目指せ蛇使い?
それは、何でもない夜だった。
いつものように朝起きて、ご飯を食べて、散歩して。子供っぽく見えるように気を付けながら質問して。
そうして、眠りについた、夜。
――私、小陽は、真夜中に目が覚めた。
どうして起きたのかさっぱりわからないが、とりあえず厠に行こうと思った。隣で寝ている母を起こさないよう、そっと寝台から降りる。
普段なら隣室に女官がいるのだが、何故か不在だったのでひとりで廊下を進んだ。
そして、玄関(と呼ぶのかは不明だが建物の入り口なので玄関にしとく)のほうで物音を聞いたのだ。
普段ならこんな真夜中、ひとりでいるときに見に行くなんてしない。けど、私は寝ぼけていた。女官がいないのもそれに拍車をかけた。
うっかり、日本に居るときと同じ感覚で、鍵の確認に行ってしまったのである。
ここは日本じゃないし、そもそも蒼蒼殿の玄関に扉は無いんだと思い出したのは、玄関の向こうに、鎖で宙吊りにされる男を見た瞬間だった。
――私の馬鹿! 阿呆! なんつーもん見ちゃったんだ!
自分で自分をめっちゃ罵倒した。頭の中で。
思わず棒立ちになって凝視した先、人の姿は三人。月明かりで光る鎖にぶら下がる……拘束されている? 男が二人。
その鎖は、玄関を背にして立つ、蘇芳色の服を着たもう一人の袖から出ている。
私の気配に気づいてしまったのか、振り返った男は――雷だった。
私の姿を見て、軽く目を見張ると……袖から鎖がもう三、四本伸びて、玄関を覆っていく。絶対袖に入る量じゃないよその鎖。
完全に外が見えなくなった後に響く、グチャリ、ドサ、という音。
……これはあれかな? 「よい子は見てはいけません」ってことかな? 私への配慮? でも音がアウトだと思うんですが。
残念ながら私の足は、玄関から鎖が外れ、雷だけが立っているのを見るまで動かなかった。
「――殿下、厠ですか?」
何でもない風に玄関をくぐってこちらに近づく雷。この状況で普通に声かけてくるって怖くね? この場合はどうすれば。
ぐるぐると悩んだ挙句、私は。
「す、すごい蛇でしたね!」
――なんて、おかしなことを言ったのだった。
雷は数度瞬き、少し何か考える様子をみせた。……お願いだから「この建物にやって来た暗殺者を阻止した影の護衛」であってくれ。逆は困る。
そしてもう一度雷は私を見下ろし。
「殿下も、飼ってみますか? 蛇」
おっと? 影のオファーかな?
****
翌日、予定通り「探検してくる」と母には言い、雷を連れて蒼蒼殿を出た。
やって来たのは、一番近い白い建物。……現在誰も住んでいないし、見回りの者も夜しか来ないらしい。
「これは、龍術で動かしています」
早々に蛇というのを諦めたらしい。袖から鎖をにゅるりと覗かせながら、雷は説明を始めた。
「りゅうじゅつ」
「この国に満ちる守護獣の力、『龍力』を使用した術です。隣国では魔術と呼ばれているとか。人が体内に溜めている龍力を使用するか、地脈から龍力を吸い上げるか、龍石を使用するかは人それぞれですが」
龍のオンパレードである。
「えっと、その龍術を鎖に込めれば、動かせるようになるの?」
「……実は、これは元々の長さではございません。本来の大きさは、これです」
そう言って一度鎖を引っ込め、懐に手を突っ込んだかと思えば――環状の部品がひとつだけ出てきた。
「――えっ? これだけ?」
「はい。龍術によって長くし、意のままに操作するのです。後宮は護衛官以外の武器の所持は禁止されておりますので、大変便利です。普段はこれひとつですから」
手の平に乗るそれをしばらく見ていると、いきなり鎖状になってうねうねと曲がりだした。なるほど、魔法っぽい。
「殿下は王族であられますから、体内の龍力は他者より多いはずです。コツさえ掴めれば三日もあれば伸ばせましょう」
「コツとは」
「殿下はこれを蛇だと仰られました。蛇の動きを想像しながらやられるとよろしいでしょう。……感覚を掴めば後は楽ですよ」
雷の教え方が下手なのか、そもそも龍術がそうなのか。考えるな、感じろ! ということらしい。
しかし、私は元日本人である。
オタクの国に生まれ、ファンタジーが当たり前の文化で育ったのだ。雰囲気を掴むのは得意である。妄想力なめんなよ。
そして三日後。
突然鎖が伸びて仰天する私だった。
なるほど、感覚とはよく言ったものだ。一度覚えたら簡単に伸びていく。気分としては初めて一輪車に乗れた時に似てるわ。
面白くなってどんどん伸ばしていたら、雷に止められた。
「それ以上空へ伸ばすと、誰かに見られます」
「……すみません」
調子に乗ったのを反省し、ひとつの部品に戻した。
「伸ばすことは完璧です。素晴らしい。後は力加減さえ覚えれば、御身の役に立つでしょう」
「力加減?」
「間違えると柱をへし折ったりしますので……」
……なるほど。屋内で大黒柱破壊したり、相手を止めるために腕に巻き付いたら潰しちゃった、とかはマズイな。
では力加減の練習はどうしたらいいだろうか。
「……殿下。ご自身の体での練習はお控えください」
鎖と自分の腕を交互に見ていたら雷が咎めた。うん、そうだよね。私が怪我したら責任問題だよね本当にごめん。
その辺の木からどうぞ、と言われて大人しく頷いたのだった。
みなさま良いお年をお迎えください。