ワイルドシーカー
僕はジョイ。Eランクの冒険者だ。今は掲示板に貼り付けられたクエストを閲覧している。冒険者ギルドの奥から傷だらけの不思議な少年と綺麗な女性が出てきた。
「人使いが荒いんだよ糞ジジイがっ。百遍死ね。」
その荒い言葉遣いと剣幕に、僕は怖くなって隅に移り縮こまっていた。同じように隣で震えている冒険者が僕に話しかけてくる。
「不死者野郎を見るのは、これがはじめてかい?」
「あの方は不死者なのですか?」
「本当に不死者ってわけじゃないよ。最速でDランクになったまで良いけど、いつも無謀な戦闘スタイルでモンスターにとにかく突っ込んで行くのさ。あの戦闘狂のギルドマスターの唯一の弟子で、史上最弱の戦闘狂とも言われてる。」
「それは……恐ろしいですね。」
「むしろ、一緒にいる女が恐ろしいんだよ。冷炎の大賢女。彼女こそ最速でBランクにまで上がった未来の英雄さ。普段は人を寄せつけずに冷淡で、戦闘となると凄まじい火炎でダンジョン内のモンスターを一瞬で焼き尽くすんじゃないかとまで言われている。不死者野郎は彼女のオマケ。ただの腰巾着だよ。」
「その割には、あなたも一緒に隠れてますけど。」
「やつは死にたがりとも言われている。最弱でもモンスターに躊躇なく突っ込んで行くやつに、死に急ぐからと絡まれたくはないよね。だから決して怖いわけじゃないよ。」
「……はい。」
受付の方から職員の人がやって来る。
「ジョイさん。お待たせしました。依頼人のサイゼさんがお見えになりました。」
一緒に来たのはガタイの良い冒険者で、僕の依頼主でもある。
「はじめまして。Cランク冒険者のサイゼです。冒険者パーティー『絆ファミリー』のリーダーをやっています。」
「はじめまして。ジョイです。Eランク冒険者の僕に何の指名依頼があるのでしょうか?」
「簡単な依頼です。3日後、うちのパーティーでCランクダンジョンの攻略をします。ジョイさんには、その時に荷物持ちをやって貰いたいのです。そして、うちのパーティーメンバーを見極めて貰いたい。」
「それは、どういう意図があるのでしょうか?」
「これはまだみんなには内緒ですよ。私はあなたを『絆ファミリー』のメンバーに迎えたいと考えているのです。私と交代でね。」
「……はい?」
「私はSランク冒険者になるのが生涯の夢でしてね。今の使えないメンバー達がその足枷になっているのですよ。とはいえ、彼等もCランクのパーティーのメンバーです。あなたがメンバー達を見極め、もし気に入った時には良い返事を下さい。」
「凄い。|未踏の捜索人《wild seeker》を目指してるって事ですかっ!! すみません。つい取り乱しました。ですが、やはり何かの間違いではないでしょうか? 私はEランクの回復術師ですが、聖属性の魔法は使えませんよ?」
「間違いではありません。こう言ったら失礼になりますが、出来損ないには、同じく出来損ないがお似合いでしょ?」
サイゼさんは、そう言ってにっこりと笑っていた。優しそうな笑顔と意地の悪い言葉のアンバランスさに、僕は恐怖を覚えながら、その提案に乗る事にした。このままEランクの冒険者を続けるのは正直辛いからだ。
「よろしくお願いします。」
冒険者のランクはFから始まりE.D.C.B.A.Sの順番で上がっていく。普通なら登録から半年もすれば、冒険者だけでも食べていける最低基準のDランクには上がっている。
しかし、その普通は最低でも他人に必要とされる人材でなくてはならない。なぜならDランク以上はパーティーでの戦闘を想定した評価になるからだ。パーティーとは2人から6人の小規模な冒険者のチームを指す。
EからDランクに昇格するには6人分の難易度を通過する必要があり、僕は今その壁に阻まれている最中なのだ。
……出来損ないか。僕ははじめてギルドに来た日を思い出していた。
※以降は説明文が多くなります。興味のない方はスキップして下さい。
―― 二年前 ――
「はじめまして。ジョイと申します。今日は冒険者の登録に来ました。」
「登録ですね。冒険者と冒険者ギルドのご説明はどうなさいますか?」
「お聞きしたいです。友達もいないので世間の常識にはまるで疎くて。」
