王女が見た奇跡
私はユノ シエスタ ユートピア。この国の王とSランク冒険者との間に産まれた庶子です。
王宮で暮らすようになってから、王妃様に虐められる悲しくて辛い日々を送りました。学園では実の兄弟から虐められ続けました。
しかし、私を守る侍女が現れ一時は普通の生活に戻りました。それでも私は判断を誤り、助けてくれた侍女を危険な目に逢わせてしまいました。彼女は大きな怪我をして王宮を去り、私も前よりは酷くないものの、また辛い生活に戻りました。唯一の救いは一人じゃなかった事です。侍女のおかげで、定期的にかわいい弟とも会えるようになっていました。
そして、これはつい最近の出来事です。私への敵意が、最悪な形で母に向けられてしまいました。おそらく兄か姉を支持する貴族の陰謀で、母は無実の罪を被り、王様から極刑を言い渡されました。
今の王様は、昔の優しかった王様とは違います。怒りっぽく、完全に別人になっています。
母の極刑を聞かされた時、私の心は絶望しました。王宮で一緒に暮らす事は出来ずとも、小さな頃からたくさんの愛をくれました。侍女のおかげで王宮の外でたまには会う事も出来ていました。
私は一晩中泣きつくした後、死にもの狂いでそれを阻止する為に行動しました。
はじめに、数少ない私の支援者に会いました。
彼は、母の罪が帳消しになる程、私が功績をあればいいのだと教えてくれました。私が功績をあげ、父に請願し、もし恩赦を授かる事が出来れば母は助かるかもしれない。現在の父は錯乱していますが、王国の政治に関しては、まだまともな判断が出来るそうです。
今は、いつ戦争に発展してもおかしくないような世界情勢です。しかも、中央大陸の中央に位置するユートピア王国は、弱小国とも言われ近隣からの圧力に怯えています。
ユートピア王国は、喉から手が出る程に武力を欲しています。
この事から、もし希少な武器を王様に献上すれば、その功績で母上の罪を軽く出来るのではないかと考えました。それでも私の望む結果は、僅かな可能性なのかもしれません。
藁をも掴む気持ちで、私は動きました。
自分の持つ僅かな財産と支援してくれている貴族から情報とお金をかき集め、なんとかミスリルの鉱石を手に入れました。王都中を駆け回り、鍛冶屋という鍛冶屋でミスリルが打てる武器職人を探して回りました。
しかし、その僅かな希望は、王都で最後となる鍛冶屋で打ち砕かれる事となります。
この時、母の極刑はもう間近に迫っていました。
「お願いします。王都の鍛冶屋は全て回りました。もう、ここしか残っていないんです。」
「クソガキが。店先で泣いてんじゃねーよ。この国に幻銀なんて扱える職人がいる訳ないだろ。」
「それでは困るんです。ゲロマムシさん。どうかお願いします。……ぅうっ……私には、どうしても……ミスリルの剣が必要で……」
店主は私を突き放し蹴ろうとしています。
私はもういっその事、私も母と共に死んでしまいたい。そう思いました。女神アルテミス様は私達親子をお見捨てになられたのかもしれない。すると、店主の足を誰かが掴んでいます。
「――暴力は良くないです。」
「口で言っても分からないやつに、暴力を使って追い返す事の何が悪い?」
「余計な事を言って、すみません。……失礼します。」
それが彼とのはじめての出逢いです。
とても不思議な感覚でした。
彼は正義の為に動き、謙虚に引き下がりました。
きっと私の行動を見て、私の為に引き下がってくれたのです。
彼の勇気と優しさに触れ、私はどうにか、もう一度頑張らなくてはと思いました。
私は店主にもう一度お願いし、痛い目をみました。
すると、先程の彼が戻って来ました。
「ご主人、作業場を貸してくれませんか?」
「あっ!?」
「お嬢さん。何があったのかは知りませんが……もう希望は残されていないんですよね?」
なんでしょう。私は彼から目が離せませんでした。
「……あなたは?」
「ストア……鬼宮百貨店の鍛冶師です。もし、あなたが絶望しか残されてないなら……俺に試したい事があるんです。」
彼の言葉には、何かがありました。
それに、こんなに暖かい心を持った方とは、生まれてはじめて出逢った気がします。
