久々の再開
「もう少しだけ待っていて貰っても平気ですか? 転移の特典で俺は異世界と現実世界に自分の分身を作れます。その分身が俺です。本体は今やつを探している最中なんです。先生も知っての通りあいつには異世界に行く前にどうしても立ち向かわなければいけません。それなしで俺は前に進めない。」
「……剣崎君の事ですね。分かりました。」
――4時間前
俺は心愛先生の家に向かう途中、公衆トイレで分身のスキルを使っていた。分身(秀人B)が心愛先生に会いに行く一方で、俺は、剣崎を探す為に街に出た。
商店街にある喫茶店の横を通り過ぎると、ガラス越しに西園寺陽菜と妹分の青木棘の姿が見えたので、俺は慌てて後退る。
気付かれたか。どうやら青木棘が表に出て来たようだ。青木棘は日本の有名な女優だ。本来であれば街中で遭遇したら喜ぶべき相手なのかもしれない。ただ、俺はこいつが大の苦手だ。
棘は俺が、雑誌モデルの西園寺陽菜のストーカーだと思っている。そして、棘は陽菜の妹分であり、自ら進んで陽菜をガードする存在。たしかに心はストーカーのようなもので間違いないが、ストーカーとは少し違う。俺は節度を持って一定の距離を保っていたつもりだ。
「このストーカー。性懲りもなく、また陽菜様に会いに来たのね。このイカレ勘違い野郎。早くここから立ち去りなさい。陽菜様は今日一日私とデートをしてくださる予定なのよ。あんたなんかに構ってる暇なんてこれっぽちも無いんだからね!」
「――棘さん。そこまでです。あなたは何遍言えばわかるの? 私のたった一人の友達にいちいち突っかからないでと言っているでしょ!」
そう。俺の憧れの人。日本で話題の雑誌モデル西園寺陽菜は、俺にとってもたった一人だけの友達だ。
だけど、西園寺陽菜は、こんなゴミみたいな存在の俺が近づいても良い相手ではない。だから友達だけど節度を持って自ら距離を保っている。最近は忙しいみたいだったので会うのは久しぶりで、雑誌の中から飛び出してきたように別次元の美しさが眩しすぎる。
今では高校も違うし友達というより、憧れのモデルさんと言った方がしっくりくる。棘がこうして俺を非難する事の方が正しいような気がする。
「それは無理な相談ですね。陽菜様はもう芸能人なのです。もっと気を付けて下さい。それにこんなおでぶなストーカー。陽菜様の美貌には全然釣り合いません。例え友達だとしても私はそんなの絶対に認めませんわ。鬼宮っ! 早く立ち去りなさい! 私の目が黒い内は……キ〇×Θエ▽Λ◎Zヴ◇Π……金輪際陽菜様には会わせ……イタッーイ……。」
棘は怒りに我を忘れ、怒涛の勢いで捲し立ててきた。その勢いを止めるべく陽菜の拳が棘の頭に振り落された。
「――このお馬鹿! 容姿なんてものは関係無いでしょ! それにあなたに認めて貰う必要なんて無いわ。私は秀人に大切な話があるの。この場からいなくなるのはあなたの方よ。」
「そんなぁー。今日はずっと私と一緒に居てくれるっていったじゃないですか。私は陽菜様のお部屋で、どさくさに紛れて、そこで結ばれるプラ……ぶはぁっ」
陽菜は再度、棘の頭にげんこつをお見舞いする。
「――早く帰って! それと。ちゃんとこの件の反省をするまでは、あなたとは会わないつもりですからね。」
「反省しましたー。だから……ひっ。」
陽菜が棘に向けて本格的に構えをとると、棘は涙を浮かべながら退散した。
「秀人。棘がいつもごめんね。……ちょっとあなたに話があるんだけど、良いかな?」
「きっと棘の対応が正しいんだよ。……だから別に構わない。話って今じゃなきゃ駄目かな?」
「……予定があるの?」
「……そうだな……陽菜にはちゃんと話しておくべきなのかもな。……俺は剣崎と決着をつける。」
陽菜の顔が大袈裟に引きつっていた。
――陽菜の家は代々政治家の家系で、過去に大臣を輩出したという由緒ある家柄だった。その優秀な遺伝子を受け継いだ陽菜は、勉強も運動神経も突出した文武両道の天才だった。だが、それらと見た目が美人という事が原因なのか、昔から男子の人気を集中させ、結果的にクラスメイトの女子達の嫉妬を買う事が多かったらしい。
陽菜は小学生の時から周りの女子達に無視をされていた。俺がこの街に引っ越して来たその日は、ついにクラスメイトの剣崎義和からも標的にされ、陽菜が暴行を受けそうになっていた所だった。そこに転校したての俺が出くわした。
俺はそれを見過ごす事が出来ずに、陽菜を庇い盛大にやられた。それが陽菜との出逢いだった。
しかも、陽菜が俺に最初に言った言葉は、お礼ではなく文句だった。
「あなた。弱いくせになんで私を助けるのよ。……そういうの迷惑だからやめてよ。」
それでも俺はそれを無視して剣崎の前に立ち続けた。何度も立ち上がる俺に根負けし、剣崎達がいなくなると、陽菜は秀人に肩をかした。
「弱いくせに無茶しないでよね。……仕方ない。心配だから私が友達になってあげる。同学年なんて幼稚すぎて相手にもしてなかったんだけど、あんたはとても放置できない。この私が友達になってあげるんだから、それだけは誇れることよ。」
