俺は醜い異常者だ
――俺は人を殺した事がある。
奇襲して鈍器で後頭部を殴りつけたり、身動きが取れない相手をめった刺しにしたり。人は誰しも死角からの予期せぬ攻撃には対応出来ないものだ。そこを狙うのが俺のやり方だ。――
「いらっしゃいませ。」
朝のコンビニで、買うお金もないのに雑誌をチェックする事が小学生の頃からの俺の日課だ。
目的はモデルの西園寺陽菜。
彼女は中学生の時に空手の全国優勝を果たした女の子。その大会がニュースに取り上げられると、その美貌がSNSで拡散される。マスコミも彼女を追いかけ、瞬く間に有名人の仲間入りをした。
最初は芸能界からのスカウトを全て断っていたらしい。フリーのモデルとして雑誌にだけは登場する事となった。一般的には謎めいた美少女空手家兼モデルと認識されている。しかし、俺はその前から彼女を知り、その努力をひたすらに追い続けて来た。それを、悪く言えば、ストーカーの扱いになるかもしれない。
だが、断言しよう。俺は彼女を愛しているだけなのだ。だから、常に一歩引いて活動をしている。たまに接触する事もあるが悪者から見守っているだけなのだ。今もこうして、雑誌の中だけに彼女を求めているのだから迷惑はかけていな。
「今日の収穫はゼロかっ。」
当然、独り言だ。しかし、少し様子がおかしい。寒気がする。
「……。」
何か嫌なものに見られている気がして、振り返ると、そのまま足早にコンビニを出た。
「ありがとうございました。」
いや。きっと見間違いだろう。通路の奥を赤い線のようなものが横切った。
あれが生き物だとして、あんなに真っ赤な蛇は今まで見たことがない。
――学校
退屈な授業がようやく一段落した。
チャイムが鳴り、先生が教室から退室すると昼食の時間に入る。
さて何をしようか。俺は学校で昼食は取らない。そのお金がない。すぐに席を立って外に出ることにした。
しかし、そう思った時に、前に座る剣崎義和が、後ろを向いて睨みつけてきた。俺は恐ろしくて蛇に睨まれたカエルのように固まってしまった。
「おい。デブの秀人。購買でアンパンとやきそばパンを買ってこい。」
この手の命令にはいつも逆らっている。短く精一杯の抵抗をした。
「……嫌だよ。」
剣崎が立ち上がり机を蹴飛ばすと、机は俺の下腹に食い込んでいる。
「なんだ。その反抗的な態度はっ! 毎回いらつくんだよ。」
怖くて体が震えている。だけど、1つでも命令に従えば、自分の中の何かが崩れる気がした。無抵抗でされるがままに暴力を受け入れているが、媚びる事も諂う事もしたいくない。
剣崎は左手で俺の胸倉に掴みかかり、その勢いに引き寄せられた。間にあった机は、いまは二人の真横に押し出されている。
剣崎は右手で思い切り俺の腹を殴りつけた。 俺はその場に倒れ込み、身悶える。
床に雫が落ちた。痛いからではない。教室でみんなが注目している。だが誰も何も言わない。
とてつもなく惨めだった。
剣崎は、うつ伏せに倒れた俺の横腹を蹴りあげる。続けて鳩尾に蹴りが入る。俺は呼吸が出来なくなり、息が止まった。
なぜ剣崎はいつも俺を虐めるんだろう。俺が何をしたんだろう。俺はいつものように妄想に耽っていた。
それは現実逃避。そうする事で目から液体が出るのを抑える。
「・・・。」「ほらっ。糞デブ秀人。なんとか言……。」
暴行の途中で誰かが剣崎の肩を叩いた。
「義和。時間がやべーぞ。こんなやつは、もうほっといて、購買に行こうぜ。」
厳次だった。
「厳ちゃん。こいつに甘くないか? 従兄だからって、甘やかす必要ねえぞ。」
「ちげーよ。だって、こいつ先祖代々伝わる鬼師の跡取りなんだぞ。仰々しい名前とこいつのキャラ一致しないだろ。俺まで恥ずかしくて、一分一秒でも一緒にいたくねーだけだわ。ほらっ行こうぜ。」
「ぶはっ。また笑わせるなよ。鬼師とか大層な名前のくせに、しょっぼい職業だよな。まあいい。いこう厳ちゃん。」
鬼師とは祖父から受け継ぐ予定だった家業の事だ。死んだ父親もその職業をやっていた。うちの顧客は主に神社などだけだが、鬼瓦を作る職人の家系だった。高校卒業した後に継ぐ予定だったが、祖父がいない今、その話はなくなったと考えている。事情を知る厳次が持ち出したいつもの笑い話だ。
「……。」
剣崎の言うように厳次は俺の事を気遣ったわけではないだろう。その証拠に教室を出る前に厳次は、冷ややかな目で俺を見て言った。
