夜の咆哮①
解説です。詳しい方はスキップして本文からよろしくお願いします。
タンクとは
敵の攻撃を引き付け、攻撃から仲間を守る役割。
サブタンクとは
タンクに準ずる役割だが、敵に攻撃を当てる事を主目的とする。
この世界では守るだけのタンクが重要視されていない為、HPも高く攻撃も出来る近接戦闘の物理職業がタンクの役割を兼ねている事が多い。
※近接戦闘の物理職業
剣士( 片手剣・大剣・長剣) 双剣士 槍術士 短剣士 格闘家
物理攻撃とは
力、速度、重力など物理エネルギーに影響される直接的な攻撃手段。
魔法攻撃とは
火・風・水・土・聖・闇など、魔法エネルギーに影響される攻撃手段。
パーティー構成について
近接戦闘・物理攻撃職・魔法攻撃職・支援職業がバランスよく組み込まれている事が良しとされている。
例えば、物理攻撃の職業だけのパーティーだと、物理攻撃に強い敵に遭遇した場合には対抗出来ない。
――セリーヌ サンライトの場合――
「嘘でしょ。閉じ込められた。」
「いやー。なんでこんな事になってしまったの。」
私はセリーヌ。冒険者パーティー『夜の咆哮』のリーダーだ。『夜の咆哮』は初心者同士がランクアップの為に組んだパーティーで、そのままズルズルと1年が過ぎた。私達には駆け出しの冒険者に毛が生えた程度の実力しかないが、それでも、他のパーティーと比べて大きなアドバンテージがある。だからこそ、みんなは解散する事を躊躇い続けた。
理由は回復術師の存在だ。
回復術師は、どこの国でも1番貴重とされる職業。ハガードがいてくれるおかげで、私達のパーティーは格上のモンスターを相手にする事が出来る。ダンジョンに長時間挑めるのも、回復魔法があるおかげだ。
しかし、今回ばかりは、解散しなかった事を誰もが後悔しているだろう。今までの幸運を全て帳消しにするような死のダンジョンにやって来てしまったのだから。
「イリー。リア。どうか落ち着いて頂戴。むしろこれは好都合なのかもしれない。」
女性陣は怯えているが、男性陣は落ち着いていた。どうやら、三人とも私と同じような事を考えているみたいだ。
ハガードが私の言葉に続く。
「セリの言う通りだよ。あの魔法陣トラップで転移した場所が、この何もない部屋で良かった。」
マルコムが緊張が解けたように、地面に座り始めた。
「そうですね。この場所なら危険なモンスターもいません。それどころか、生き残りを賭ける必要すらないのかもしれません。」
ライアンが優しくリアの肩を取り、安心させるように笑顔を作る。
「そもそも、魔王がいるあのダンジョンとは別の空間の可能性もある。ここはダンジョンというより、異界の牢獄と表現した方がしっくりくるしな。だからリア、大丈夫だ。ほら顔を上げて。」
リアはライアンに任せて、私はもう1人怯えていたイリーの方を抱き寄せた。リーダーとして、メンバーの心をケアするのも私の役目だ。
「そうだよ。イリー。何も怖がる事はない。さっきまでとは状況が違うんだ。私達は九死に一生を得た。生き残りを賭けたデスゲームはもう終わったんだよ。」
「セリ。ありがとう。少し落ち着いたわ。」
だが、一段落して周りを見渡し、私は凍りついた。特別な部屋に飛ばされてモンスターは居ない。先程まではそう思っていた。実際にそうだったのかもしれない。
でも、今は違う。
うちのサブリーダー。回復術師のハワードの顔だけがどう考えても化け物のように変化している。ハワードの顔にはあの時の魔王のような面影があった。
驚きすぎて腰が抜ける。私は尻もちをついて倒れた。
「……ひっ。」
「キャー。……ぷ。ちょっとやだーセリ。何もないじゃない。脅かさないでよね。このこのー。悪い子なんだから。」
イリーの言葉通りならハワードに変化はないという事になる。おかしいと思い全員の顔を見た。皆が私の視線の先にあるハガードを見るが、一様にその事には気づいていない素振りをしている。どうやら、化け物の顔は、私にしか見えていないようだ。
「……ごめんって。でも、これで緊張がほぐれたでしょ?」
「うん。ありがと。」
悟られまいと私もおどけてみるが、実際は悲しみと怒りが込み上げている。ふざけるな。……なんで。
……いったいどういう事なんだ。
私達はダンジョンで他の冒険者達と別れた直後、僅か数分進んだ所で転移の魔法陣に飛ばされたと思う。そして、この出口のない大きな部屋に閉じ込められた。
ダンジョンの外の可能性を喜んだが、魔王がハワードに化けているなら、1番弱い私達のパーティーが、想定通り死に1番近づいてしまったという事になる。
否、そもそも魔王なら化けて潜む理由がない。圧倒的強者が私達ごときを欺いて何になる。
…………希望的観測か。魔王はこれをゲームだと言った。遊んでいる。弄んで楽しんでいるだけのかもしれない。
或いは……。
そこに生き残る為の何かが残されているか。
「ハガード。今までありがとう。あなたのおかげで私達は強くなれた。それなのにこんな事になってしまい……。」
「待て待て。まるでお別れの挨拶のようだぞ。感謝する必要はないよ。俺なりにこのパーティーが気に入っている。それに、ここに来たのだって、みんなで選んだじゃないか。」
本人のような優しい返事だ。同時にまだハガードはここにいると感じていた。
