偽物の正義
≪ 時は現在 ≫
――私は偽善者だ。私の正義など見せかけだけの偽物に過ぎない。――
その朝、大学の講義室には、いつものように、落ち込んでいる私がいる。大学に友達はいない。しかし、知らない誰かしらがいつものように話しかけてくる。
「ねえ、心愛ちゃん。講義が終わったらデートにでも行かない?」
「……。」
だが、私はそれを無視する。人付き合いは少し苦手だ。
「いい加減にしろ。せっかく誘ってやったのに無視するなよな。」
男が怒り出すと男の仲間達が遠くから私に近寄って来た。
「失敗したのか? ならお前も、もう良いよな。おい鬼龍院、講義が終わったら俺達にちょっと付き合えよ。大切な話があるんだ。ぐふふふふ。」
「気持ち悪い。そんな誘いに引っかかると思います? 私はこういうのが嫌だから、誰とも話さないんです。人間は簡単に信用できない。親が心配性でして……私にはGPSが付いています。私が予定と違う行動をしたら、即座に警察が動きますよ。」
嘘である。内心、不安でいっぱいだった私はすぐに講義室を出た。それに、目的を果たせなかった今、勉強をする事に何の意味があるのだろう。
これで午前中の予定が空になった。私は適当に街をぶらついた後で家に戻る事にした。
私は鬼龍院心愛。21才の大学生。教師になる事を夢見て大学に入ったは良いが、肝心の教育実習に失敗してしまった。私は自分の中にある見せかけの正義を貫き、既存の権力に逆らってしまったのだ。
生徒の為に戦ったのだから、その事に後悔はない。
ただ、卒業を間近に目指していた教師とは別の就職活動をしなければならない事に憂鬱だった。
夢を失った事は私を前以上に怠惰にさせた。
こんなはずじゃなかった。
しかし偽物の正義が今も疼いている原因はそれではない。一番悔やまれるのは、それでもその生徒の事をちゃんとは救えなかった事だ。夢を失った事よりもそっちの方が原因で無気力になっていたのかもしれない。
なぜなら、私の原動力は常に偽物の正義にあったからだ。
私はベッドに横になりながら、タブレットでネットを検索する。就職情報を探そうとしていたのに、いつの間にかアニメで異世界の設定によくいる獣人を探していた。
「かわいいっ。……やっぱり二次元は癒されます。」
『ピンポーン』
突然玄関のチャイムが鳴った。
今日は大学の講義をさぼってアパートにいる。来客も配達の予定もない。何かの勧誘だろうか。
私が居留守をしようと心に決めると玄関から聞いた事のある声が聞こえて来た。
「心愛先生。いませんかっ!? ……俺ですっ。鬼宮です!!」
声の主は私の中の正義が救いきれなかったその少年だった。私は急いで玄関に向かいドアを開く。
「……秀人君久しぶりだね。ん? ……コスプレですか?」
彼を心配した私は何かあったら家に来るようにとアパートの場所を教えていた。しかし、その前に電話を入れるように言っておいたので、急いで訪ねて来なければならなかったその理由が心配だった。
「ごめんなさい。心愛先生しか頼れなくて、来てしまいました。」
秀人君の深刻な表情を見て、私の中の正義が表に出ようとする。しかし、私はそれを抑える。今はそれより少しでも秀人君の不安を和らげてあげないといけない。私は偽善者として見せかけの笑顔を作る。
「とりあえず中に入って下さいな。」
私は秀人君を部屋に案内する。
こうして秀人君が来てくれたのは嬉しい事だけど、それと同時に彼の身に何かがあったのだと心構えをした。なるべく優しく、黙って悩みを聞いてあげよう。
「飲み物は何が良いですか? ウーロン茶と紅茶とコーヒーがあるけど。」
「……ありがとうございます。それならウーロン茶をお願いします。」
「はい。畏まらなくていいのですよ。くつろいでくださいな。」
秀人君が座布団に座ると、私は冷蔵庫に入っていたウーロン茶を差し出す。
「ありがとうございます。あの……今からする話ですが、心の準備をして貰えますか?」
私は教師にはなれなかった、ただの大学生だ。改めて言われると胸が張り裂けそうな思いがした。
秀人君の学校や家庭での状況はよく知っている。彼のどの問題が悪化したのか、想像しただけで震えそうだ。だが私が怯えてはいけない。彼はまだ子供なのだ。
「え? 何だろうな。でも、いつでも相談して欲しいと言ったのは私です。心の準備なんていりませんよ。秀人君は状況が状況なのでとても心配です。」
私の言葉を聞くと、秀人君は安心したように焦りの色が消えていた。同時に空中に彼の手も消えていた。
「これを見て下さい。この透明な亀裂が異空間にアイテムを保存するアイテムボックスと言う物です。」
私はその不思議な現象と言葉の響きに胸がときめいた。だが、空想は一瞬で元に戻る。そんなわけがない。きっと何かのマジックだろう。
「まさか。からかって――」
「――そしてこれが、中に入っていた金です。僕は剣と魔法のファンタジー世界に繋がる扉を持っています。異世界転移でいろんな物を手に入れました。」
立ったまま聞いていた私は、その有り得ない現実にひっくり返った。何もないはずの空間から、秀人は金の延べ棒を取り出したのだ。
私の頭にさっき検索したファンタジーの世界が広がっていく。
「うそっ……そんな事がー!」
夢にまで見た異世界を現実のものとして秀人から聞かされた。空間の裂け目から物を取り出した事はその証拠になる。
私は秀人君に近づくとアイテムボックスの中に手を入れようとする。しかし、いくらその場所を探しても私には触れられない。それを通り抜けて秀人君をまさぐっていた。
「ちょっ! 心愛先生っ! いやー。やめて。ひどいですっ。」