それ以来陽菜は俺にとって唯一の友達になった。
ただ陽菜は俺とは違い虐められっぱなしではなかった。その一件以来、空手とキックボクシングを習い始めるのだ。そして、空手では中学最後の大会で全国優勝をする程の実力者になっていた。それがニュースに取り上げられてから、謎の美少女格闘家としてメディアが騒ぎ出す。そして、現在は日本で一番人気の高い雑誌モデルだ。
俺は友達として彼女のストーリーに感動した。しかし、西園寺陽菜を愛する男としては複雑な気持ちだった。この頃にはもう陽菜に夢中だった。自分から近づいてくる割にそっけない態度や、それが悪態に変わっても、心根の優しい部分は見え隠れする。こうして、メディアにも取り上げられ、有名な雑誌モデルになってからも、内面をよく知る俺はきっとファン以上に熱狂的な陽菜のファンでもあった。
まあ。その甲斐もあって剣崎から目を付けられ、俺は剣崎一派のサンドバックになったのだが。それが無かったとしても、剣崎は玄一の子分みたいな所があったので、遅かれ早かれ標的になっていた事は変わらないだろう。
「それなら私も行くわ。あれは私が原因だし、私が決着をつけなきゃいけない事でもある。」
「……陽菜の問題ではないよ。俺はいつもやられっぱなしだった。でも男として、あいつにはきちんと立ち向かわなければいけないって気付いたんだ。じゃないと、前に進めない気がするんだ。」
「……あんたは本当に馬鹿ね。そして、いつも自分の心に真っすぐだわ。やっぱり私も行く。くだらないけど、あなたの出発に、この私が友達として立ち会ってあげる。もう決めたのだから、あんたに拒否権はないわよ。」
「……分かった。それなら立ち会うだけだよ。そんな肝心な時に陽菜に救われていたら、この決着に意味がないから。」
「約束するわ。秀人はボロ雑巾のように地面に這いつくばるだろうけど、私はいっさい手を出さない。」
「……負けるの前提かよ。キビシイ友達だな。サンキュー陽菜。それと同行したいって人がもう一人いるんだけど。」
≪ 時間は現在に戻る ≫
「初めまして、西園寺 陽菜です。秀人とは中学までの同級生でした。心愛さんの事は秀人からよく聞いています。あの恐ろしい剣崎に対して怯まずに立ち上がったり、その事で校長先生をはじめ職員達や問題児の親に対しても毅然とした態度で正義を貫いたと聞いています。本当に尊敬出来る大人の人に、秀人が巡り合えて、友達の私も本当に感謝してます。」
「嘘っ。本当にモデルの西園寺陽菜ちゃんじゃないですか。動揺して心臓が飛び出そうです。鬼龍院 心愛、大学生です。私も陽菜さんの話はさっき秀人君から聞きました。きっと異世界に行ったら一番活躍出来そうですね。」
「ん? 待ってください。異世界ってなんですか?」
まずいぞ。心愛先生。心愛先生がどうしても大人として着いて行くと言った時に、俺は二人とも剣崎と戦う為の同行ですって言ったよね。何か壮大な勘違いをしているのでしょうか。
「……あの。心愛先生。それは言ってません。あくまでも剣崎との決着に同行するだけで――」
「――あらやだ。秀人。心愛先生には言って、友達のこの私には秘密にする事ってある? ちょっと友達としてショックが大きいんだけど。ちょっと会わないうちに友達をないがしろにする男になったのかな?」
これは駄目だ。もう陽菜が怒っている。怒った時の陽菜は全くの別人なんだよな。
「私、余計な事を言ってごめんなさい。」
「落ち着いて陽菜。ちゃんと話すから。嘘だと思うかも知れないけど、俺は異世界転移ってやつをしたんだ。」
「秀人。それで大丈夫なの? 命に危険はないの?」
まあ。そういう反応になるだろう。普通は心愛先生のように実際にスキルを見せないと信じられない。
「うんうん。普通は唐突にこんな話をしても信じられないよね。でもさ……あれ?」
ん? 信じてないか?
「信じるに決まってるでしょ。何年友達をやっていると思ってるの。秀人は私に嘘をつけない。それでその異世界に危険はないの? 私もいくけど問題はないわよね?」
ありがたいけど、それは迷惑になる。西園寺陽菜のファン一号ストーカーが、陽菜の活動を妨害するわけにはいかないのだ。
「いや。でも、陽菜はこっちで忙しいだろうし……。」
「ほんと馬鹿じゃないの。これは剣崎と殴り合いをするとか、隣町に引っ越すとかそういう次元の話じゃない。それが命に関わるのなら、秀人の障害は私が全てこの拳で叩き潰す。私にとってもあんたは、この世界でたった一人の友達なんだからね。」
「秀人君、良かったわね。美少女格闘家、西園寺陽菜さんがいれば、異世界でもきっと怖いものなしよ。」
心愛先生。笑い事じゃありませんよ。全然よくありません。……盛大にしくじった。心愛先生にちゃんと説明をしておくべきだった。
「…………うん。とっても頼もしい限りだよ。」