「かしこまりました。冒険者はダンジョン探索や魔物の討伐をメインとする職業です。討伐した魔物の素材やダンジョンで発見したアイテムなどを売却する事で収入を得ます。」
「なるほど。」
「ギルドのはじまりは素材やアイテムの買取所だと言われています。ですが、一般の冒険者は魔物素材を売っても、それだけでは食べていけませんでした。なぜなら、低級魔物の素材は市場に安く流通しているからです。そこでギルド創設者は一般の人から依頼を募集し、それを冒険者に仲介する事で、冒険者が冒険者稼業だけで生活出来る基盤を作りました。これがギルドとクエストのはじまりです。このクエストの誕生によって、冒険者は安定した収入を得るようになります。それから世界は冒険者の時代に突入しました。今では世界人口の約8割が冒険者となり、冒険者証が世界共通の証明書となります。人々が冒険者ランクにより格付けされ、ランクがそのまま身分になる国もあります。」
「なるほど。冒険者は当たり前のようにメジャーな職業ですが、歴史を紐解くと冒険者ギルドのおかげで今があるのですね。」
「そうなりますね。それでは、登録をしましょうか。こちらの冒険者カードに魔力を流して下さい。」
「……はい。」
「職業回復術士……魔法属性風…………うーん。……でもアビリティは……行動転換?」
「どうしましたか?」
「私達が生まれた時に貰った神の恩恵。アビリティはレアだと思うのですが、回復術師というのがちょっと問題ありまして。職業( クラス )の事はご存知ですよね?」
「いいえ。なんとなくしか分かりません。」
「ではご説明しましょう。戦闘用の職業には1次職とも言われる16種の武器特性が存在します。
【ディフェンダー】守備型
盾士 騎士 斧士
【アタッカー】攻撃型
《 近接攻撃 》
剣士 双剣士 槍術士 短剣士 格闘家
《 遠隔攻撃 》
弓術士 斥候 魔術士 魔法師
【サポーター】
《 支援型 》
回復術師
占師
《 妨害型 》
呪術師
《 特殊万能型 》
テイマー
戦闘職のクラスは、これが全てです。」
「はい。ありがとうございます。」
「そして、長い歴史の中で武器特性は、人気と共に使える職業と使えない職業で分けられました。
混乱を避ける為に人気ナンバーワンは最後にお伝えしますね。
人気2位の職業は遠隔のアタッカー。逃げながら攻撃が出来るので、火力次第ではソロでも活躍出来ます。
3位はパーティーには絶対に欠かせない存在の近接アタッカーです。HPがディフェンダーに次いで高い為、モンスターの近くで攻撃を受ける役割も果たせます。
4位が回復術師以外のサポーターです。仲間を強化したり、反対に敵を弱体化させたりします。直接の攻撃手段は少ないですが、パーティーにいると心強いです。
ここからは一般的に使えない職業とされるものです。
5位は、場面によっては使えるディフェンダー。攻撃される事を目的としているクラスです。しかし、この世界では格上と戦う事がほとんど無いためダメージを与える近接アタッカーの方が重宝されます。
Sのような高いランクであれば、評価の高いディフェンダーも存在します。
そして、最も人気がある1位と、最も人気がない最下位は、どちらも回復術師です。
具体的には、聖属性が扱える回復術士がナンバーワンで、それ以外が最下位です。聖属性を持たない回復術師は、役立たず、もしくは出来損ない回復術士と呼ばれています。」
「……そんな。なぜですか?」
「回復術師が覚えるスキルや魔法は回復とそれをサポートするものがほとんどです。ですが、回復魔法に関しては、そもそも聖属性に適性がないと無理なんです。」
「なぜ、聖属性に限定されるのですか? この世界にはあらゆる属性の魔法があるはずです。その中に回復の魔法も……」
「そうですね。例えば炎や氷は自然界にも存在します。ですが怪我を回復させるものが自然界にあるとしたらそれは神の奇跡と呼べるのではないでしょうか。聖属性と闇属性は魔法の中でもまた特殊なのです。」
「なるほど。1を10にする力と0から1を作る力は根本的に違うという事ですね。」
