臆病者が変わる為に
「やっと見つけたよ。剣崎。玄……兄。」
俺は人生でこいつ等に抗わなかった事を後悔している。
虐めというより、もはやこいつ等のサンドバック状態だった。考えてみれば、俺がほんの少しでも勇気さえ出していれば、或いは結果は変わっていたのかもしれない。
これは俺の心の問題だ。
だからこそ、まだ異世界でなんの力も手にしていないこの状態で、こいつ等に立ち向かう決心をしたのだ。
「……なんだよデブ。まさか自分からやられにきたのか? 玄ちゃん。コイツついにおかしくなったみたいだぜ。 」
「……義和。まあ。話を聞いてやろう。」
「……お前らは、なぜ、必要なまでに俺を追い詰めていたんだ?」
「……お前の事が嫌いだからだ。見ているだけで反吐が出る。」
「……同じく。この身に感じる嫌悪感は表現出来ない程に酷い。」
心愛先生が呆れた顔をしている。
「幼稚ね。秀人君。やっぱり帰りましょう。彼等と話し合いをしても時間の無駄よ。」
「先生。……こうして対峙しているだけで、こいつ等に植え付けられた恐怖が俺を支配しているんです。それに最初から目的は対話ではありません。俺は剣崎と戦って、乗り越えなければならない。じゃないと、いつまでたっても俺の冒険は始まらない。」
「中二病かw」「ああ。酷でえな。勝てるわけないだろうが。」
きっと大丈夫だ。
何千、何万回と妄想の中で、こいつ等と戦って来た。
俺はこいつ等の攻撃の癖をよく知っている。
―臆病者がやっとやる気になったか。いつまでも待たせやがって。―
―……。―
俺は俺の中の異常者達をはじめて認めていた。一緒に辛い想いをしてきたのだ。
「ああ。お前等にも辛い想いをさせてきたな。」
―今まで散々殺人鬼が相手をしてきたんだ。お前もやり方は分かってるな?―
―……。―
「分かっているさ。嫌という程に。」
「本当に狂ったのか? いったい誰と話をしている。」
俺は、アイテムボックスから異世界で自作した木刀を取り出した。二対一の戦いだ。これくらいなら良いだろう。
「……ああそうさ。俺は精神異常者だ。心の中で何度もお前等を殺してきた。」
「くはははっ……うける。」
「安心しろ、殺しはしない。」
「馬鹿かっ! 殺せるわけがねえだろ。」
剣崎が怒り狂い、俺に向かって駆け出すと、予想通り突起したコンクリートの岩に足を絡ませ転倒した。
俺の体からは蒸気が噴出している。
『称号 神格者 を獲得しました。肉体が神格者に適合します。』
「え? 一瞬で秀人君が痩せてる? それも魔法ですか?」
「……秀人。その体は……なんで?」
心愛先生と陽菜がなぜか驚いている。俺は気にせずに剣崎を睨んだ。
「……お前?」
「俺の立ち位置だよ剣崎。お前は怒ると、眼の色を変えて右足から駆け出し、一直線に俺に向かってくる。足元くらいはちゃんと確認しろよ。」
玄一が余裕の表情を見せ一歩踏み出した。あと一歩で俺の間合いだ。
「それがどうした? この戦闘に於いて、俺だけが居ればそれで十分だ。」
「その余裕が致命的なんだ。気付いていないのか。お前は俺を前にして見下す時、必ず一瞬だけ目を閉じる。」
俺はその一瞬で、玄一の足を打ち抜いた。
更に俺は剣崎の前に進み、玄一と同じように足を打ち砕いた。
「ぐぁっー。」「き……きさまっー。」
「俺は卑怯なんだよ。まずは動けないよう足を狙う。必ず勝てる状況でなければ安心が出来ないんだ。」
「……謝る気はあるか?」
「ふざけるなっ。雑魚がっ。」「誰がお前なんかにっ。」
「……見下すのはやめろ。俺だって人間なんだぞっ! お前等と何も変わらないんだよ。」
言いながら俺は虚しくなった。あんなに恐れていた恐怖があっけなく倒れている。同時に……。
―はやく殺せ。今までの恨みを晴らせ。―
―……殺。―
「……俺だって恨みを晴らしたい。……でも、やってしまったら、こいつ等と同類じゃないかっ! ……剣崎、頼むから謝ってくれよ。」
―敵は無防備だ。今なら殺れる。殺してしまえ。―
― ……っ! ―
「わかるよ。お前達も辛かったよな。俺の中にいるんだから。それは分かってる。だがそれは出来ない。」
俺は地面でのた打ち回る剣崎の胸ぐらを掴み、軽く持ち上げていた。なぜかそんな事が出来る気がした。
「先生。……俺は何が正しいのか分からないです。」
「痛い目にあわせてやりなさい。……このままだと、彼等はきっと繰り返します。」
「そうよ。秀人。あんたは、さんざんやられて来たじゃない。私だって。」
「分かってます。俺もそのつもりだった。でも、きっと、この先に答えなんかありません。俺が心から恐怖し、徹底的に傷つけられた自尊心さえも、こいつ等を倒せば変わるわけじゃなかった。」
「……秀人君……かわいそうに。」
「……剣崎……謝ってくれ。そして、もう二度としないと誓ってくれ。」
「くくくっ。そうだよ。お前は何も変わっていない。この先も、ずっと弱いお前のままだ。だから俺を痛めつける覚悟もなく、報復されるのが怖いんだろ? 手を離せっ。これは命令だっ!」
