屋敷探訪って楽しい
母親の膝に座って輿に揺られること少々。
たどり着いた新居にまず門と生垣があったことに驚いた。しかも武装した女性が二人、門番のように立っている。
蒼蒼殿は庭を歩いていると別の建物に着く、敷地が曖昧な場所だが、文書殿は違うようだ。しっかり個人宅の装いである。……後宮の中で個人宅って言うのもおかしいか。
そして中に入ると――今までより数倍大きな建物がそこにあった。
何故か見た目は和風。そこもちゃんぽんなの? 平安時代の資料で見るような建物である。まさか寝殿造か? どっかに釣殿とかあるのかな。しかし中に入ると家具諸々が中華風なのでちょっと残念。
畳は無く板敷。靴はお脱ぎ下さい、と言われ足が寒そうだなと思ったが、いざ床に触れると何やら暖かい。まさかの床暖房完備である。
一番テンションが上がったのは、ボタンで点灯する照明だったことかな!
日本みたいにボタンひとつでついたり消えたりするので面白くって何度も押してしまった。殿下もうその辺で……と止められるくらいには。すまない、五歳だから許して欲しい。
どういう仕組みなのかと聞いたら、床暖房も照明も龍術の応用だと言われた。龍術万能だね?
恐らく片付けの邪魔と判断されたのだろう、雷と見て回ってきてくださいと部屋から出された。そして雷はしっかりと私と手を繋いでいる。大人しい王子が思ったより好奇心旺盛で警戒されたらしい。仕方ないね、私ホテルの部屋も隅々まで探索するタイプだったから。
いくつもある部屋を覗きながら歩いていると、何やら長い渡り廊下までたどり着く。廊下の向こうは高い塀と仰々しい門まで続き、そこにも警備兵が立っていた。
「雷、あちらは何ですか?」
「外殿になります」
「がいでん」
「文書殿は内殿、外殿のふたつがございます。外殿は後宮の外になります」
「……外にも屋敷があるんですか?」
元々、何代か前の王が書物を好きなだけ読みたい書きたいと思って造ったのがこの文書殿だという。
あの塀の向こうに丁度図書館があり、そこに一番近い場所を選んでわざわざ建てたとか。同じく読書好きの側妃をここに置いて、ふたりで読書三昧だったそうだ。側妃は外殿に行くのは禁止だが、王様は外殿から後宮の外にも出れるので他の奥さんに見つからずに移動できたとか。
「いずれ殿下は外殿にて勉強するようになるでしょう」
「へぇ」
教師は後宮に入れないので本来なら王子に別の屋敷が与えられるのだが、文書殿なら私が外殿に出向けばいいので母親とずっと同居で構わないのだという。
やけに特別扱いな気がするのだが……放置してた第七王子が予想外に上位に上がったから王様も気を遣ったのかな。一応五歳児だし。
外殿はまた後日と言われた。まあいずれ行くならいいよ。今度は庭を散策しようか。
靴を用意されて庭に出る。あちこちに使用人がいるのが落ち着かない。一番多くても雷含め四人だったからな、女官と侍官。
「……雷、雷」
「はい」
小さな声で雷を呼ぶと、雷は屈んで視線を合わせてくれた。
「あの、今いる人たちは引っ越しの人たちですよね? みんな帰るんですよね?」
「……半分は文書殿の使用人です」
「うぇ」
半分か……いや屋敷の維持のためにも人が増えるのは気づいていたが、半分も残るのか。
周辺の世話自体は雷や檀子女、今までの人たちがやってくれるとは思うが、そんなに人が増えると。
「……あの、龍術の訓練はどこで?」
「………」
雷が黙った。
そう、鎖の訓練はどうすればいいのだろうか。
今までは少し庭を進めば空き家がいっぱいで、誰にも見られずに練習出来たのだが、此処は使用人も護衛も視界のどこかには居る状態である。
雷も鎖を使っているのは秘密にしているようなので、これでは練習出来ない。やっと二股に分けても伸ばすことが出来るようになったところなのだが。
「……殿下はとても、勉強熱心でいらっしゃる」
「え?」
なんか嫌な予感。
「今後、きちんとした訓練が組まれるようになりますので、それまではお休みです」
「えぇ……」
「感覚だけ忘れなきよう」
さすがの雷も考えていなかったらしい。でもそれ、丸投げって言わない?