「察しが良いですね。風、火、土、水その他エレメントは、それそのものの力を持つエレメンタルがいます。そして人間は固有の属性を持たない為、精霊紋という媒介を通してエレメンタルと繋がり【マナ】を変換させて魔法を発動します。
人間が魔法を使用するには、エレメンタル、つまり精霊の力を借りる方法が一般的なのです。
ですが、癒しという特別な魔法を扱う回復術師は、精霊紋ではなく天魔紋を使います。回復魔法には【エーテル】と呼ばれる未だ解明されていないエネルギーを消費するのです。それを人間の言葉にすると神聖力と呼びます。
また、エーテルは階級によって扱える魔法が違います。
例えば第八位階は一般的な回復魔法、怪我を治す癒しの力です。通常の回復術師はこの位階でしょう。
第七位階は補助魔法や結界魔法だと言われています。ここまで聖属性を扱えるなら伝説的な人物だと言えるでしょう。
第六位階は治癒魔法です。病気や毒などを癒します。伝説の聖女様などがこの位階を授かると言われています。
また上位の位階を持つ人は、下位の魔法も扱えます。
回復術師と聖属性については理解して頂けましたか? 回復術師は神聖力を扱う職業です。ステータス的にMPが減りEPが増えます。風属性魔法が扱えるジョイくんは、神聖力が増えると攻撃魔法が弱体化します。ダンジョンで魔法の使えない冒険者は足でまといになると思いませんか?」
「たしかに。回復術師になる前は魔法を使っていました。それが最近は発動しなくて困っていたんです。」
「……でしょうね。回復魔法はとても稀少です。駆け出しのジョイさんが回復術師ですと聖属性持ちと間違えられる事でしょう。転職する時に注意を受けなかったんですか?」
「……変な目で見られましたけど、それ以上の事は……僕はこれから、どうなるんですか?」
「仕方がありませんね。いっぱいお金を貯めて、転職するしか方法はないです。……ところでジョイ君のアビリティ行動転換とは、どういうものなのですか? 聞いた事もないのでレアですよね。」
「レアなのですか。あまり使えないアビリティですよ。例えば、僕が石ころに攻撃したとします。その攻撃を石からモンスターに移すと、モンスターにダメージが入るんです。」
「……凄い力です。案外、そのアビリティで不遇職を覆すかもしれないですね。」
「いえ。1度に与えるダメージは自分の攻撃力に依存します。石ころを何回叩いても、モンスターへのダメージはごく少量なんです。やはり使えないアビリティですよ。」
「……そうですか。とにかくこれで登録は完了です。ジョイさんはもうFランクの冒険者ですよ。クエストは受注されますか?」
「僕でも受けられるクエストはありますか? 」
「安心して下さい。戦闘以外のクエストもあります。主な依頼は次の4系統に別れています。モンスターの討伐や、モンスターの素材を依頼される『討伐クエスト』薬草などの素材を集める『採集クエスト』ダンジョン内の鉱石を集める『採掘クエスト』ダンジョンなどで指定されたアイテムを集める『宝探しクエスト』です。」
「なるほど。」
「他にも特別なクエストがあります。ギルドが緊急事態に対処する為の『緊急クエスト』。高額報酬が見込める『指名依頼』。基本4つのどれにも当てはまらないけど依頼者の要望に答える『指定クエスト』ですね。」
「なんとなく分かりました。」
「まずは比較的簡単なお仕事、薬草集めの採取クエストを受ける事をオススメします。」
「では、薬草集めのクエストをお願いします。」
クエストを受注した後、僕は冒険者からの洗礼を受けることになる。
「あれ? 坊主見ない顔だな。」
「はい。先程冒険者登録をしたばかりなので。」
「で。クラスは? うちは今、パーティーメンバーを募集しているんだ。」
「回復術師です。」
「回復術師様ですか。……是非うちに――」
「――すみません。回復術師でも風属性なんです。」
「出来損ないかよ。紛らわしい。……ちょっとツラ貸せ。」
使えない新米冒険者は中堅冒険者のカモになる。冒険者登録の初日から、僕はその現実を知った。
職員さんの言った通り、それからの三年間出来損ないの扱いはとても酷いものだった。
早くDランクに昇格したい。
だからこそ、サイゼさんからの提案は、僕にとって最初で最後のチャンスだった。




