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浪参

「殿下、本日は師傅(しふ)がご挨拶に参りますので、外殿までお越しください」


 朝ごはんを食べた後にそう言われ、私――小陽(しょうよう)は目を瞬く。

「しふ」

「……身分の高い方に教える者を師傅と呼びます」

 思わず(らい)のほうに顔を向けると、説明してくれた。最近雷の察知能力が向上している。いつもありがとう。

 でも教師か、なるほど。傅役(もりやく)みたいなやつだね。そういえば読み仮名わからなくて傅役検索した時に師傅も出てきた気がする。

 もうすぐ来るからということで、服を着替えさせてもらう。


「今日は挨拶だけですかね」

「多少のお話はあるかと」

「そしたら雷、それが終わった後外殿を見て回ってもいい?」

「ええ、行ってらっしゃいませ」

「ん?」

「どうされましたか?」

「雷が案内してくれるのでは?」


 一瞬雷が固まった。

「え。もしかして外殿って侍官も立ち入り禁止です?」

「……いえ、外殿までなら問題ありません」

 歯切れが悪い。

 ……もしかして侍官をあんまり連れまわすのは良くないのだろうか。変に官吏に会わせると見下してくるとか。

 私は散々母を虐めていた人たちに見下されてきたので気にしないが、雷が嫌な気分になるのは心外なのでここは私が我慢すべきだろう。気心知れてるし護衛としても良いからって、連れまわしすぎて彼に嫌われても困る。


「すみません、私ひとりで大丈夫です」

 にこりと笑って見せたが、逆に雷が真顔になった。だからイケメンの真顔は怖いんだよ。

「――いえ、お供いたします」

「え」

「師傅のご挨拶が終わりましたらお迎えに上がります」

 失敗した。気を遣わせてしまった。

 思わず周囲に助けを求めたが、檀子女(だんしじょ)もにっこり微笑む。

「殿下、文書殿(ぶんしょでん)の中のことです。侍官が歩いていて咎められる謂れはございませんよ」


 それって咎める奴がいること前提の言い方ー!

 師傅がそういう奴じゃありませんように!




