鍛冶屋バロン
「お願いします。王都の鍛冶屋は全て回りました。もう、ここしか残っていないんです。」
「クソガキが。店先で泣いてんじゃねーよ。この国に幻銀なんて扱える職人がいる訳ないだろ。」
「それでは困るんです。ゲロマムシさん。どうかお願いします。……ぅうっ……私には、どうしても……ミスリルの剣が必要で……」
女の子は絶望した様子で泣きながら、店の主人に必死になって頼み込んでいた。店の主人であるゲロマムシは迷惑そうに、縋る女の子を突き放した。
今にも蹴りそうな勢いだったので、俺は駆け込みその足を掴んだ。
「――暴力は良くないです。」
「口で言っても分からないやつに、暴力を使って追い返す事の何が悪い?」
ああそうか。
これくらい現実でも俺は毎日やられていた。
ましてや、ここは異世界
現代日本の感覚と、かけ離れていてもおかしくない。
普通の日常に殺しがあるかもしれない。
――分かるなら、さっさと逃げちまえよ 臆病者――
「余計な事を言って、すみません。……失礼します。」
俺は、街の散策に戻った。
俺に出来る事なんて何もないのだ。
後ろを振り返る。
女の子が泣いている。
主人は女の子を蹴り飛ばす。
それでも女の子は店主に頭を下げ頼んでいる。
分かっていたんだ。
無理を言っているのは彼女の方。
あれでは俺が止めても意味がない。
それにしても、さっきの鮮明なイメージ。
最後に自分を天涯孤独だと言っていた。
ミスリルの剣を打つ事とその必死さ。
それと何か関係があるのかもしれない。
まてよ。
……あれは
……未来ではないのか?
この件であの子は家族を失う?
俺は、小さな頃に両親を失った悲しみを思い出した。
自暴自棄になり、俺が全てを諦めたきっかけ。
あれが未来なのならば
ユノさんは、全てを諦めてきたようだった。
全てに絶望していた俺とユノさんの姿が重なる。
「ダイアリー。ミスリルの剣。」
『 ミスリルの剣の作り方 』
俺は制作日誌とステータスを確認し店に戻っていた。
「ご主人、作業場を貸してくれませんか?」
「あっ!?」
ゲロマムシは、俺の言葉に苛立つ。
「お嬢さん。何があったのかは知りませんが……もう希望は残されていないんですよね?」
「……あなたは?」
そりゃ突然過ぎる。何て言おう。
「ストア……鬼宮百貨店の鍛冶師です。もし、あなたが絶望しか残されてないなら……俺に試したい事があるんです。」
ゲロマムシが俺を睨む。
「そんな店聞いた事ねーぞ。」
女の子は立ち上がると俺の手を掴んだ。
「信じます。……私にはもうどうする事も出来ません。」
「ユノさん。分かりました。すみません。ご主人。ここの作業場を使わせて貰えませんか?」
「なぜ……私の名――」
ユノさんの声を掻き消すように
ゲロマムシが俺を睨みながら声を荒げる。
「――ガキ。さっきからなんなんだよ。うちがお前の作る武器の為に店を貸すわけねーだろ。それにやるまでもねえ。お前何歳だ? 無理に決まってんだろうが。」
「十五歳です。」
「舐めてんのか?」
信じて貰えるわけがない。
俺の障害は熟練度だけだが
他の人がそれと同じとも思えない。
熟練度だけでも普通の方法で上げていたら
きっと俺でも何十年もかかるだろう。
ゲロマムシは俺の胸ぐらを掴むと顔面を殴った。
俺は現実に引き戻された。
「ぷふっ。ぷははは。」
結局。こっちでも一緒なのか。
力のない最弱の俺は暴力を受けるのみ。
才能があってもそれは変わらないみたいだ。
だが、店主の暴力はそれで終わった。
ユノさんが目に涙を溜めながらゲロマムシの腕を掴んでいるのだ。
「やめて下さい。このお方は私の唯一の希望です。」
「だったら、お前が代わりに殴られるか? この生意気なガキの発言は、鍛冶師の俺を侮辱したのと一緒だぞ。」
ゲロマムシは標的をユノさんに変えた。
だが殴った先には俺の顔がある。
殴られるのは慣れている俺だけで良い。
その時、となりの小さな店の扉が開いた。
一部始終を見ていた別の店の店主が顔を出したのだ。
「ゲロマムシ。そこまでだっ。」
「リンドブルクッ……ふんっ。やめだ。勝手にしろ。こんなクソガキに何が出来るというのだ。」
ゲロマムシが鍛冶店に戻っていく。
「相変わらず、店の大きさと釣り合わない狭量な奴だ。」
呆れたリンドブルクさんは、俺達に声をかけた。
小さな店の看板に鍛冶屋バロンと書いてある。
「……坊主、本当に作れるっていうなら、うちの店でやるか?」
作れるとは言ってない。
その自信もない。
まだ試していない事があるだけだ。
ただ、俺は傍観していられなかった。
ユノさんの未来にいた俺は
間違いなく
とてつもなく大きな後悔を抱えていた。
「お願いします。ミスリルの剣。俺が絶対に作ってみせます。」




