プロローグ
俺達は南地区に走って行ったラジくんを探した。
その途中でバザーに出品されていた兄弟を見かけた。すると目の前が真っ白になり、俺はまるで夢の中にでもいるような感覚に陥っていた。牢屋の中にいる二人の兄妹。俺は鉄格子を掴んで二人を心配している。
「秀にぃ。勝手に抜け出して犯罪を起こしてごめんね。今度ばかりは俺達を助けようだなんて考えないでね。そんな事をしたら国際問題に発展するよ。」
「だけど……それじゃあ。二人共、死んでし――」
「――やめて。良いの。秀さまには、一生分の幸せを貰いました。ありがとう。最後にこうしてお別れが出来た事も、また幸せです。……私は秀さまを愛しています。兄さん頂戴。もう心残りはないわ。」
「ああ。秀にぃ。俺達を人間らしい生活に戻してくれて本当にありがとう。」
「おい。なんだよ。その薬。……待て、飲むな。やめろっーーー。」
――ねえ。秀人……秀人ってば。しっかりして。――
陽菜の声で意識が元に戻る。
「ちょっと、急にぼーっとして、どうしたのよ。ラジくんが見つかったわ。なんだか一回り大きくなってるの。」
俺は陽菜の指さす方向を見る。ラジくんはフードを被った黒い服の男を威嚇していた。
「……魔竜の匂いが消失しただと。魔道具。否、我を欺くとしたら、それは聖遺物だな。」
「ぐるるる。」
「ラジ王子は亜人だったのか。……だから必要なまでに、王宮に隠されていたのか。だが、それがどういう意味なのか分かっているよな? ……ん? まさか、その匂いは……。」
「やめろっーーー!」
ラジくんと黒い男を見て俺は思わず叫んでいた。黒い男から、とてつもなく嫌な予感がした。
黒い男はこちらを見てにやりと笑った後、ラジくんの頭を掴むと空中に放り投げた。男の口から吐き出された巨大な黒炎でラジくんは跡形もなく消え去った。
「ラジッ!」
ユノが気絶し、心愛がそれを抱えていた。俺の心に今まで感じた事のない怒りが込み上げる。
「……お前は誰だ。なぜラジくんを殺した。」
「……そうか。ラジ王子はおぬしの縁者か。すると王宮の……否……その姿…………ふむ………………質問にどう答えるかは、おぬしの返答次第になる。この世界でいったい何を成すつもりだ?」
「人を殺しておいて、偉そうに。俺はなぜ殺したのか聞いているんだ。」
「我の質問に答えぬのなら、我も答える必要はない。」
「……何を成すかなんて分からない。友達を作りたい。楽しい生活が送りたい。ある人の願いを叶える為に強くなりたい。」
「……ぬるい。残念なやつだ。……だが、我も少しだけ答えてやる。我こそがこの世の理。我が目障りなものを消すのは星の意思だ。そして、今一度よく考えてみろ。今おぬしも我の前に立ち塞がっているのだぞ。」
「……俺はもう暴力には屈しない。そこまで偉そうに言うなら、お前は誰なんだ?」
「龙隐士。覚えておけ。それがおぬしを殺す者の名だ。天の意思に背く愚者よ。」
黒い男は俺に向けてゆっくりと、そして優雅に手刀を突いていた。だが俺の体はまったく反応しない。
……違う。ゆっくりに感じるのはきっと死に直面したからだ。実際は体が反応も出来ない程の速度。それがゆっくりと感じるのは、これが最後の瞬間だと俺の本能が悟ったからだろう。全部の意識を集中させてゆっくりに感じているだけだ。まったく無駄のない動作を美しく感じてしまった。
俺は次元の違う何かとてつもないものに喧嘩を売って、そして無残にも殺されるんだ。
馬鹿だなあと思いながら、やっと俺の体が反応した。瞬きするだけ。体はまだ痛くない。それ程の速さで突かれると痛みすら感じないのか。そう思った時、黒い男の声が聞こえてきた。
「……命と引き換えにして我が腕を一本か。人間にしては素晴らしい拳だ。そこの口先だけの男よりもずっと良い。」
瞼を開けると、黒い男の片腕が吹き飛んでいる。……命と引き換え?
