武術師と賢女
俺達はしばらく観光を楽しんでいた。
友達のいない俺が、誰かと一緒に楽しい時間を過ごしたのは現実世界ではありえなかった。この世界の学校に入れるみたいだし、また、ユノさんと一緒に遊ぶ機会もあるんだよな。考えるだけでわくわくしていた。
「ここがお探しの王都一の鍛冶屋です。でも秀人さんの作る武器にはかなり劣ると思いますよ。王都の鍛冶屋は全てミスリルの加工が無理でした。」
陽菜は元々空手が強いだけあって『暗黒武闘術師』という強そうなジョブを持っていた。しかし、心愛先生は、それ以上に分かりやすい異世界のジョブだった。『爆炎の大賢女』。大賢者や聖女というのは、異世界物の中では俺の知る限り特別である。暗黒も嫌な予感がするし心愛先生の職業も賢女に省略する。
「良いんです。俺の”特別”は刀身のある武器だけみたいなので。二人の職業である武術師と賢女には合いません。」
「お2人ともジョブなのですか? ……武術師というジョブもはじめて聞きましたが……そうですか。賢女ですか。賢女というのは、賢者にも並ぶ特別な職業だと言い伝えられています。でも秀人さんのパーティーですからね。そう考えれば全て納得です。」
どうやら賢女だけでもアウトみたいだ。やはり店主やユノさんが驚いている。ユノさんにこの世界の職業について詳しく聞いておいた。
ユノさんから説明を聞いた後でショッピングを楽しんでいる陽菜達に話しかける。
「陽菜、心愛先生。どの武器にするか決まりましたか?」
「やっぱり私は異世界に来ても格闘技よね。」
「魔法使いなんて、とってもワクワクです。」
鑑定の時に心愛先生には魔法が使えるかと聞かれたので、使えますと言ってある。その後で爆炎の大賢女と言ったのだが、さっきも今も魔法が使える事の方に興奮していて賢女というのを聞いていないみたいだ。
多彩な二人に引き換え、俺の戦闘職で解放されているのはジョブではない。変更出来る職業は誰もが持つという基本クラスの16種のみ。ユノさんから聞いた話によるとクラスはジョブの下位に位置するものだ。ジョブが専門的な職業特性であるのに対し、クラスは武器特性のスキルを覚える。
そして、クラスとは、この世界の神殿で転職さえすれば誰でも簡単にチェンジ出来る職業なのだ。しかしMPが0である俺にとって、魔法職などは絶対にありえない。それを加味すると俺が戦闘に使える手段は更に9つのクラスに限定される。
「良いな。魔法が使えるってずるいです。俺って生産職特化みたいだから、足を引っ張ったらごめんなさい。」
「あんたは何を言っているの? ……まあ、気付いてないならいいや。私はこの武器かな。一目見て気に入ったわ。」
「私はこれが良いです。同じくフィーリングで選びました。」
「君が秀人さんか。嬢ちゃん達。お目が高いね。まさか一目見てウチの店で一番高価な物を選ぶとはな。それは鋼の手甲と炎術士の杖だ。」
「高価なのですか。それなら別の……」
心愛先生が動揺すると、何やら店主とユノさんが目配せをしている。
「いいや。それで良いんだ。あの馬鹿から既に金は貰ってる。秀人さんが来たら好きな商品を渡すようにと。なあ嬢ちゃん。」
「はい。」
「え?」
意味が分からない。俺達はさっきこの国に来たばかりなのだ。俺はその前に偶然あったユノさんとしか関わっていない。
「この国に知り合いはいないはずですが。どなたがご支援を? ……受け取れませんよ。」
「そう言うと思っていたらしいな。秀人さんが受け取らない場合は丸々俺の儲けになる事になっているぞ。良いのか? あの馬鹿の善意が俺の酒代に変わってしまうぞ。」
店主が意地悪く睨みながら口だけで微笑んでいる。断らせないために精一杯悪ぶっているんだろうな。
スキル【全言語自動翻訳】。俺達転移者は、異世界語が日本語に翻訳されて聞こえている。きっと店主の隠しきれない人の良さが俺に敬称を付けているのだ。
「……分かりました。ありがとうございます。でも、どなたの好意なのですか?」
「それは、いずれ明らかになる。今は待って欲しいそうだ。なあ。嬢ちゃん。」
「はい。あの方は秀人さんの前に出ても恥ずかしくない実力者になってから、表立ったサポートを始めるそうです。」
「益々意味が分かりません。俺は普通以下の人間ですよ。」
「それより、装備した具合はどうだ? 何かあれば調整をしよう。」
「この手甲は手に馴染みます。心地よいフィット感です。」
「私もです。星と一体化したような感覚があります。」
「まるで精霊を関さずに魔法を使えるような表現だな。それに炎術士の杖は名前の通り火の属性を強化する杖だが、影響を受けるのは精霊のはずだぞ。……もしや……いやそれはないか。」
心愛先生の発言に店主が悩んでいる。心愛先生がそれを見て上機嫌になった。
「……もしかして、この世界の常識ではありえない事か普通に出来てしまうという主人公補正なのではありませんか? わくわく。」
店主のご厚意で陽菜と心愛先生は大喜びしている。二人が喜んでいるのは俺も嬉しい。
「ご主人? 本当にありがとうございました。」
「ああ。俺の名はライトニングだ。あいつの話だと、すぐに自分で作れるようになるだろうが、何かあったらまた寄ってくれよ。」
自分で作れる? そうだ。刀身のある武器なら今の俺でも作成が可能だ。
「もちろんです。また利用させて頂きます。ですが、頂いてばかりでは申し訳ないので、俺からも武器を作らせて頂けませんか? 材料さえあれば、刀身のある武器ならすぐに作れます。」
俺はライトニングさんから欲しい武器を聞きだし、店の奥でそれを製作した。ライトニングさんは息を呑んでその工程を観察していた。その後、妙に物腰が丁寧に変わったライトニングさんから、武器だけでなく服の上から付けらる高級な軽装備を3人分を頂いた。あとでお返しをするか、この店の常連にでもならないと釣り合いがとれないと思った。
鍛冶屋を離れると、俺はユノさんにずっと疑問だった事を訊ねていた。
「ユノさん。1人で散策していた時に街の人から聞いたのですが、南地区にはバザーがあるんですよね? ですがユノさんは街の南を避けているように感じるのですが、何か理由があるのですか?」
「たしかに私は南地区を避けて案内しております。その理由は南地区の大部分がスラム街で治安が悪い事と、もっと恐ろしいのは闇ギルドがある区域だからです。バザーには掘り出し物もあるにはあるのですが、その影響で利用する人は貧しい人や実力者に限定されます。」
危なかった。ユノさんの案内がなければ、最初に二人をそこに連れていっていた。やはり陽菜の判断は正しかった。異世界転移のまだ序盤でそんな危険はお断りだ。
「ユノさんに案内を頼んで正解でしたね。俺だったら真っ先にバザーに行っていました。」
それから少し南地区について聞くと、特に高貴な身分の者は王都の南には絶対に近づかないという。
……そして、唐突にその事件は起きてしまった。
「ラジくん。どうしたの?」
心愛先生が心配そうに苦しみ始めたラジくんを見ている。
「ぐるるるるっ。」
ラジくんは物凄いスピードで王都の南へと走り出していった。