「セリ。……さっきは取り乱してごめんね。私達も頑張るから、みんなで一緒に乗り越えようよ。ハガード! セリが責任感で傷心してるわ。回復魔法かけたげてー。」
「俺の回復魔法で心が癒せるかっ。まったくふざけてるのか、本気なのか。お前と話すと調子が狂う。」
「はははっ。」「ふぅー。」「ウケる。」
私はゆっくりと瞳を閉じた。私はこのパーティーのリーダー。誰よりも責任があり、仲間の生死は私の判断に左右される事になる。
雑念が頭を過ぎる。雑念ではないか。本当は私にとって、こちらの方が重要だ。
何が起きているのかは不明だ。けど私は愛するこの人を、絶対に死なせるわけにはいかない。
リーダー失格だな。私は自分や仲間よりもこの人の命を最優先にするだろう。
「ハガード。世間話でもしようか。何事もなく時間が過ぎれば、その分が
私達にとって有利になる。」
――マルコム ブレイズの場合――
「ハガード。世間話でもしようか。何事もなく時間が過ぎれば、その分が私達にとって有利になる。」
おいおいおい。この馬鹿は、何を悠長な事を言ってるんだ。俺は絶対に生き残る。その為にここに居る全員を殺す必要がある。今、俺に必要なのはアクシデントだ。世間話なんかをして、うっかり人が殺せるわけないだろ。
『夜の咆哮』
最後に仲間になった俺が、その時のノリで考えたパーティー名。満場一致でそれが採用された。
最初はなんとなく、数合わせとして声を掛けられた。それが長く行動するとなると少し話が変わってくる。
双剣士の俺は、剣士(大剣)のイリーや盗賊のリアと役割が被る。
パーティーバランス的には呪術師のライアンや斥候のセリーヌは欠かせないだろう。
貴重な回復術師ハガードの恩恵で他の冒険者パーティーよりも明らかにダンジョンの攻略が容易である。2次職盗賊であるリアのおかげで、お宝が集めやすい。
だが
このパーティーには致命的な問題が1つだけある。それは物理攻撃しか出来ない点だ。あらゆる魔物が存在する世界で、物理攻撃に耐性のあるモンスターは少なくない。
更に言えば、この世界で魔法による攻撃は絶大だ。その上で貴重な職業でもない。
つまり、何が言いたいのかというと、俺の代わりに魔術師や魔法師が1人居れば、完璧なパーティーになれるのだ。だからこそ、俺だけがいつ交代させられるのか怯えていた。
だが、こいつらは、ランク上げの為のその場凌ぎが終わってからも、いっこうにその選択を選ばなかった。俺にとっては好都合だったが、俺だけがそれに違和感を感じていた。
リアは論外だがイリーはメンバーの輪に溶け込んでいた。怖がりだが、人の気持ちを考え空気を明るくする。何より、避ける双剣士より、受ける大剣の方がサブタンクに適していた。
だが誰も俺の事を排除しなかった。揃いも揃ってお人好しかよ。そうやって、軽く考えられていたのは最初のうちだけだった。
俺の無意識にあったのは恐怖だった。これ程、うまくいっているパーティーは他にはない。稼ぎの上でも、ランクアップの可能性にしても。今以上の環境はない、そう思っていた。
だから、俺は無理をした。俺にはコミュニケーションスキルが欠落している。だから言葉で信頼を得る事は出来ない。誰よりも努力して、誰よりも戦闘には命懸けだった。何事にも全力で、誰よりも遠慮していた。
そしてついに心が壊れた。
常に全力だったので、俺にはこれ以上改善の余地がない。話し合いの積み重ね。些細な小言が胸に刺さる。誰かに何かを言われても、これ以上の向上は無理なのだ。ストレスだけが積もっていった。
これだけ努力している俺と、このお気楽なパーティーでは、人種が違う事に気がついた時、この関係は末期だったんだと思う。なぜ、自分だけが我慢しなくてはならないのかと、こいつらを憎み始めた。
そして、今に至る。
――たった1人だけが生き残れる。
その時、俺だけが別の捉え方をしていた。この環境ではもう我慢をしなくても良いのだから。
本当はもっと早く、身の丈のあったパーティーに移籍していればまた違っていたかもしれない。
みんなが怯えていたあの時、俺だけがこいつらを殺せる事にいち早く気づき、武者震いをしていた。
「何にしても脱出する方法だけは探しておいた方が良いですよ。この場所に食料はありますか? 僕達が閉じ込められたのだとしたら、時間が経過する程に飢えに苦しむ心配があります。調べましょう。この空間、この不思議を。」
「マルコムが主張するなんて珍しいわね。でも、たしかにそうだわ。大丈夫。こうなった以上、私達が生き残る確率は高い。だから脱出する時期はまた考えるとして、方法だけは調べておきましょう。」
「やっぱり良いねマルコム。『夜の咆哮』私達は、この夜に吠えたける! そうでしょ?」
……『夜の咆哮』が吠えたけるね。
ふと、思い出した。
全てを諦めていたあの夜。こいつらに出逢って、俺は叫びたい気分だった。馬鹿にされて、見下されていた分だけ、国中の冒険者に俺たちの存在を認めて貰いたかった。そういう意気込みを言葉にした。
だが、それが何だって言うんだ。例え、良い出逢いだったとしても、それがまだ志半ばでも……。
お前ら等の事が、今は殺したいほど大嫌いだ。
「イリー。それはちょっと恥ずかしいです。でも、さすがリーダーです。とても良い判断だと思いますよ。」