「……陽菜……嘘だろ……そんな。」
後ろから見た陽菜の胴体にぽっかりと穴が開いている。
「女。褒美にひとつだけ願いを叶えてやる。」
「だったら……引いてくれないかな? この人はここで死んで良いような男じゃないの。」
「まあ。良いだろう。我が言い出した事だしな。それに小僧の方は殺すにも値しない。」
「約束したわよ。……今のあなたには価値がなくとも、きっと近い将来この人の拳はあなたに届く事になるわ。その時になって後悔しても遅いわよ。ふふっ……悔しがっているあなたの姿が目に浮かぶようだわ。」
陽菜はそういうとその場に倒れる。俺は陽菜を抱きかかえた。
「……陽菜……ごめん。こんな世界に来たくなかったよな? 帰ろう……帰って病院に行こう。」
「……秀人ごめんね。それは無理よ。私にはもう時間がない。」
俺は神に助けを求めて異世界に転移した。こんなに命が軽い世界に、愛する人を連れてきてしまった。
なんでだ。なんで。なんで。こんなはずがない。
駄目だっ。駄目だっ。駄目だっ。これは間違ってる。
頭が真っ白になり、まだ理解が追いつかなかった。
最愛の人を抱えて俺は混乱していた。
陽菜の攻撃で黒い戦士の被っていたフードが取れている。
鏡で見た俺の顔にそっくりだった。
「愛するものの命を奪った我が、同じ顔だというのは、これから生きるのが辛かろう。」
「……勝手に殺すな。まだ……大丈夫なんだ。」
「なあ小僧。我が憎いか? 殺したいか? もしくは、これでも明確な意志を持たずに、楽しい生活が送りたいか? 言ってみろ。」
「……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。」
「そうだ。だがまだまだ力が足りぬ。それに、その英雄の願い。今日は殺さずにいてやる。」
その言葉を残して、龙隐士は空に消えていった。俺は腕の中でどんどん冷えていく陽菜を見る。
「陽菜……日本に帰ろう。」
「何を泣いているのよ。……言ったでしょ……私はあんたの……障害を全て叩き潰すって……でも悔しいな……腕一本だけだよ……」
「陽菜、喋らないで。今、医者に連れていっ……」
「……無理だって……間に合いそうになぃ……それより最後に聞いて欲しいの……私…………秀人の事が好きでした……初めて秀人に救って貰ったあの時から……ずっと、ずっと……大好きでした……」
「……分かったから、もう話さないで良いから……。」
心愛先生が叫んでいる。
「秀人っ! 手遅れになる前に今ちゃんとあなたの気持ちを伝えなさいっ。わだじが医者を連れでぐる……からっ。」
「…………。」
「……俺もずっと前から陽菜が好きだ……その努力を尊敬して……憧れてもいた……陽菜は綺麗で優秀で……強がりで……でも大きな愛があって。本当は繊細で……不器用だけど、いつも励ましてくれて……俺なんかじゃ釣り合わないと思うから言わなかった。けど、心の中はいつも陽菜の事だけなんだ……どうしようもないくらいに君が好きだ……世界で一番愛してる……お願いだから……死なないでくれよ。」
「嬉しい……ドラマ絶対に見てよね……秀人を想って演じてるから……秀人……に……出……逢えて……しあ……わせ……だっ……たよ……愛してる」
俺の手を握っていた陽菜の手が、地面に落ちていった。身体がどんどん冷たくなっていく。心音が途絶えた。
「陽菜っーーーーーーー!!」
それから陽菜は二度と動く事はなかった。
全部俺のせいだ。弱いくせに調子に乗ったから、陽菜が俺の代わりに死んでしまった。
俺の最愛の人はこの世界から消えてしまった。
「ゔぁっ――――――――。」
――あーあ。ついにやっちまったな。お前には陽菜に愛される資格なんてないだろ。――
――ない。そんなのは分かってる。俺は陽菜に愛されていい人間じゃない。――
――臆病者それで、お前はどうするんだ?――
――何をしてでも、例え悪魔に魂を売ってでも、絶対に龙隐士を殺してやる。――
――ほざけ。天地がひっくり返っても、お前には無理だ。――




