記憶持ち
転生者って珍しいけど、いない訳じゃないんだってよ!
転生者――この国では単純に【記憶持ち】とも言われる――は、前世を憶えている人間。
きちんと統計を取ったことは無いが、どの国でも二、三人は必ず歴史書上に記述がある。隠れている転生者を考えるともっといるだろう、とのこと。
かつて隣の国では、生まれ持った知識を世界征服(壮大に言っているが要は国に対する反乱)に利用するかもしれないと収監、もしくは監視対象だったそうだ。他でも知識を得るために探そうとしていたり、迫害対象になっていることもある。
しかし東菖竜国では特に持ち上げられることも、迫害されることもない。ただ生まれる前の記憶があるだけ、とされる。
どうしてそんな扱いか。
話を聞いても訳がわからないってことが多いからだ。
この国は守護獣がいて、龍術を使い生きている。
しかし転生者は全く知らない国の事を話し、知らない文化、宗教などを説く。
異国、どころではない。それこそ空想、物語の世界のようなことを喋る者もいる。
どうも転生者は同じ場所から転生してくるわけではない。様々な世界の記憶をそれぞれ持ち、この世界と異なる理を前提にしている。
そんな場所の話をされても、この国の人はほとんどついていけなかった。
偶然転生者が二人存在した時期があったけれど、会わせてみたら話が噛み合わないどころかお互いを嘘つき呼ばわりした挙句殴り合いが勃発したそうだ。
たまにこの世界の記憶かな、という人もいるが大抵が一般市民で目ぼしい知識など皆無だった。
そして思うわけだ。「役にたたないな」、と。
……あれだ、馬に乗って駆け回っている時代に新幹線の話をして通じるか? というやつだ。自分の知識をその世界の文化に合わせて活用するのは、思っているより学が必要なのだ。
結局隣の国も転生者ではなくて下級貴族達が反乱を起こしトップも国名も変わった。転生者の監視にお金をかけるのが勿体ないと現在は全て撤廃され放置らしい。
まあ今でも「他人と違う」からって迫害している国はあるし、もしそういう国で生きた前世ならそりゃ黙ってるよね、ということで黙っていても構わないそうだ。
私が何故バレたかというと、勉強前の五歳児の割に妙に語彙力があるのと、白永の説明に普通について来たのでもしやと思いカマかけた、とのこと。見事に引っかかった。
公表しても問題ないが、私を良く思っていない方が後宮にもいるので、余計な燃料を与えないために黙っていたほうがいいのでは、と言われた。
噂の王妃様ですか。白永も知ってるほど私の事毛嫌いしているんですかその王妃様。湿気が多くて髪がまとまらないのも私のせいにするタイプだろうか。……それなら黙ってたほうがいいね。
「殿下は思慮深くいらっしゃるので、周囲と軋轢が生まれることは滅多に無いとは思いますが、まずはこの国の常識を覚えることから始めたほうがよろしいかもしれませんね」
「ソウデスネ」
あとこの世界、自動翻訳がテンプレでついてるらしいよ。
地脈を通じて龍力が常に流れているのと、人の体内にも龍力があるのとで、例え異国人でも言葉がわかる。どういう仕組みかは謎だが、守護獣の加護と言われている。
隣の国だと龍力は魔力と呼ばれているけど、根本は一緒だから異国でも問題なし。
ちなみに書かれている文字も自国の文字を学んでさえいればどんな言語でも自動翻訳が出来る。ただ、多少知識があるとその翻訳機能が誤作動を起こす。二か国語が混ざったりするらしい。
つまり、なまじ歴史の知識があって、無駄に「中国みたい」とか思ったもんだから、日本語で聞こえているのに中国っぽい単語が混ざったり、文字が草書体の漢文形式で読めなかったのか。
小学生くらいの子が転生してたら皆が完全日本語で喋って書いてる仕様になったのだ。
逆にもう少し私に中国語の知識があれば、小陽もシャオなんとかとか聞こえていた可能性があった訳だ。
白永も転生者と会うのは初めてだそうで、今後勉強して文字の見え方がどうなるかはわからないとのこと。出来れば全部日本語になって欲しいな……口語と文語が異なるって相当大変なのだ。
覚えること多そう……これ記憶取り戻さないほうがむしろ楽だったんじゃ……いやなったものは仕方ない。生き抜くためには頑張るよ。
「ただ、存在しない言葉は訳されません。類語があればそちらになりますが、完全にその国特有の言葉などは、そのままの音が発声されます。もし記憶持ちであることを隠すなら、心配のある言葉はお話しにならないほうがよろしい」
「存在しない言葉……SAN値ピンチ、とか?」
「……ピンチはわかりますが、さんちとは?」
良かった、この世界に冒涜的なものはいないんだね!!
思わずガッツポーズをしたが、白永には意味不明だっただろう。ごめんね。
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話が長引きすぎて、外殿探索は後日持ち越しになった。
ただの挨拶だけだったのが、私のレーダーチャートから転生者の話まで飛んだからね。昼食の時間まで超えかけた。
流石にもう切り上げよう、となって白永が退出する時にはすでに外に雷が控えていた。いつからそこに居たのだろう。
白永は普通に雷に会釈をすると、そのまま使用人に連れられて去って行った。侍官を咎めるタイプではない、少なくとも顔に出す人ではないようで安心した。
「楽しいお話がございましたか?」
雷と手を繋いで内殿へ戻る廊下を進んでいく。
「……廊下で聞こえてなかった?」
「いいえ。あの部屋は防音仕様です」
初めて会う師傅と王子を二人きりで防音室に入れていいのだろうか。この国、厳しいんだか緩いんだかわからない。
「私の能力値について教えてもらってました」
「左様でしたか」
もしかしたら雷も、私のことを転生者だと勘付いているのかもしれない。
気づいてないなら構わないし、黙っていてくれているなら、ありがたく五歳児のごとく質問攻めにしておこう。
……実際、この世界では正真正銘五歳児だし。いきなり成人として扱われても何もわからないし。
内殿に戻り、檀子女が楽な服に着替えさせてくれる。
「そういえば、白永さんは浪家のことを『まあまあの旧家』って言っていたんですが、どんな家なんですかね。檀子女は知ってる?」
本人に聞くのは気が引けるので試しに檀子女に尋ねてみたのだが、檀子女は訝しげに私を見た。
「まあまあの旧家、と仰ったんですか? 浪様が?」
「え、はい」
檀子女は傍に控えていた雷を見るが、雷は黙って首を振った。
「……殿下。恐らく浪様は謙遜でそのようなことを申し上げたのだと思いますが……浪家は建国当時から王の傍にあった名家ですよ」
思わず檀子女を見上げる。彼女は至って真面目な顔をしていた。
「殿下のご先祖様と共にこの地に来られた四人の仲間の子孫が【四大家】と呼ばれて、貴族の中でも有力な四家ですが、浪家はそのひとつです」
「浪白永様は、その浪家直系の三男です」
雷が付け加えてくれたが、私はまたもや間抜け面を晒すことになったのであった。
……貴族のトップフォーに入る家が後ろ盾になった。幸運のなせるワザか。