国王も、居城を構える。
王城――ヴェンダール城は、グランディア北方の小高い丘の上に、圧倒的な存在感を醸し出し、悠然と聳え建つ。
高い城壁に囲まれた古式ゆかしい石造りで、階段や回廊が複雑に入り組んだ本館と、それを取り囲む尖塔、森の中に別館などを併せ持つ、巨大な城だ。
周囲を深い水路に囲まれており、城の側から跳ね橋を下ろさなければ、入ることもままならない。
鉄壁の守りを誇り、堅牢な城と呼ばれる所以だ。
リリーアとフィオレンツィオとドナテーノは、その巨大な跳ね橋を渡ることなく、城の西側にある小さな通用口へ続く、小型跳ね橋から城の中へ入る予定だった。
コンスタンツェ姫が行方不明になったのは、城でもごく一部の人間だけしか知らない秘密であり、姫に成り代わるリリーアは、なるべく人に見られずに、城内へ入らなければならないからだ。
フィオレンツィオの合図に従い、人ひとりが通れるほどの幅の跳ね橋が、自分たちの前に下りてくる光景を、リリーアは緊張の思いで見つめる。
「…………」
人相がわからないようにフード付きのマントを着て、髪色や顔などを隠しているが、もし見られた場合でも、姫のニセモノであると見破られないように、何重もの意味で緊張する。
姫は物静かな人で、特に誰かと親しくしている様子もなかったので、なるべく周りと距離を取り、静かに微笑んでさえいれば、そうバレることもないだろうというのが、フィオレンツィオとドナテーノから、リリーアが唯一受けた説明だった。
(本当にそれだけでいいことはないだろうけれど……あまり目立たないに越したことはない……)
リリーアは、フードの下で控えめな笑顔を練習しながら、フィオレンツィオとドナテーノと共に、馬に乗って跳ね橋を渡った。
渡りきると城内のため、いったん馬から降りる。
その場所から本館の入口までは、見果てぬほどに広い庭園が続いており、徒歩でどれほどの時間がかかるだろうと、途方に暮れる思いだったが、二頭立ての小さな馬車が用意されていた。
フィオレンツィオとドナテーノが乗り込むのを待っていると、リリーアだけで乗るのだと視線で促される。
(え? 私だけ?)
緊張する思いだったが、他に乗る人もいないのなら、ほんの少しの間ではあるが姫のふりを意識しなくてもよいし、休憩ができるかと思い直して、乗り込んだ。
しかし、違った。
そこには、先に乗り込んでいた――正確には、馬車に乗ってリリーアを迎えに来た人物がいた。
「あ、来た来た。よかった、無事で……心配で来ちゃった」
馬車の片面に備え付けられた腰掛けに優雅に座り、笑顔でひらひらと手を振る人物を目にした瞬間、リリーアは大きく瞳を見開いた。
(フィオレンツィオ様!?)
その人物は、背格好から柔らかそうな金髪、碧色の瞳から輝くような笑顔まで、フィオレンツィオにそっくりだった。
しかし若干、髪の癖が弱くて長さも長く、服装も、騎士というよりいかにも貴族めいた格好をしている。
手の込んだ刺繍の施された、丈の短いジュストコール。首周りにゆったりと巻かれた、白いクラヴァッツト。その中央には、大きな宝石が輝く。
(あ……!)
そこまでじっくりと観察して、リリーアはその人物が誰なのかに思い当たった。
(ひょっとして……コンスタンツェ姫の婚約者の、アルノルト王子殿下!?)
確か、フィオレンツィオとは従兄弟だと聞いていた。
ならば、ぱっと見これほど似ていることにも、納得がいく。
その証拠に、ゆっくりと進みだした馬車と並走して、自分の馬の手綱を引いて歩いていたフィオレンツィオが、馬車の中を見て、驚愕した顔をしている。
「アル! いや、殿下……乗ってらっしゃったのですか!?」
アルノルト王子と思われる人物は、その顔を見て愉快そうに笑っている。
「もちろんそうだよ。大切な婚約者がようやく見つかったと聞いて、迎えに来ないわけないだろう? ご苦労様、フィオ」
それからふいに、視線をリリーアへ戻した。
リリーアは緊張で顔がこわばるのを堪えながら、必死に笑顔を作る。
「お迎え、ありがとうございます」
王子がかすかに、眉根を寄せる。
「……おや?」
「――――!」
ニセモノであることが早々にバレてしまったのではないかと、リリーアは心臓が口から飛び出してしまいそうなほど緊張したが、どうやらそうではないらしい。
王子はすぐにますますの笑顔になる。
「これは……予想外の展開だな……」
窓の外に視線を移して、いかにも心配そうに馬車の中を覗き込んでくるフィオレンツィオを、楽しそうに眺める。
「どうやら面白いことになりそうだ」
(…………)
その笑顔は、顔の造形という意味ではフィオレンツィオとよく似ているが、醸し出す雰囲気が全く違う。
少し人の悪いような色を含んだ微笑みに、リリーアはますます不安を覚えすにはいられなかった。




