現実世界の起業計画
私は学校とバイトがない時間は、家に閉じこもり、自分が好きなアニメやマンガを読んだり、ゲームをしたりして過ごしていた。それをやっている間だけは、少しだけ心が軽くなった。
自分の中にある『揺るぎない正義』とアニメの主人公のような清廉な志などを結び付けて体験していた。
言い換えれば、そうやって現実から逃げていた。生活する事に追われていて、人付き合い、就職活動、そして今は得意な勉強まで怠けていた。
しかし、その逃亡すべき場所が私の目の前にあちらからやって来た。
焦る秀人君と興奮が収まらない私。私は秀人君の両手を掴み、体を押し倒していた。興奮に顔を赤らめ息遣いも荒くなる。収まりきらない感情を押し殺しながら、秀人の耳元に囁いた。
「……ひでとくんけもみみは?」
「耳……? ああ。耳に息を吹きかけないで下さい。突然どうしたんですか?」
「……もみみ。」
秀人君は、私を振りほどいて立ち上がる。秀人君は暴漢に襲われた女子の様なポーズを取り、目には涙を溜めている。
「心愛先生。僕の体をいったいどうするつもりですか!」
「……体って? けもみみはいるのかと訊いているのです。さあ言いなさい。…………ごめんなさい。興奮してしまいました。実は私、異世界とか、けもみみのキャラが大好きなんです。」
「けもみみ?」
「猫とかウサギとか獣の耳をした亜人ってやつです。異世界の定番ですよね?」
「あ。それは見ました。猫の耳をしたメイドさんです。」
「にゃ! ……にぁんですって。」
それから私が落ち着くまで、数分の時間が経過しただろう。私は我を忘れてしまった事を少し反省する。
「……ってわけです。そして、これからが本題です。今アイテムボックスから取り出した金だけでなく、異世界で製作した剣の報酬でお金をたくさん貰いました。異世界のお金はこっちでは日本円に変わります。五千万ジェムが約一億円。これで心愛先生と一緒にビジネスがしたいんです。前に先生が学校を卒業して働いたら、僕の保護者になっても良いって言ってくれましたよね? それも含めてお願いしたいです。」
私はただの大学生だ。むしろ普通の大学生に比べるとコミュ障な分は劣っている。それはちょっと秀人君の為に学校や保護者に向けて大立ち回りをしたのだが、結果はほとんど彼の役には立てていない。
それでも秀人君はこんな私を頼ってくれた。
それだけで全てが報われた気がした。
私の悲しくて辛い心に一筋の光が差し込んだようだった。きっと私の中の正義も、この結果を待ち望んでいたのかもしれない。
私が彼を必要だったように、秀人くんには私が必要なんだと実感した。
偽善でも良い。これはきっとバトンなんだから。私が彼に渡されたバトンを今度は、私が秀人君に渡すべきなのかもしれない。
それなら私は秀人君と共に異世界に行こう。
私は秀人君を正しく導く大人になる。私があの人にそうして貰ったように、今度は私が秀人君を守る役目なんだ。
「やりますっ! それと出来る事なら、私もその異世界に連れて行って貰えませんか? 私はそうゆうのに憧れてて、本当にあるんだと思ったらもう我慢が出来ません。」
「ありがとうございます。先生の人生を変えて、罪悪感でいっぱいだったので本当に良かったです。」
「それは何度も言ってるでしょう。秀人君が考える事じゃない。私は大人なんですよ。……それより異世界の件はどうなんですか?」
「もちろんお願いしたいです。実はこちらの世界から仲間を2人だけ連れて行けるんですが、誰を誘ったら良いのか困っていました。」
私は飛び上がって喜ぶ。
「やったー! ……いけないアパートの中だった。」
秀人君はそれから、現実世界で会社を作りたい事や、他にもやりたい事を私に時間を掛けて説明した。その最後に。
「それと、もう一つ緊急のお願いがあって、これが姉の電話番号なんですけど、このお金から少し香織姉ちゃんに契約金として渡して貰いたいんです。会社を作る目標は香織姉ちゃんの就職先を作る事に起因しています。今、香織姉ちゃんはお金の為に風俗店で働いているらしくて。あと、家の人にまたお金を取られないように、今後は香織姉ちゃんの相談にも乗ってあげて欲しいんです。」
「秀人君だけでなく、お姉さんも大変だったんですね。もちろん、これからの私は秀人君の保護者であり部下でもありますから、何でもやらせて頂きます。」
私は渡されたお金を持って香織さんとの待ち合わせの場所に向かった。香織さんに契約金として三百万円を渡し、新規事業への参加を了承して貰った。 同時に、桃園家の秀人に対する虐待を理由にして、秀人君を私の家で引き取る事にも了承をしてもらった。
ただ、ひとつだけ気がかりな事があった。香織さんは次の誕生日で18歳になる。つまり今はまだ17歳の香織さんは風俗店などでは働けない。普通の飲食店でアルバイトをしていたのだ。
※秀人が異世界から持って来たお金は、日本では日本の円として変換される。秀人が異世界で制作した金品は現実世界で正規に登録されたものとして変換される。例えば金の延べ棒にはロッド番号や商標など現実世界のものに、ダイヤモンドには刻印や情報が記載された鑑定書までついてくる。これに関わるお金の流れも最初から秀人の持ち物として処理をされる。




