碧晶宮
「碧晶宮立宮、おめでとうございます。三宮殿下」
混乱している間に再び輿に乗って蒼蒼殿に戻された私は、使用人たちに頭を下げて祝われた。
「……ありがとうございます?」
「お疲れでございましょう。すぐにお召替えいたしましょう。それとも先にお飲み物をお持ちしましょうか?」
「えっと、着替えてからでいいです。頭引っ張られる感覚痛いし」
「はい、御髪も解きましょうね」
檀子女に促されるままに、部屋に入る。部屋では別の女官と母親がまた喧嘩していた。
私の姿を見た途端、母親がこちらに来る。
「小陽、大丈夫でしたか? 誰かに酷いことはされませんでしたか?」
「平気です母上。立って歩いて座るだけだったので」
「そう、良かった。……さ、重いでしょう。早く着替えましょうね」
「湖美人、お召し替えは私共がやりますと申し上げましたよね!」
喧嘩していた女官(確か甫三女)の叫びもむなしく、母がさっさと私の服の帯をほどき始めた。檀子女は……もう諦めたのか、痛いと言った私の髪を優先してくれたのか、黙って留め具を外している。
甫三女は非常に不満そうだったが、結局は母の手伝いに回った。良くも悪くも慣れてしまったよね。
いつもの服に戻り、ちょっと甘い水を出してもらって、ようやく一息ついた。
女官たちはまたもやきゃいきゃい言いながら母親を追いかけていく。……母上、今からあのオシャレ着洗うつもりなのか。明日でいいんじゃないか、というかさすがにアレは任せていいんじゃないの。
今、私の傍には雷しかいない。……聞くなら今かな。
「雷」
「はい」
「あの……序列の儀って、結局何だったんですか?」
私の問いに、雷が固まった。
「――殿下、ご存じなかった?」
「はいすみません……」
「女官に尋ねたりは」
「聞きそびれました」
「立宮についても?」
「さっぱり」
珍しく雷が動揺しているのを眺める。
「……配慮が足りず申し訳ございません。しかし殿下はとても豪胆でいらっしゃる」
「あはは……」
何の抵抗もなく輿に乗って行ったので知っていると思っていたらしい。報連相の大事さが身に染みる。
「――【序列の儀】は、王位継承権を持つ王子の順位を決める儀式です」
「王位継承権……継承権?」
「王太子は【選定の儀】で選びます。それまでの王子たちの序列を決めるのが、【序列の儀】です」
王位継承権は、長子が生まれてから五年間の間に生まれた男子に与えられる。以後に生まれた子供にはそもそも継承権は無いそうだ。
そして、その王子たちを能力により当面の間の順位を決めるのが序列の儀だった。
あの紙には王子の能力値が記されていたらしい。その優劣によって、順位を決める。
序列の儀を行った王子は以後「宮」と呼ばれる。これが立宮。順位によって己の象徴の色が決まり、それに準じた称号が与えられる。
私は、碧晶宮。もしくは三宮。色は青。
そして――序列第三位。
「……えっと、私は母上の身分が低いですけど……?」
「母君は関係ございません。生まれ持った能力の高さのみで序列は決まります」
「……三宮?」
「はい。序列第三位です」
「三番目?」
「この国で殿下より身分の高い御方は、陛下と一宮、二宮のみでございます」
「……うっそやろ……」
七番目の王子だから跡継ぎ戦争は無いと思ってたら、この国で四番目の地位にいたでござる。
「……ご安心ください、実際に選定の儀で次代を選ぶときは、またこの序列は関係なくなります。選定基準が異なるそうですので」
誰が王になるかはまだ決まらない、と言われた。
そうか、それなら安心……出来ないよ!!
誰がなるかわからないなら全員消しとくかー、とか思う人がいるかもってことでしょ!! ドロドロの跡継ぎ争いの可能性が残ってるんでしょ!! ていうか無関係なら何で序列決めてんの!?
「少なくとも今後、立宮されてない王子とは異なる扱いになりますので……」
「……え、八人兄弟じゃないの?」
そういえばさっき五年間で出来た子が対象とか言ってた気がする。
「……王の娘のことは女宮、とお呼びしますが、女宮様とその下の王子様方も合わせますと、現在は十五人でございます」
今懐妊されている方も数名いらっしゃいます、と言われて顎が外れるかと思った。
父親は、子沢山だった。
転生ものでチーレムが流行っているが、予想以上のハーレムを父親がやってた。
****
衝撃の事実を知った翌日。見た目が偉そうなおじさんが蒼蒼殿を訪ねてきた。
殿中監を名乗ったその男は、恭しく礼をする。
「三宮殿下。湖美人。文書殿の準備が整いました。いつでもお移り下さいませ」
「……はい?」
お移り……引っ越しだろうか。
ちらと母親を見ると、彼女も初耳なのか目を瞬かせている。
「殿下が立宮されましたので、生母であられます湖美人は側妃になられます。それに伴い、陛下より文書殿を用意するように命じられました」
母子揃って首を傾げたので、殿中監もさすがに説明を増やしてくれた。
なるほど。子供も母親も位が上がったので、住む場所も格上げするのか。そういえば蒼蒼殿って後宮内でもすごい辺鄙な場所だと雷が言ってた。そのお陰で龍術の練習が出来たともいえる。
「……わかりました、ありがとうございます」
礼を言うと、殿中監は黙って頭を下げた。
そのまま去るつもりだったのだろう、挨拶のため口を開いたようだったが、母親のほうが少し早かった。
「では小陽、荷造りしましょうか」
「あっはい」
私は思わず返事をしたが、全員が固まった。
「袋はどこにあったかしら。いざとなったら私の上掛けに包めばいいけれど」
「……あの、母上。多分ですけど、荷造りは檀子女たちがやってくれるんじゃないでしょうか。私と母上は移動するだけでいいのでは?」
母親の言いたいことはわかる。
必要最低限の荷物は母の上掛けで包める程度だ。それを自分で抱えて行ったほうが早いわね、ってことだろう。向こうの準備は出来ていると言ってたし。
うん、わかるよ。前世思い出してから一年以上の付き合いだから。しかし、それを聞いた周囲の反応も、勿論わかる訳で。
フォローするように言えば、使用人たちが再起動した。
「殿下のおっしゃる通りです! 湖美人は殿下だけ抱えてくださればいいです!」
「えっ」
「はい! 他の荷物はわたくし共に任せて、湖美人は殿下を抱いていてくださいね! 一番大事な殿下は湖美人にお任せしますので!」
……うん、わかるよ? 何もさせないとなると口論になるから、私のこと任せればなんとかなるかなってことだね?
わかるけどとても複雑な気分。
そんな私たちを、殿中監がとても微妙な目で見てくれていたのだった。おう、私を放置して母親イビリを見逃したツケだよ宮中管理の官吏さんよ。