王妃の葛藤
私はこの国の王妃。王に隠し子がいた事は先日知らされたばかりだった。王たる者、側女や子が何人もいる事は大した問題ではない。事実この王宮にも私以外の妃が産んだ子供達も存在する。だが、王族に隠し子がいる事は、この身分社会のガイアでは珍しい。
よくよく聞いてみたら、むしろ、王宮の外で暮らしていたので、王族にだけは言わなかったのである。
王位継承権のある者が、王宮の外で暮らす場合、暗殺のリスクが高くなる。つまりは私を筆頭に王宮で暮らす家族が国王に信用されていなかったのだ。
流石にこれにはショックを受けた。
今までの私は良き妻良き王妃であろうと必死に努力して来た。陛下のお心を推察し、言われる前に王妃としての仕事を全うした。完璧な王妃の姿を演じてきた。しかし、たぶん、それが仇となった。抜け目のない完璧主義の私が外にいる王女を誰にも悟られず計画的に暗殺する事など容易である。
私は誰にも気取られぬよう隠してはいるが、自分の息子に王位を継がせる事に執着している。完璧でありながら、それをきっと隠しきれていなかったのだ。だとしたら……私が陛下であれば、公開する事は危険だと判断するだろう。
ショックなのは隠された事そのものではなく、陛下に危険だと認識されていた事だ。私の国王陛下に対する愛は本物だ。逆に陛下からは愛を感じた事はない。愛されもせず、ずっと危険だと認識されていたという事実が、私の心を重くした。王妃という立場でなんとか落ち着いていた私の心は、まだ見ぬ新しい妃と陛下の愛娘に激しい嫉妬を覚えていた。
というのが先日までの話で、今、私の目の前にその隠し子であるユノがいる。
「ユノ。母親と離れる事になって寂しいだろう。だが、それはもうしばらく待っていてくれ。こちらが王妃だ。これからは、もう1人の母親だと思って接すると良い。」
「……うん。分かったわ。パパ。」
「よしよし、物分かりの良い娘だな。」
愛し合う親子の会話とスキンシップ。その光景に私は愕然とした。有り得ない。私がこれまで築き上げてきたものが全て崩れ去る想いだった。陛下は王族としてでなく、本当はこういう家族の関係を求めていたのだと悟った。
私はすぐに自分を取り戻し、笑顔を作る。
「ユノ。はじめまして。国王陛下のおっしゃる通り、私の事は母親だと思って接しなさい。本当の娘のようにあなたを愛する事を約束します。」
「ありがとうございます。王妃様。」
ユノと会話を交わし、なんて無邪気で愛嬌のある子供なんだと思った。私の心が締め付けられるような愛らしい笑顔だった。
「うむ。任せたぞ。仲良くやるように。」
陛下が退室すると私は、陛下がやったようにユノの頭を撫でてみた。普通の家庭のように娘に優しく接するのははじめての体験だ。
「怖がらなくて良いのよ。あまりにも普通の親子のようだったから少し驚いたの。だけど、ここは王宮なの。私は王宮の管理者として、王女には王族としての礼儀作法も教えなくてはならない。」
言葉の途中でかわいくて思わず抱きしめてしまった。小さくて暖かいユノを本当の娘のように感じる。
「はい。王妃さま。」
私は、ホワイルとキヌハの育て方を間違えたかも知れない。厳しくしすぎて、私や国王陛下の顔色を窺う大人びた子供になった。だが、ユノはその真逆だった。どこまでも純真で、屈託のない笑顔で父親に甘えていた。あんなにデレデレした国王陛下を私は今まで見た事がない。それどころか私ですらかわいいと感じている。
おそらく、このままだと、ユノが次期女王に選ばれるかもしれない。不安と複雑な想いが頭の中を駆け巡り、一気に疲れが出た。
「本当に素直で純粋で可愛い子だわ。国王陛下がいつも自慢したくなる気持ちが分かる。疲れたでしょ。いいえ。私が疲れてしまった。今日はもう部屋で休みなさい。」
だが、これだけでは終わらなかった。
「はい。王妃様。でもその前に少し良いでしょうか? 『神聖なる天使よ 彼の者の傷を癒し給え【ヒール】』」
ユノは私に希少な聖属性魔法を使ったのだ。とても嫌な予感がする。ユノは元Sランク冒険者の母親を持つらしい。このままでは、ユノを推す勢力は陛下だけに留まらない。
「……そんな。その年でもう魔法が使えるというの。……それも希少な聖属性を……ありがとう。」
もう可能性の段階ではない。ユノは庶子という大きなビハインドを負いながら、陛下に愛され、資質は王族に最も適正のある聖なる血を想起させる。私はユノに悟られないよう後ろを向き、この問題にどう対処すれば良いのか必死で考えていた。
しばらく呆然と過ごし、王妃の居殿へ向かう回廊で、珍しく宮廷道化師とすれ違う。彼は王宮への出入りを許された特別な存在だが、実際に見るのは初めてで、私が把握する情報も噂程度のものでしかなかった。
宮廷道化師は私の目の前に立つと、私に牡丹の花を手渡した。
「王者の風格……何かの意図があるとしたら、失礼が過ぎますよ。」
だが、牡丹は一瞬で紙に変化した。よく見ると鑑定書だった。読みながらふつふつと怒りと不安が込み上げる。気付けば私の心は闇で渦巻いていた。
「……これは……本物なのですか?」
「もちろんです。」
それはユノが聖女であるという鑑定結果だった。先程の牡丹は私ではなくユノの王位継承を暗示するものだったのだ。彼女は陛下から最も愛され、これが露見すれば間違いなく全ての民から愛される王女になる。順当に行けば難なくユートピア王国を我が物とするだろう。
だが、それだけは許されない。私は、息子を王位につける為に、陛下に愛されずとも、これまで完璧な王妃を演じてきた。
ユノに対する憎しみが心の奥底から絶え間なく湧きあがる。同時に悲しみと葛藤で涙が滲む。陛下が愛する者を私がどうしろというのだ。宮廷道化師は私の心が読めるかのように言葉を発した。
「安心なさい。明日から王は正気でいられなくなる。王妃様の行動を制限するものは、もう何もありません。」
その言葉を残して彼は姿を消した。不思議とその言葉を信用させる何かがあった。
陛下が正気ではいられなくなる。
通常であれば、私は宮廷道化師を糾弾する側の立場だ。だが、この時ばかりは彼の言葉を胸にしまった。
はじめから私の愛は一方通行だった。
陛下の心を手に入れる事は永遠にない。ならば、陛下の心がどうであろうと王妃が私でさえいれば、何も変わりない。
私は急いで、息子のホワイルと娘のキヌハを呼び出した。
「あなた達には妹がいます。陛下が冒険者との間に儲けた子です。」
「ふっ。母上、私は妹が欲しかったんです。こいつは可愛げがないですからね。」
「庶子ならラジと同等で何の障害にもならないわ。そばに置いて妹として仕えさせます。」
私は二人の子供のお気楽具合に落胆する。そして、忠告をした。
「やはり先に言っておいて正解だったわね。ユノは聖女、最も王位継承に近い存在よ。あの憎たらしい小娘に、今のうちから逆らえないよう立場を分からせてやりなさい。」
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