足跡
気まずい。
今って休憩中なんだよね。逆に心が休まらない。僕はサイゼさんに気になる事を質問する。
「サイゼさんは、どうして|未踏の捜索人《wild seeker》になりたいのですか?」
「よくある話だ。Sランク冒険者に子供の頃に助けられたのだよ。田舎育ちで当時は何も知らなかったんだが、調べるうちに段々とその詳細が分かってきてね。世の中には冒険者という職業があり、その頂点はSランクという特別なランクだった。君が言うようにSランクは|未踏の捜索人《wild seeker》と呼ばれる別格の存在だ。新ダンジョンや新世界をも発見するたった一握りの存在。子供の頃にそれを知って憧れないやつがいるかい? 俺の夢はずっと前から冒険者ではなく|未踏の捜索人《wild seeker》になる事だった。」
「たしかに。僕は回復術師に転職した12歳の頃からずっと冒険者として虐められて来ました。その頃、誰かが助けてくれていたら、きっと憧れていますね。僕が控えめな性格になってしまったのも、その事が原因です。」
「ジョイくんも苦労してきたんだね。ちょっと用を足して来る。皆は休憩を続けてくれ。」
サイゼさんが居なくなるとすぐにドンキーさんに絡まれる。
「……出来損ない回復術師。自分で虐められる原因を作っておいて、他人のせいにするなんてな。馬鹿でないなら相当に常識外れだが、その自覚はないのか? ゴミ虫くん。」
「常識外れは理解してます。僕の初期職業はレベルの上がらない生産職だったので、人とは関わらず、ずっと体を鍛えていました。活発な方でしたが同世代に比べると劣等感が大きかったですね。世間知らずだったんです。」
「初期職業が生産職だって、最初から不遇じゃねーか。……ふん……だからって、人と比べるもんじゃなかったな。……今も……どうしようもなく使えないのは分かっているが……それでも、お前にはお前の役割がきっとある。」
あれ? この人って、口が悪いけど結構優しい?
「ありがとうございます。」
「問題は死にたがりだ。朝から冒険者の先輩に対して、ずいぶんと偉そうだな?」
「……雑魚が。」
「なんだと?」
「やめとけドンキー。格下とはいえ不死者って言われるくらいだぞ。それに対して、お前はアタッカーでも火力の少ない斥候。これ以上波風を立てるな。そうでなくとも、みんなリーダーの気まぐれを我慢してイライラしているんだ。」
「でもココさん……悔しくないんですか!?」
「もう喚くな……黙ってろ。」
「サイゼさんが居なくなった途端にこれだ。つくづくあなた達は、この天才には見合わない。もちろん、ベイビーは別だよ。」
「……ロイヤルさんが来る前は、今とは違っていたんですよ。自分で言うのも変ですが、とても良いパーティーでした。ね。ガストンくん。」
「……はぃ。………………あの…………みなさんにおは――」
「――戻ったぞ。みんなどうした? 嫌な空気だな……陰気臭いぞ。俺やジョイくん達に、それをうつさないでくれよ。」
やめてー。その言い方ではもっと空気が悪くなります。とにかく違う話題に変えないと。
「サイゼさん。先程の|未踏の捜索人《wild seeker》の話、もっと良いですか? 僕は世間には疎いので、あまり詳しくないのですが、知っておきたいんです。」
「もちろんだよ。|未踏の捜索人《wild seeker》は所謂化け物だ。たった1人だけでAランクダンジョン以上を踏破してしまう人もいる。考えられるかい? Cランクダンジョンですら、うちの雑魚共五人パーティーでこの有様だよ。」
サイゼさん。言葉がどんどん辛辣になってます。
「僕から見たら皆さんも十分凄かったです。感動しましたよ。パーティーでの戦――」
「――そういうの良いから。それより、|未踏の捜索人《wild seeker》の話に戻るよ。ユートピア王国には現在4人のSランクがいる。ただし、王都のギルドマスターと魔法学園の学園長は別枠だし現役でもないので置いておこう。それでも人外の者があと2人はいるんだ。名前は聞いた事あるかい?」
「いいえ。全く。」
「絶対に名前を忘れるなよ。蜃気楼のマック ボットンと兎姫のバニティ モスだ。どちらも我儘放題の超危険人物だからな。どこに地雷があるか分からないので、すぐに逃げる事をオススメする。」
「そんなに危険なんですか?」
「強いという事は何にも縛られない事を意味する。分かりやすく言うと王様って感じだ。失礼があれば殺されるかもしれない。」
「それは嫌ですね。ユートピア王国以外もそんな感じなんですか?」
「国外では、その領域に至る者の名前も数も非公開になっているんだ。よほど有名な存在は噂などで知られているがね。唯一各国のギルド職員にのみ正確な情報が解禁されている。国家に所属するSランク冒険者は戦争に於いては兵器となりうる器なんだよ。」
「なるほど。それでサイゼさんを助けたのは、その4名のどなた何ですか?」
「マック ボットン。彼は俺が目指すべき最高の|未踏の捜索人《wild seeker》だ。」
「最高? ……先程は逃げろと仰いましたが?」
「自分が王様になる分には最高の目標だろ。Aランクになって同盟を創立するって方法もあるが、それは自分の組織の中だけの王様だ。|未踏の捜索人《wild seeker》になれば誰よりも自由な存在になれる。」
「なるほど。ちゃんと深い意味があるんですね。僕も誰からも馬鹿にされない冒険者になりたいです。」
「コイツらと違って、ジョイ君は見込みがあるね。未来を描けないやつの現状維持はもはや退化と同じだ。よし。攻略を再開するか。」
「おい。地下に進む気なら、ちょっと待て。」
「どうしたんだ不死者君?」
「このままの状態で地下に進めば、全滅は免れないだろう。まだ能力を見ていないあんた次第で話は変わるがな。」
「どういう意味だい?」
「……あんたの言うように、このダンジョンには相応しくない雑魚の集まりだって事だ。」
「面白い……冗談だね。聞かなかった事にするよ。」
「サイゼさん。もう我慢出来ません。不死者のくせに偉そうに。」
「熱くなるな。お前が1番冷静でなきゃいけない役割だ。馬鹿にされて当然だよ。とにかく行こう。」
「……すみません。」
僕は一触即発の雰囲気に飲まれ、不死者様の言葉の意味を考えもしなかった。この段階で引き返せば、あんなにも悲惨な死の連鎖を防げたのかもしれない。
たった1人だけ
奇しくも不死の異名を持つ不死者様だけがか、迫り来る死の足跡に気づいていたのかもしれない。