ベッドの中で鎖伸ばす練習だけはしとくか……。
文書殿を囲む生垣は春になると花が咲くらしい。葉の形からするとツツジだろうか。オシャレだなと感心しながら歩いていたら、とある場所に穴があることに気づいた。
「……あいてるね」
「開いてますね」
「これ、すごく問題なんじゃ?」
「庭師の首の危機です」
怖いこと言わないでくれ雷。首の危機(物理)だろ。
子供一人、大人も匍匐前進で通れそう、という穴である。というか誰か通ったんじゃないの? と言わんばかりの綺麗な抜け道だった。
この場合どうするのが正解なのだろうか。考えながらしゃがんで向こう側をのぞき込むと――目が合った。
「へ?」
「おや」
私が抜けた声を発した一方、向こうの人物――少年は興味深げな声を出した。
「やあ小陽。序列の儀以来だね」
にこりと微笑む少年。
序列の儀以来ということは……異母兄か? いたかな? 正直第八王子の泣き顔しか覚えてない。
「えっと、兄上?」
「――二宮殿下?」
気づけば私の後ろから雷も穴を覗き込み、少年を見て訝しんでいる。
「お前が小陽の御付きかい? すまないが、この穴のことは明日まで黙っておいてくれるかな? わたしからおじい様に言っておくから。さすがに移転早々に庭師の首が飛ぶのは縁起が悪い」
小学生くらいなのにもう「首が飛ぶ」とか言うの怖い。序列の儀に出てたということは十歳以下のはずだ。
あとおじい様? と首を傾げると、「二宮殿下の外祖父は宮中管理者の長でいらせられます」と雷がそっと教えてくれた。後宮管理のトップか。
二宮ということは序列第二位。私の上の立場である。地位もあって後ろ盾もバッチリの兄というわけだ。私とは大違いだな。
「小陽です。こんにちは兄上」
「私は善哉と呼んでくれ。兄弟は字で呼び合うのが慣習だよ」
丁寧に教えてくれる少年――善哉に好印象を持つ。
「えっと、善哉兄上はどうしてそこに?」
「小陽が今日、ここに移動してくると教えてもらってね。ちょっと心配だったから周辺をフラフラしてたんだけど。こんなところに穴があるからどうしたものかと思っていたのさ」
ひとりでフラフラして許されるのか。
そんな私の思いが顔に出ていたのか、善哉は「小陽は出歩くのはしばらくやめておきなよ?」と言い出した。
「何しろ、小陽は【碧晶宮】だからね」
「? 三宮だからってことですか?」
まさか私の予想が大当たりなのだろうか。刺客がいっぱいなのだろうか。
ただでさえ序列第三位。後ろ盾無し。うん怖い。
「……碧色がどんな色か、小陽は知っている?」
「……青でしょう?」
三宮を表すのだから。そう言うと、善哉はくすりと笑った。
「そうだ、青だ。……でもね、緑でもあるんだよ」
「碧晶宮、というのは、【限りなく二宮に近い三宮】という意味なんだ」
――そんなところに意味をつけないでくれないかな親父殿よ!!
そういえばそうだった、紺碧だと深い青だけど碧単体は青緑だわ。深読み出来ちゃうようなややこしい称号つけた父親許さん。いやでもそこ深読みしちゃう?
え、つまり何? 象徴色が緑の二宮と僅差ってこと? もしや目の前の少年も私の事良く思っていないパターン?
うっかり間抜けな顔をしていただろう私をじっと見つめ、善哉は微笑む。
「まあだから、王妃には気を付けるんだよ」
「へ?」
「紫由兄上を差し置いて三宮になったお前に、大分怒り狂っているらしいから」
「紫由」はどの兄上でしょうか。
尋ねる前に善哉は立ち上がり、さっさと行ってしまった。……忠告してくれたってことでいいのかな、これ。
碧色:
強い青緑色。「緑碧玉」の色。
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