王宮での生活
王妃様に嫌われた私は、王宮での仕事を与えられた。それから数週間、王妃様の近くで雑用から掃除や洗濯まで、王妃様付きの侍女や執事達と同等に扱われていた。扱いは同等でも内容はそれ以下だ。
「ユノ。この桶いっぱいに水を汲んできて。」
「……王妃様。……この桶は大き過ぎます。私の力では、とて……。」
「――お黙りなさいっ! 口答えせずに、早く動くんだよっ。」
「……はい。」
王妃様は定期的に私に無理難題を課し、罵声を浴びせながら、私の辛さを見て楽しんでいるようだった。肉体の限界まで労働を強要し、疲れ果てた精神を攻撃する。私は人間以下の扱いを受け、日々の労苦に耐えるしかなかった。
でも、きっと大丈夫。いつか私は王妃様に愛される。
「……ハァハァッ……汲んで参りました。」
「シス。この水をユノに。」
「畏まりました。」
「――ぶはぁっ……王妃様……なんで、こんな……。」
「お前、匂うんだよっ。王族のくせに体臭の管理も出来ないのかっ!」
そうだ。私は匂う。過酷な労働と嫌がらせで体に使い古した雑巾の匂いがする。トイレ掃除では、やはり王妃様の嫌がらせで服にまで匂いが染みついている。私が洗濯をする物は嫌な匂いのするものばかりで、わざとシスさんに私の体に投げつけさて渡す事もある。
「王妃様、申し訳ありません。」
私は精一杯の笑顔で王妃様に謝罪する。水を掛けられていて良かった。最初から濡れていれば、きっとこの涙は、王妃様には気付かれない。私は王妃様に愛されるために笑っていなければいけないのだ。
「……」
私は何をされても笑顔で王妃様の言う事を聞いた。気に入られようと必死だった。もしかしたら、明日。王妃様が私を好きになってくれるかもしれない。私の真心に気付いてくれる日がくるかもしれない。
「嫌な顔だよっ。お前はまだ自分が愛されるとでも思っているのか?」
愛される……と思って……?
「……王妃……様……?」
いや大丈夫。私はきっとまた愛される。
「身の程を知れ。私の目が黒いうちは、憎たらしいお前を誰にも愛させない。私は、最初に見た瞬間からお前の事が殺したいほど大嫌いなんだよ。」
違う……私は愛されていた。
「……王妃様は私に……母のようにと……愛し……」
王妃様も最初は私を愛してくれた。
「嘘よ。むしろ私は親の仇のように、お前が憎い。お前が何をしようと、どんなに頑張っても、未来永劫その事実は決して変わらない。」
……嘘……なんで?
「……なぜ?」
王妃様は私に鏡を手渡した。
「お前にはもう、誰からも愛されるような純粋な子供らしい笑顔はない。……それは、私に媚びている大人と同じ、卑屈で汚らしい作り物の笑顔。この世でもっとも醜い顔だ。」
鏡には、王妃様の言葉通り、世界で一番、気持ちの悪い自分の笑顔があった。私の心はそれで砕け散った。
「いやっー…………ゔぇっー……。」
母が教えてくれた私のこれまでの全てが崩れ去ったみたいだった。
ずっと辛かった。悲しかった。でもほんの少し僅かな希望を持ち耐えてきた。その希望が絶たれた。醜くて卑しい私はもう誰にも愛されない。王宮にはもう絶望しかない。そう思ったら吐き気が我慢できなかった。
「汚らわしい。部屋に戻るわ。シス、終わったら自分で掃除させなさい。」
「畏まりました。」
私は涙が枯れるまで泣いていた。
「帰りたい……元の生活に戻りたい……早く来てよっ、母さんっ。」
そして自分の言葉にやっと希望が残っている事を思い出す。もうすぐ、母が妃として王宮に来てくれる予定なのだ。
「……ユノ王女。あなたの母親は、王宮には来ません。正確には先日来ましたが既に追い返されました。」
シスさんは表情を変えず、まるで機械のように、事実だけを教えてくれた。
「なぜですか? ……約束が違う。それなら私を家に帰してよ。」
「王は正気を失いました。王妃様の判断で妃としての王宮入りを撤回したそうです。それにユノ王女が帰る事は諦めて下さい。一国の王女にはそれだけ利用価値があります。あなたはずっと王妃様の監視下におくそうです。」
「……」
***
「ユノ様、お――」
「――ひっ。すみません。」
「何でもありません。…………とても話せる状況じゃないわ。まるで毎日怯えて生活している奴隷みたいじゃない。どうしたら、あんなに別人みたいに変わってしまうの。天真爛漫で愛らしかった王女様はもういない。早くあの方にお伝えしないといけない。」
それからの私は過酷で孤独な日々をこの王宮で送りました。他の子供たちとの交流は一切禁止され、悲しみや寂しさにも苦しみました。
変化と言えば、その数か月後に、私は王都の王立第一魔法学園に入学した事です。それからは昼は学園に行き夕方から深夜までは王宮で働きました。
学園では、尊敬していた兄弟達に虐げられました。最初は兄に他の生徒達との交流を持つなと言われましたが、学園内での従者との接触を一人だけは許された事が僅かな救いです。学園で私は何もするなと言われました。
はじめての兄弟達と出会い、私は、やっと自分が虐げられてきたことの意味を理解しました。私は王妃様に兄姉どちらかの王位継承の障害と認定されたのです。同時に、昔、師匠に能力を隠せと言われた事の意味を思い出しました。私に降り掛かってきた災難は、全て師匠の禁を破った事による自業自得でした。
私は最低の人間です。師匠との約束も破り、王妃様にはいつもご迷惑をおかけして、兄弟達を支えるどころか足を引っ張る可能性があります。
私は自分の立場もわきまえない本当に卑しい人間です。せめてひっそりと居ない者のように振る舞うしかありません。
私は考えるのをやめ、月日は流れました。
「はぁはぁ……ねえさ……いえ、あねうえ……やっと……」
ふと、声のする方を見ると傷だらけの弟がいました。
「……迷惑です……来ないで下さい。」
「はぁはぁ……やくそく……ずっとまだです……おあいしとうございまちた。っ! した。」
私の作品を読んでいただき、心より感謝申し上げます。
皆様の温かい応援に触れて、感謝の気持ちで胸がいっぱいです。これからも読者の皆様に喜んでいただけるよう精一杯がんばります。
心からありがとうございます。