「信じます。……私にはもうどうする事も出来ません。」
「ユノさん。分かりました……」
ああ。やっと分かりました。そうなのですね。私は一度も名乗っていません。
つまり、この方はアルテミス様が遣わしてくれた最後の希望だったのです。
考えてみたら、彼は言葉や行動で、ずっと他人の私を思いやってくれていました。
ですが、おそらく人間にそんな人はいません。
きっと聖人様でしょう。
この時にはもうとっくに彼を信じていました。
それから、となりにあった鍛冶屋バロンで、聖人様は作業を始めたみたいでした。
私には分かります。そして信じて疑いません。
これまでの数日間、私は生きた心地がしませんでした。寝ずに情報をかき集め、あらゆる可能性を探し各地に足を運びました。私が神経をすり減らし、ボロボロの状態で立っているのは、王都中の鍛冶屋を回った今日だけが原因ではありません。
その努力が聖人様と出逢えたこの奇跡だけで全て報われた気がしました。
気付けば涙が溢れていました。
「……ぅっ……ぅあっ~良かっだ……本当に……アルテミス様……私はこの奇跡を……絶対に……忘れません。」
張りつめていた緊張の糸が切れました。
それから、数時間は待ったかもしません。泣きつくした後で、聖人様の顔が頭から離れなくなりました。頬や胸が熱くなり、苦しくもなりました。やはり、聖人様に会うと、このように心が昂るのでしょうか。
聖人様が剣を持ってやってきました。
「受け取って下さい。願わくば、ユノさんの未来が少しでも幸せになりますよう。」
聖人様は奇跡と共に私に優しい言葉を下さいました。
神々しい託宣を前に、私はまた涙が流れました。
聖人様は神の奇跡を与えてくれただけでなく
私の未来をも見通し、それを気遣ってくれていたのです。
優しくて、温かくて、私はこの言葉を聞く為に生まれて来たのだと感じました。
「……ありがとうございます……。」
私は何度も何度もお礼を言いました。
そして、異変に気が付いたのです。
これはミスリルの輝きではありません。
この七色の光はまるで……。
私は急いで、剣を鑑定しました。
『王者の剣』材質:オリハルコン。
私は神の奇跡に震えが止まりませんでした。
驚愕を通り越して、思うようにリアクションが取れません。
その時です。
聖人様は神の力を使った影響か意識を失いました。
私はお店のソファーに聖人様を寝かせました。
私の為に、こんなになるまで……。
また、胸がキュンと締めつけられました。
本当に感謝の言葉もありません。
聖人様は私に、生きる希望を与えてくれました。
「嬢ちゃん。……その剣の意味は、分かってるよな?」
作業場から出て来たリンドブルクさんが、体中に汗を拭き出しながら立っていました。
「『王者の剣』……これは古代遺物にも引けを取らない人工遺物です。値段はつきません。」
「そうだ。そして、俺もこの少年に仕事を見せて貰い、職人として、きっと100年分でも効かないくらいの技術を獲得した。」
「私はどうすれば良いのでしょうか。『王者の剣』ほどの価値あるものなら、私の母は絶対に命が助かると言っても過言ではないでしょう。この大恩に私はミスリル分でも足りないくらいのお金しか用意出来ていません。私はどうすれば、このご恩に報いる事が出来るのでしょうか?」
「……こういうのはどうだ? 嬢ちゃんはこの少年の友となり、一生をかけて少年を支える。俺は旅に出て力を養い、少年の窮地に必ず駆け付けて借りを返す。だがこの少年は俺の方の申し出は必ず断るだろう。ずっと見ていたが少年は謙虚で優し過ぎる。とてもこの世界の人間とは思えねほどだ。だから嬢ちゃんが俺を呼べ。少年が本当に困った時に、俺は命を賭けて彼を助ける。」
何年も凍っていた私の心が動き始めた気がしました。
でも、それで本当に良いのでしょうか。
聖人様と友達になれるなら
それこそ私にとって最高のご褒美です。
「よろしくお願いします。」
「よし。それなら嬢ちゃんの連絡先を教えてくれ。定期的に手紙を出す。」
聖人様が寝ている間に私達は密約を交わしました。




