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ニセモノ花嫁は真実の嘘をつく  作者: シェリンカ
第二章

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 長い草原を抜けて、丘を登ると、高い木々に囲まれた湖の畔で、少し休憩をとることになった。


「馬たちも疲れているだろうからな」


 二人がそれぞれの愛馬に水を飲ませたり、草を食ませたりしているので、リリーアは少し離れた大岩に腰を下ろす。

 朝から昼過ぎまで馬に乗っていたが、特に体に不調はないので、もともとそういうことにも慣れているのだろう。

 こうして、新しい何かを経験するごとに、自分の本質に近づいていくのは、面白くもあるが不安でもある。


(一国のお姫様が、移動の時、馬に乗っていたということもないだろうから、やっぱり私はコンスタンツェ姫じゃないと思う……姫だったら、移動は馬車だろうし……)


 その思いを強くしながら、少し離れたところで何かを談笑しているフィオレンツィオとドナテーノを見る。


(お城に行ったとして、うまく姫らしくふるまえるかしら……もしニセモノだってバレたら、どうなるんだろう……)


 ドナテーノの提案に、簡単に乗ってしまったことを後悔する気持ちもあるが、困っているフィオレンツィオが気の毒で、自分で助けになれるならと思ったことも確かだ。


(なるようになるか……どのみちもう、今更やめるなんて言えないだろうし……)


 そろそろ出発するかもしれないので、二人の近くへ戻ろうと立ち上がり、湖の畔から少し木立の中へ入った時、何者かに強く腕を引かれた。


「――――!」


 驚きの声を上げる前に、大きな手で口を塞がれている。

 いったい何が起きたのかと驚くばかりのリリーアを、羽交い絞めにした何者かは、どんどん湖から遠ざかっていく。


(助けて……!)


 声は上げられないながらも、リリーアは懸命に暴れた。

 身をよじって背後にいる人物の足を蹴り、肘を鳩尾に叩き込んで、束縛から逃げようとする。


「うっ」


 相手は低く呻いて体制を崩したが、またすぐにリリーアを捕まえた。

 相変わらず真っ先に口を塞がれるので、フィオレンツィオたちに声を上げて助けを求めることはできない。


 なんとか自力で逃げようと、無我夢中で暴れるリリーアは、自分がそういう動きにとても慣れているらしいことに気が付く。

 相手がどれだけ拘束してきても、屈んだり飛んだり回し蹴りをお見舞いしたりして、どうにかそれから脱出するのだ。


 何度目かリリーアを捕まえて、口を塞いだ人物が、苛立った様子で口を開いた。


「痛っ! 暴れんなって……おい、リリーア! 俺だ、ルカだ!」

「――――!」


 思いがけず名前を呼ばれて、リリーアの動きが止まる。


『リリーア』という名前は、過去の記憶がない中でリリーアが唯一思い出したものだが、それが本当に自分の名前なのかは半信半疑だった。

 それなのに、この緊急事態で呼びかけられて、驚愕の思いで自分を羽交い絞めにしている人物をふり返る。


 全身黒い服を着て、黒い布で頭から口元まで覆っており、蒼い瞳しか見えないが、どうやら若い男のようだ。

 リリーアが暴れるのをやめたことを確認して、その人物はため息を吐きながら、口元を覆っていた布を引き下げる。

 やはりリリーアと同じ年頃の、若い男だった。


 少年ぽさをわずかに残した精悍な顔立ちで、美少年と美青年の間とも言えなくはない。

 背はかなり高く、細身なのに、リリーアを拘束する力はとても強い。


 リリーアがまじまじと彼の姿を確認していると、ルカと名乗った男はぷいっとそっぽを向いた。


「そんなに見るな」


 ようやく腕の拘束を解き、リリーアと向き合う格好になる。

 フィオレンツィオたちに気づかれることを警戒してなのか、幹の太い樹の裏へ、隠れるように腕を引いていかれた。


「ずいぶん待ったぞ……確かに日時の指定はしなかったが、十日以上も待たされるとは思わなかった……しかも護衛付きか……うまく撒けなかったのか? お前にしては珍しいな」

「えっ……?」


 ルカは用心深く周囲に視線を配りながら、黒いマントの下の剣に手をかける。

 そこにはかなり大きな剣が、黒い鞘に入って帯剣されている。


「まあいい……とにかく、今日のところはいったん城へ帰れ。この状況じゃ助け出すのは無理だ。すぐに捜索の手が回る……また機会をみて連絡する」

「…………」


 何と答えていいのかわからず、リリーアが黙っていると、ルカはイライラしたように念を押す。


「いいか? わかったな?」

「……は、はい」


 あまり黙っていても怪しまれるかと思い、とりあえず頷いたが、胡乱な目を向けられた。


「はい?」

「―――――!」


 彼への返事として、それはふさわしくなかったのだととっさに判断したリリーアは、すぐに言い直す。


「うん、わかったわ!」

「お前……なんか変じゃないか……?」


 ここでルカに、実は記憶を失くしたのだと打ち明けていいものなのか、リリーアは判断がつかない。

 困っているうちに、ぽんと背中を押された。


「まあいい……ほら、騎士様が来るぞ。ちゃんとお姫様らしくしてろよ……じゃあ、またな」

「――――!」


 『お姫様らしくしてろ』とはいったいどういうことなのか、リリーアが驚いて振り返った時には、もうどこにもルカの姿はなかった。

 近くで草を踏む音も、木の梢の擦れる音もしないのに、いったいどこへ行ったのかと、リリーアは周囲をキョロキョロと見まわす。


「いた! いったいこんなところで何をしてるんだ?」


 ルカの言ったとおり、入れ替わるようにすぐにフィオレンツィオが姿を現した。


「畔で湖を眺めているなと思っていたのに、急に姿が見えなくなって……何かあったのか?」

「あの……」


 ルカと会ったことを、フィオレンツィオに言っていいのか、それとも言わないほうがいいのか、リリーアは迷う。


(あの人、たぶん本当の私を知っているふうだった……でも、助け出すって? お姫様らしくしてろって?)


 すぐには判断できず、ひとまず今は伝えないでおくことにする。


「別に……何もないです。少し散歩を……」

「そうか。じゃあもうすぐ出発するから、湖の畔へ帰ろう」

「はい」


 先に立って歩くフィオレンツィオの後をついて行きながら、リリーアは後悔の思いに苛まれた。


(嘘をついてしまったわ……ごめんなさい)


 それをフィオレンツィオが疑いもせずく、信じてくれたことが、ますます申し訳ない。


(ルカっていうあの人と知り合いだとしたら、私、このままフィオレンツィオ様たちについて行っていいの?)


 ひょっとすると彼らに仇為すかもしれないという思いで、リリーアは王城へ行くことがますます不安になった。

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