卑しい王女
翌日、王宮の廊下を歩くと、誰かがトコトコと後ろを歩いてくる音がした。
後ろを振り返ると、帽子を被った小さな男の子が立ち止まる。目線を外してモジモジしている。
私は見なかった事にして、再び歩いた。足音が近付いてくる。私は気になるので、もう一度振り返った。小さな男の子は、先程と同じようにモジモジしている。とてつもなくかわいい生き物だ。
「何か用があるのかな?」
「……ねぇさま……ですよね?」
「うん。ひょっとして、君がラジくん?」
「……はぃ。……ねぇさま。はじめまちて……ぅ……して。」
「ラジ。はじめまして。私がユノよ。とってもかわいいわね。」
私はこのとってもかわいい弟を、思わず抱きしめていた。
「……ぅ。ねぇさま。あったかいです。」
「ラジ。弟に会うのが夢だったの。仲良くしてくださいね。」
「おあいしとうございまちた。」
だが兄弟の出会いは、すぐに王妃様の侍女によって遮られた。
「ユノ様。王妃様が昼食にお呼びです。」
「ラジも一緒で良いですか?」
「いいえ。王妃様がお呼びなのは、ユノ様だけです。」
侍女は蔑むようにラジを見ると、私に後をついてくるように促した。心が騒ついたけど、私はラジに後で会いに行くと約束をして、侍女の後に続いた。
私が案内された場所は、王宮の中では割と小さめの宴会場だった。中には王族ではなく王妃様と貴族のご夫人達が待ち構えていた。
「ユノ。早く座りなさい。」
王妃様の態度は昨日とは別人のように厳しく、今まで私が見たこともないような冷たい敵意の視線だった。私は恐ろしくて震えながらも用意された席に座った。
「……はい。」
「ここにいる方々は、貴女のお披露目に集まった陛下の忠臣達。国の中枢を担う貴族やご夫人よ。貴女が王女であるというのなら、王女らしく振る舞いをなさい。」
大丈夫。私はみんなに愛される。だから、みんなに愛を……王妃様を筆頭に誰もが冷たい視線で私を見ていた。目が回り頭が真っ白になった。
「……すみません。」
「ユノッ! まずは挨拶をなさいっ。」
「……す……すみません。ユノ……です。」
「陛下に恥をかかせるなと言ったばかりでしょう。」
王妃様が私を叱責し、それを受け王妃様の隣に座る貴族が、王妃様に頭を下げる。
「王妃様。我々は王国の忠臣ではありますが、それよりも深く王妃様を敬愛し、王妃様の為なら何でもする下僕のようなものです。聡明なる王妃様に前もって説明をして頂きましたので、アレが不出来であろうとなかろうと陛下にまで類は及ばぬでしょう。」
「……それもそうね。では、もう良い。――シス食事を運びなさい。」
執事達が一斉に料理をテーブルに運ぶ。
「本日はユノ王女のお披露目にお集まり頂いき感謝します。このように王女には相応しくない愚かな娘ですが、これは元平民の母親に育てられたせいです。これからはこの私が、厳しく教育し直しますので暖かい目で見守ってあげてください。さあ召し上がりましょう。」
皆が一斉に食事をはじめていた。目の前にはナイフやフォークとスプーンがたくさん並べられている。私はそれらをどの順番で使えば良いのか全く分からない。
――あなたの力は、自分の欲望の為でなく、愛する王様や王妃様、兄弟を支える為だけに使うの。――
――自分を律し、他人を優先しなさい。――
ふと、私の頭の中に母の言葉が聞こえて来る。だが、私が支えるべき王妃様は、私を射殺すような目でじっと見つめていた。私は何かを間違えてしまった。あんなに優しかった王妃様の愛が消えていた。スプーンを手に取り震えて床に落としてしまう。
「食事もまともに出来ないのですか?」
王妃様は、私の目の前に歩いてくるとスープの皿を手に取り、床に置いた。
「カトラリーもまともに使えないなら、もはや人間ではないわね。良いわ。獣のように舌を上手く使って食べなさい。ちゃんと残さずに食べるのよ。あなたの今日の食事はそのスープだけなんだから。」
「……そんなこと……。」
「良いから、早く食えっ! この駄犬がっ!」
王妃様は私の首を掴み、床のスープに押し付けた。
「……ゲホッ……。」
「ふふふっ。皆様は気にせずに食事なさってください。ご覧頂いた通り、本当に陛下の子かどうかも分からない、怪しいアバズレの娘が王宮に迷い込みました。」
母に会いたい。家に帰りたい。そう思いながら、笑顔で必死にスープを吸っていた。今は王妃様の機嫌を損ねてはいけない。私は王妃様に愛されなくてはいけない。恥ずかしいという自分の心を律し、大切な王妃様の事を優先しなければならない。
王妃様が満足したように遠ざかっていくと、透き通ったスープに落ちる水滴が、たくさんの波紋を作っている事に気付く。
「……あれ?……なんだろう……コレ……おかしいな。」
私の心はぐちゃぐちゃで、それでも必死で声だけは押し殺していた。
「……ぅう……ぅぁ”……」
この日から、地獄の王宮生活が始まった。
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