****




 仰々しい門の先は、やはり和風建造物だった。

 うん、なんか京都のお寺を見学したときにこんな風なの見た覚えがある。回廊があったり、池に張り出した縁側があったり。たまに庭が枯山水。相変わらず部屋に畳はないけど。

 この国の文化どうなってんのかな。中国式だがところどころ日本っぽい。いや深く考えたら負けか? 元々平安文化も中国大陸から渡って来たやつを発展させたものだしなあ。


 いろいろ考えている間に、ある一室に通される。そこには頭を下げた男が待っていた。

「……ええと、はじめまして。小陽です」

 挨拶なんて教えられてないよ。


「お初にお目にかかります。この度、三宮殿下の師傅に任ぜられました、姓名を(ろう)(さん)。字を白永(はくえい)と申します」

「よろしくお願いします。……あ、顔を上げてください」


 もしかして私が許可しないと顔上げられないパターンか? と気づいて付け足すと、やっと上げてくれた。

 三十代くらいだろうか。穏やかな顔で微笑みを浮かべる男である。



 今後のことでお話が、というので席につく。使用人が外に出て、私と白永の二人だけになった。

「わたしが師傅となりましたので、これ以降、我が浪家が殿下をお支えいたします。何かご不便な事がございましたら遠慮なくお申し付け下さい」

「ご不便……」

「身の回りの品で足りないものや、必要なものがございましたらこちらでご用意いたします」

 後ろ盾になるということなのだろうか。血の繋がりもない王子の? 首を傾げていると、「殿下には少々難しいお話になりますが」と前置きしてから白永が話しはじめた。


「本来ですと、立宮した王子にかかる予算のほとんどを母君の生家が負担いたします」

「……ふんふん」


 確かに国家予算から全部出そうとしたらとんでもない額になるだろう。しかも今回八人もいる。最低限の衣食住はともかく、それ以上になると他の財源が必要になる。


「しかし中には殿下のような方もいらっしゃいます」

「だろうね?」


 まあ私みたいな極端な例はほぼ無いだろうけど、家が貧乏な場合もあるだろうし。


「その場合、師傅の家がその予算を負担するのが慣習になっているのです」

「なんで?」


 王様になるかもわからない、血の繋がりもない王子につけられて更にお金がかかるってとんだ外れ籤ではないだろうか。

 わからない、という顔をした私を、白永は面白そうに見る。


「……そういう場合には王が師傅を任命するのですが、選ばれれば大変な名誉です。学もあり財力もあり、そして宮様(みやさま)を任せても良いとご信頼頂いている、ということですから。あと多少ですけど給料に色が付きますね」

「ああ……なるほど?」


 王様に信頼されてるって内外に示せるなら悪くない職なんだな。ただし金持ち限定。そんなにお金が無い貴族にやらせたら悪意の塊である。

「浪家はまあまあの旧家です。どうぞご遠慮なくお使い下さい」

「えーと、よろしくお願いします?」

 悪意は無いらしい、良かった。とは言っても使い方なんてわからないからね。戻ったら檀子女か雷あたりにちょっと聞いてみようか。


「……お話ついでに、殿下についても少々説明いたしましょう」

「私?」

「はい。序列の儀によって殿下は三宮になられました。どのような基準で序列が決まったのか、興味はございますか」

「あります」


 めっちゃあります。

 善哉(ぜんさい)から二宮と僅差って話も聞いて更に心配になっているのだ。


 白永は傍にあった紙をいくつか取り上げる。

「序列の儀では、六つの項目を測り、その値によって序列を決めます。【身体(しんたい)】、【胆力(たんりょく)】、【知性(ちせい)】、【龍力(りゅうりょく)】、【耐性(たいせい)】、【幸運(こううん)】です。――こちらがわかりやすく図にしたものですが」


 机に出された紙には、レーダーチャートが描かれていた。

 どう見てもレーダーチャート。そして、二項目が異様に飛び出している。


「殿下はこのように、【耐性】と【幸運】――特に【幸運】が桁違いによろしい」

「……うん?」


「簡単にいいますと、『びっくりするほど運が良く死ににくい』ということです」

「何その幸運特化」


 思わずツッコミを入れてしまった。

 あと耐性って何? 死ににくい? SAN値とかそういう意味じゃないよね?


「【耐性】は死への耐性、要するに寿命や生還率の高さなどですね。【幸運】は幸いの多さ、運命力の強さ、引きの強さなど。歴代の宮様方の記録を見ても、殿下の数値が一番です。他四項目は平均的ですが」

 どちらかだけ高くても寿命が短かったり事故で死んだりするが、両方が高ければ余程のことが無い限り、長い天寿を全うできる、らしい。

「今までの宮様の最高齢が八十でしたから、殿下は間違いなくそれ以上でしょうね」

「事故が無ければ、ね?」

「事故に遭われても運よく生還出来る可能性は高いです」


 私のチートは幸運だったようだ。どこまで信用していいのか分からない見えないモノだけど。

 というか他は平均点、って。私【幸運】と【耐性】の数値だけで序列三位まで食い込んだのか。でもそのせいで王妃に目をつけられているらしいんだが。本当に幸運?


「しばらくは満遍なく様々な科目を授業していきますが、何か学びたいものがございましたら教えてください」

「……わかりました」

 とりあえず白永は友好的のようだし、私も基礎から教えてもらったほうがありがたい。了承すると、再度白永は微笑む。


「ではもうひとつわたしから、よろしいでしょうか」

「? はい、どうぞ」







「殿下。――もし転生者であるのをお隠しになりたいのであれば、会話には注意したほうがよろしいでしょう」




「…………え?」

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