「ちっ……むなくそ悪い。弱者は強者の命令に従えっつーの。」
従う気はない。それが原因だとしたら、俺は卒業の日まで虐められるだろう。大切なものはない。元から心が死んでいる。だから、これ以上俺が失うものはない。ただ耐えれば良いだけなのだ。両親とも死別し、いつだって俺は一人だった。
……立ち上がると、クラスメイト達が俺から目を外した。
これもちょっときつい。徹底した傍観と無視で俺はいない者のように扱われていた。
早足で教室を出る。そして、何をするでもなく別棟のトイレに駆け込んだ。
便座に座り、授業が終わった直後の剣崎の事を思い浮かべた。
剣崎が振り返る前の時間。あの一瞬。やつは隙だらけだった。
俺は、剣崎の後頭部に筆記用具を…………ぶっ刺していた。
これは妄想だ。……俺の心はとても醜い。誰かに心の中を覗かれたら、俺は精神異常者だと判断されるだろう。
今まで、何千回、何万回と妄想の中でアイツ等を殺してきた。
勇気もなく、現実には何も出来やしないのに。妄想の中だけで、俺は何度も何度も剣崎を殺していた。
だが、気持ちは晴れない。むしろ、トイレの中、誰もいないのに涙が溢れて来た。
俺は弱い。情けない自分に目が回り嗚咽していた。
声を押し殺しながら、溢れ出る涙を必死で拭っていた。
***
コンコン
トイレに長く籠り過ぎた。次の人がノックしているのだろう。
「……すみません。今、出ま――」
「――星の光は遠く彼方に輝く。物語はまだ終わりを告げていない。」
「……誰?」
返事はない。
考えてみたら、ここはめったに使われない別棟で、昼休みもとっくに終わっている。
それどころかもう下校時刻も過ぎている。
俺はトイレを出ると、何かの気配をたどり、屋上に向かっていた。
ドアを開けると、夕日に照らせた赤髪の美少女が振り向いた。
美少女は俺の手を引き屋上の真ん中にいくと腕を広げていた。
「……君は誰なの?」
「見渡す空の果て、私達はそこに立ち尽くしている。」
同一人物。先程の声と一緒だ。
「励ましてくれているの?」
「冗談でしょ。あなたの胸に湧き上がる涙は、まだ深淵へと達していない。」
「ああ。そうか。……相手にした俺が馬鹿だったよ。」
やっと状況が理解出来た。
この美少女はただの変態だ。俺はその変態にただただ馬鹿にされている。これもいじめの一環だろう。
「慰めて欲しかったの? けど、それはあなたの都合よ。」
「君だって、君の都合だろ。俺の事を馬鹿にして楽しいかい?」
「……分かったわ。それなら少しだけ現実の話をしましょう。虐められて悔しい?」
「別に。」
女の子の前で、強がりたかった。今まで悔しいという感情を自分の心に抱えていた。でも、それが他人に伝わってしまったら、俺はもっと惨めになる。
「だからダメなのよ。向き合って改善すれば良いじゃない。辛い。苦しい。誰かにいった? 強くなるために努力はした?」
「偉そうに。話すんじゃなかった。」
「ごめん。……自分にも言っているの。最後に気付いてしまったから。」
女の子は悲しそうな顔をしている。そして、言葉を間違えてしまった事に後悔する。その顔と言葉で、彼女が自分と同じ立場のような気がした。
「……あの。俺、強くなるよ。誰よりも強くなる。だから、君も自分の事を――」
長年のどにつかえていた何かが取れたようなスッキリした気分。他人の状況を変えるためなら、案外簡単に答えが出た。
「――あなたらしい。自分のためじゃないでしょ。」
「会うのは、はじめてだけど。」
「最後に逢えてよかったわ。悔しいけど、私の物語はここでおしまい。」
美少女は駆け出していた。そして、屋上のフェンスを飛び越えるくらい大きく跳躍する。
「やめろっ!」
「夕陽に隠された輪郭では、まだ彼女の手には届かない。待っているわ。秀人君。あなたの物語が終わるまで。」
「っ!!」
落下する寸前、彼女は笑っていた。
「秀人。あなたは強い。」
屋上のフェンス越しに、下にいるはずの彼女の亡骸を探した。
しかし、どれだけ見渡しても、校庭には何もない。
心臓が激しく脈打っている。
「心配したじゃないか。なんのトリックだよ。……だけど、ありがとう。」
拳を握りしめた俺は、ただの醜い異常者から少しだけ前に進んだ気がした。
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