とても小さな私の味方
ラジ君は小さな手で私の服の袖を掴みました。
「あねうえの良いにおいがします。」
「汗臭いだけです。離れて下さい。仕事があるのでついて来ないで下さい。」
ラジ君とは再び会う約束をした日から、会っていません。私はとっくに彼を遠ざける決意をしていました。
「……はい。」
ラジ君が諦めてくれたので、私は王妃様の部屋に向かいました。
しばらくすると、後ろからトコトコと歩いてくる音がします。振り向くとラジ君がついて来ています。私は彼を見て精一杯嫌な顔をしました。ラジ君は惚けて違う所を見ているので、それに気づきません。
「……。」
私は諦めて、再び、歩き始めました。あの怖い王妃様のいる所まで行けば、ラジ君はきっと諦めるでしょう。ですが足音は続きました。私は再び後ろを振り返ります。また惚けているので、今度は声に出しました。
「本当に迷惑です。帰って下さい。」
「……。」
今度は俯いて悲しそうにしています。これで諦めたはずです。私は再び歩きはじめました。
ですが、トコトコという足音は止まりません。今度はきつく言おうと決心して、私はまた後ろを振り返ります。
そこには涙を溜めながらも、惚けている弟の姿がありました。
胸が締め付けられる想いでした。
今では疎遠になっている父の声が聞こえました。
――一番下の弟はな。頭は悪いが、お前に会いたがっている。あった事もないのに、尊敬しているんだそうだ。王族でもラジにだけは、お前の事を話しているからな。――
王宮にはいない母の声が聞こえました。
――あなたには兄弟がたくさんいる。決して争わずに、仲良くなさい。冷たくされてもそれで諦めないでね。あなたの愛は全ての人を幸せにする。私はあなたをそういう風に育ててきた。――
気付けば私はラジ君を抱きしめていました。
こんなに小さな弟の愛はとても温かくて、数か月の間に凍ってしまった私の心を溶かしてくれました。枯れていたと思った涙が溢れてきました。
「ラジ君。ごめんなさい。あなたを……巻き込みたくなかったの。」
「しってます。いつもやさちくて、だれにでも愛され、愛をあたえるのがあねうえだときいてます。」
「それは……きっとラジ君の事ですね。」
「いえ。ボクを愛してくれるのは、ちちうえとあねうえだけです。ずっとそんけいしてました。」
「ふふふっ。それなら、いっぱいあなたを愛します。ラジ君。この愛は特別だからね。」
「うれしいです。ぼくもあねうえを愛ちてます。」
「……ラジ君。その傷はどうしたの?」
「あねうえに会いに行くのを、まいにち、とめられます。めいよのふしょうでつ。」
「ラジ君は強い子なのね。でも、もう絶対に無理しちゃ駄目よ。あなたが傷ついたら、父上や私が悲しみます。」
「わかりました。では、こんどは会いにきてくれますか?」
「たくさん会いたいけど、王妃様の目を盗んで会いにいくのは難しいかもしれません。その事はこれまで来れなかったラジ君の事を考えれば、理解してくれますか?」
「はい。」
「すぐには、無理かもしれない。でも、いつか、必ずそうなれるよう努力します――」
「――第一印象は最低最悪。」
その時、一人のお婆さんが、私達の前に現れました。
「っ!」
「こんなに可愛らしい弟に冷たく接する非情な姉を見せられたものですからね。それだけを見て、一瞬、引き返そうかと思いましたよ。これでは聞いていた話とだいぶ違いますから。」
「おばあさん。あなたはどなたですか?」
お婆さんは、私の前で傅いています。
「ユノ殿下。ご挨拶が遅れました。私は今後、あなたのお世話をするタエと申します。」
「え?」
「あなたの母上。元Sランク冒険者のクレイン様は、妃になり王宮へ入る事を何者かに拒絶されました。心配になったクレイン様は、せめてユノ殿下を安全にお支えする方法を街でずっと探していました。」
「その方法がタエさんという事ですか?」
「厳密には私はクレイン様の事情を知りある提案をしたのです。ですが、その提案には命を賭す覚悟が必要です。私の条件としても、最初に殿下の器を試させて貰う事で折り合いがつきました。」
「そうですか。これから私を試すという事ですね。ですが、それは残念です。私の器はきっと、とても小さいものです。タエさんが期待出来るものではありません。母上には、心配無用とお伝えください。」
「先程、ラジ殿下を遠ざけたように今度はクレイン様も遠ざけるおつもりですね。しかし、何か勘違いをされているようです。最初に言ったように、私は今後あなたのお世話をする者です。殿下には、既にその器を見出しております。老い先短い老人ですが、タエは命を賭して、ユノ殿下をお支えする事を誓います。」
「どうして、ですか? まだ試されていないと思うのですが。」
「私が殿下を命がけでお守りするべきお方だと感じただけです。断られてもタエがお支えする事は変えられませんよ。私は殿下にこの命を差し出す覚悟をもう決めちゃいましたからね。だから、あえてその理由を言葉にする必要もありません。」
「……タエさん?」
「王国の法律と世界の正義は別にありまして。殿下が自分の侍女に敬称をつければ、どちらに於いてもタエは罰を受けます。ですから、これからはタエとお呼び下さい。では、さっそく王妃様の元へ参りましょう。どうやら、お灸をすえないといけないみたいですからね。」
自信満々の小さなおばあさんを見て私は目が離せませんでした。本人が命を賭けたというだけあり、冗談のようでも、その言葉はとても重いものだったのです。あの恐ろしい王妃様を、本当にどうにかするような予感さえしていました。
体の線も細くとても弱そうで、頼りないように見えるけど、実際はとても頼りがいのある小さな背中。本当に不思議な気持ちでいっぱいでした。
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