「剣崎。俺のお前への感情はいつも殺意だ。今まで妄想の中で何度も何度もお前を殺してきた。分からないのか? お前に対する想いだけは俺は殺人鬼と変わらない。あとはそれを行動に移すだけだ。」
俺は自分の中の殺意を剥き出しにした。
「やれよ。じゃなきゃ、そこの女二人を犯してやる。」
俺は全力で殴っていた。剣崎は一発で意識を失い俺は手を放した。心愛先生と陽菜へ敵意を向けなければ、本当にやる気はなかった。せめて謝罪だけはと思ったが失敗に終わる。予想通り、心は変わらない。むしろ、最悪の気分だった。次に俺は玄一を見る。
「……覚悟は出来ている。殺したいのなら殺せ。」
玄一は剣崎とは違う。従兄だけど、最初は家族として扱ってくれていた。優しかった頃の玄兄も俺は知っている。どうして俺の事が嫌いになったのかも分かっていた。だから、恨みだけの剣崎とは違って、家族として間違いを正したかった。
「……香織姉ちゃんを奪われたみたいで悲しかったんだよね? 俺のあんたへの恐怖の裏側には、悔しいけど、尊敬があった。小さい頃の優しさを知っているから、いつか変わるかもしれないという期待もずっとあったんだよ。だから剣崎とあんたでは違う。これまでの事は絶対に許さない。家族だから……俺は玄兄を絶対に許さないよ。」
「家族か。……そうだな。そんな可能性もあったのかもしれないな。」
「ねえ……なんで……香織姉ちゃんの事、嘘を言ったんだい?」
「……はやくやれよ。」
「……そうか。」
俺は、玄一を殴り続けた。剣崎の時とは違いこの感情は殺意ではない。殴る拳の方が痛いというのは、本当にあるんだって感じていた。悲しくて悔しくて俺は涙が止まらなかった。
「……二人共、嫌な所を見せてごめんね。ここからしか俺は始まらないと思っていたんだ。けど、心は全然晴れていないよ。むしろ前よりも酷くなってる。」
「何言ってんのよ。よくやったわ。あんたは何も間違っていない。」
「最初から間違いだらけだよ。ずっと悩んでいた。毎日毎日、殺したい程に剣崎を憎んで、もしかしたら、俺の本質は殺人鬼なのかもしれないと思うよ。……やっぱり二人を異世界には連れてはいけないな。」
「秀人君。殺人鬼だなんて、そんなはずないでしょ。毎日、どうしようもない程、暴力に晒され、殺せば楽になるかもって考えるのは、きっと普通の妄想です。それに、秀人君の暴力は報復ではなかった。全部、人を想う心で動いていた。秀人君。あなたは泣きながら悲しそうに、暴力を使っていたんだよ。」
「……ですが。」
「大丈夫。私は秀人君と一緒なら、異世界でもきっとうまくいく。もしあなたが間違った道に進もうとしても私が正しい道を示します。……ずっとあなたを助けてあげられなくてごめんね。本当に辛かったよね。」
心愛先生が優しく俺を抱きしめてくれていた。心のモヤモヤが涙と一緒に洗い流されるようだった。
「……う。あぁ。」
「心愛さんの言う通りよ。あんたは何もおかしくない。おかしいわけがない。それに、弱いあんたを一人で行かせるわけないでしょ。あんたが止めても私はついていくんだからね。心愛さんがあんたに正しい道を示すなら、私はあんたの障害を全てこの拳で叩き潰してやるわ。」
――数時間後 都内のとある場所
「師匠。どうしたんだ、その顔は?」
「ちょっとな。」
「その傷で例の計画に挑むのか?」
「それはお前等が心配する事じゃない。こちらの世界で虐殺をするのは俺と剣崎の仕事だ。」
「うー。師匠こえー。」
「それよりも……少し早かったが秀人が神格者になった。これは閉じた世界とこちらが繋がったという事だ。計算だとお前等があそこに旅立つ事になるのも、もうじきだぞ。」
「いよいよか。異世界でこの力を試す事になるんだな。」
「あそこは異世界なんかではないと説明したろ。宇宙からは隔離され別の進化を遂げているが、あそこはガイアという名の地球そのものだ。魔力や神力を受けやすい特殊な環境だが、それ以外は、こちらの物理法則となんら変わらない。」
「毎回説明がよく分からないんだよな。異世界じゃないならパラレルワールドってやつか? 」
「なんだそれは?」
「んー。この世界で過去を改変したとする。そこはその時空からは分岐し、並行して存在する現実世界とは別の世界となるとか。例えば、誰かが過去の地球に持ち込んだ力が魔法で、そのパラレルワールドでは魔法が発展したとか。」
「少し違うな。核心は禁忌に触れるから言葉には出来ないんだよ。俺がどれだけ気を付けて話をしていると思っているんだ。何度も言うがガイアでは命が軽い。あそこは神にも見放された大きな墓場だという事を忘れるなよ。平和ボケしたお前等が簡単に人が死ぬ世界でどこまで耐えられるのか見物だぜ。」
「俺達が死を恐れると思うか? すぐ死ぬ世界はこっちとしては逆に好都合だろ。師匠に言われた通り、あっちでは殺しまくるんだからな。」
「まあ。お前等はすぐにガイアでも化け物級になる。多少無理をしても問題はないだろう。」




