愛される者
「ユノ様。今日もクレイン様とお出かけかい? 珍しい果物が入荷したから食べておくれ。」
「うわ。美味しい。ヤンさん。いつもありがとう。」
「ユノ様。あとで店に寄ってね。昨日ユノ様にぴったりな上等な服を仕上げたんだ。」
「まあ。サムさん、ありがとう。母さん。帰りにサムさんの作った洋服を買いに行っても良いかしら?」
「とんでもない。お金なんかいらないよ。ユノ様がウチの服を着てくれているおかげで、店が儲かっているんだ。」
物心がついた頃から私は王都の人気者だった。街ですれ違う人は皆が羨望の眼差しで私を見て、誰もが優しく接してくれる。そんな環境で育った為に、私も彼等を心から愛するようになっていた。街全体が私の家族であるようにすら感じていた。
私の母はユートピア王国には、数えるくらいしか存在しないSランクの冒険者だった。母は私に愛情と厳しい教育を与えてくれた。
「ユノ。これからも、民を愛し愛される人になりなさい。如何なる時も自分を律し、民に恥じない行動を心掛けるの。そうすれば、きっと彼等はどんな時もあなたを助けてくれる力となる。でも、その力は自分の欲望の為ではなく大切な人を支える為だけに使うのよ。」
私の魔法の師匠は、母とは別の人だ。師匠は私に魔法と心構えを教えてくれた。
「いいかいユノ。お前は人を信用し過ぎる。全ての者に全力で愛を傾ける。それは長所であり欠点でもある。才能を隠す事は自分を守る事に繋がるからじゃ。特に君の場合は癒す力を絶対に他人に見せてはいけないぞ。自分の力だけで生きていけるようになるまでは、魔法をひけらかしたり己の力を過信する事も禁ずる。」
「はい。師匠。分かりました。」
そして、私にとって一番大切な時間。それは月に一度、大好きな父が私に会いに来てくれる日だった。その時ばかりは家族三人で幸せな時間を過ごした。滅多に会えない父にはその一日で一ヶ月分甘えていた。
「パパー。」
「ユノ。会いたかったぞ。今日は何がしたい。ユノがやりたい事なら何でも良いぞ。」
そうして、私が魔法学園に入る10歳の年。父と母の約束により私は王宮に入った。
私の父親はユートピア王国の国王アルツシュタイン ゴア ユートピアだったのだ。
王宮に入ってすぐに父は王妃様を紹介してくれた。父は政務が忙しいので、王宮を管理する王妃様に私の事を任せたのだろう。そして、この事が私の将来を左右する事になる。
「ユノ。母親と離れる事になって寂しいだろう。だが、それはもうしばらく待っていてくれ。こちらが王妃だ。これからは、もう1人の母親だと思って接すると良い。」
「……うん。分かったわ。パパ。」
「よしよし、物分かりの良い娘だな。」
私の頭を撫でる父。私は寂しさから父に抱きついていた。
父の背中の先で倒れそうになりながら衝撃を受けている王妃様が見えた。引き攣った笑顔で私に挨拶をする。私はその顔で、あまり歓迎されていない事を感じた。それでも私は王妃様を警戒したりはしなかった。仲良くなろうと心掛けていた。
「ユノ。はじめまして。国王陛下のおっしゃる通り、私の事は母親だと思って接しなさい。本当の娘のようにあなたを愛する事を約束します。」
「ありがとうございます。王妃様。」
「うむ。任せたぞ。仲良くやるように。」
父が退室して居なくなると、王妃様は、私の目線までしゃがんで父のように頭を撫でてくれた。ぎこちない仕草に、父の接し方を真似てくれている事が分かった。私の王妃様に対する怖さは、それでなくなっていた。
「怖がらなくて良いのよ。あまりにも普通の親子のようだったから少し驚いたの。だけど、ここは王宮なの。私は王宮の管理者として、王女には王族としての礼儀作法も教えなくてはならない。」
私は僅かな心の機微を見透かされたようで恥ずかしかった。でもそれ以上に、抱きしめられた温もりに王妃様の愛情
を感じていた。いつものように自然と私も王妃様に愛情を傾けた。
「はい。王妃さま。」
「本当に素直で純粋で可愛い子だわ。国王陛下がいつも自慢したくなる気持ちが分かる。疲れたでしょ。いいえ。私が疲れてしまった。今日はもう部屋で休みなさい。」
王妃様は他人ではない。母として接するなら、師匠との約束を破った事にはならない。
「はい。王妃様。でもその前に少し良いでしょうか? 『神聖なる天使よ 彼の者の傷を癒し給え【ヒール】』」
はじめは母親へ向ける愛情として、師匠の禁を破った。
「……そんな。その年でもう魔法が使えるというの。……それも希少な聖属性を……ありがとう。」
優しい王妃様の心を癒したかった。母がいない事は寂しいけど、新しい生活に希望を抱いていた。今まで憧れていた兄様や姉様はもちろん、弟達にも会える事がとても楽しみだったのだ。
そして、見落としていた。王妃様が振り返った時、拳を握りしめながら震えていた事を。
後に私は師匠の言葉の本当の意味を知る事になる。
私の希望は、この翌日から音を立てて崩れていく事になるのだ。