表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/20

新しい日常

 清々しい朝である。

 私――小陽(しょうよう)の朝は、女官と母親の攻防戦の声から始まる。


湖美人(こびじん)、お召し替えも湯の準備もわたくし共がやりますから!」

「私がやったほうが早いです」

「早い遅いの問題では無く! わたくし共の仕事ですので!」

「小陽に関する事で手抜きはしたくありません。大体、お前たちに服を渡してすぐに返ってこないじゃないですか。あと二着しかないんです。私が今すぐ洗って干せば夕方には取り込めるんですよ? ひと月もふた月も待ってられません」

「あの給金泥棒たちと一緒にしないでくださいませ!!」


 ……今日も元気だなぁ、と現実逃避も混ぜて思った。




 私と一緒にここに来た男は、(らい)と名乗った。

 次の日再びやってきて、「本日からわたしがお仕えいたします。ちゃんとした女官(にょかん)もすぐにご用意いたします」と宣言した。


 今までこの建物の担当だった人たちは――まぁ早い話、職務怠慢だったのである。


 母親の身分が低いから少ない人数なのだ、なんて私は思っていたが、後ろ盾が無くとも最低限の使用人は国の予算でちゃんと組まれていた。しかも一応王子のいる部屋である、むしろ周囲よりお金はかけていた。

 それを使用人たちは放置し、なんなら食事やら衣装やらも横領していたのだ。偶に来たのはさすがに死んでたらまずいと、それだけ見に来ていただけである。

 それが雷が来て、私の話と湯を沸かす母親でバレてしまった訳だ。……というより、何故バレないと思っていたのだろうか。確かに堂々としすぎて私はこれが通常なのだと思っていたし、最近は母親の家事能力が高すぎて不便を感じなかったのだが。

 前の使用人たちの今後はやっぱり教えてくれなかったが……国費の横領だからなあ、優しくて島流し(何もない無人島に置いてきぼり)じゃないかな?

 そして雷が此処の使用人筆頭になり、まともな使用人たちが来たのだが――今度は母親と対立した。


 母親の口癖は、「私のほうが早い」。


 子供の怪我で覚醒した彼女は、もう使用人は信じていなかった。以前は見つからないようにこっそり行っていたのを、私が怪我をしてからは一切遠慮せず、服も動きやすい物しか着なくなった。

 初日、彼らが此処に来た時にはすでに自分と王子の着替えを終わらせ、庭で食事を作り、栄養満点の野草の汁物を食べようとしていたのである。勿論みんな仰天していた。

 私は母親の出自は庶民だなと確信している。この逞しさは貧乏貴族どころではない。

 雷と女官――檀子女(だんしじょ)と名乗っていた――は、何度も何度も母親を宥め説き伏せ、やっと庭で食事を作らないようになった、というのが今までのあらすじである。

 逆に言えば、その他はまだ納得させられていないのだけど。



 まだ母親たちの口論は終わっていないようなのだが、雷が私の起きた気配を察知し、湯を持ってやって来た。

 ……正直、自分で身支度をしたいのだが、黙って雷に任せる。

 雷はなかなかの美丈夫――早い話がイケメンだ。表情筋はあまり動かない。勤務態度は真面目だし、私と母を蔑む様子もない。体格も見た感じしっかりしている。女官の人気も高い。


 ――でも後宮勤めってことは、きっとこの人、宦官なんだろうなぁ。


 下手に歴史知識があると余計なことを考えてしまうのが難点である。宦官とは……まぁあれだ、うっかり御妃様と仲良くなることが無いように処理した男性だ。

 此処だと女性は女官、男性は侍官(じかん)と呼ばれていて、宦官という言葉があるのかは不明だ。どう聞けばいいのかもわからないし、聞いても意味がないので私は口を噤むが。

「――何か?」

「すみません。なんでもないです」

 凝視しすぎて雷が問いかけてきたので間髪入れずに謝罪した。

 雷に手を引かれ食卓につき、今までからするとありえないほど豪華な朝食をとる。

 正直、母親の野草汁のほうがお腹には優しそう。食べさせてもらっているので、文句は一切言わないが。

 ただ、もう少し仲良くなったら出す量を減らしてもらえるようお願いしてみよう。

 一般家庭育ちの日本人からすれば、食べたいだけ取って後は処分などという勿体無い作り方は勘弁して欲しかった。廃棄ロス削減、これ大事。


「湖美人、何をしていらっしゃるんですか!」

「繕い物用に針を作ってますが」

「針仕事はこちらがしますし、刺繍をされたいならご用意しますから! 針を自作って何ですか! 何をもとに……枝!!」


 ……あれはやりすぎだと思います。はい。



****



 周辺から怖い人たちが居なくなったので、私は蒼蒼殿(そうそうでん)の外を散策することが多くなっていた。お供は雷である。

 せっかくなのであちこちであれは何だ、此処は何だと質問しまくった。雷は多分、好奇心旺盛な四歳児だと思ってくれただろう。

 そしてようやく、私は自分が置かれた状況を把握した訳である。


 ここは東菖竜国(とうしょうりゅうこく)。紫の竜を守護獣に戴く国。


 ……うん、初っ端から飛ばしてくるなあと思った。

 雷が言うには大陸の東に位置する国で、東側が海、西と南はいくつかの国と面している。北は少し行くと荒野で、その先は高い山脈で登ることも出来ないそうだ。

 今いる王宮は国土の中央付近にある山の麓から中腹にかけて建てられていて、この山に竜が棲んでいるらしい。大昔、私の先祖が竜と契約してこの土地を守っているそうな。

 おう、ファンタジー! とか言いそうになるのを必死に抑えた私。えらい。


 で、現在この国は国土拡大戦争の最中。突然不穏な話になった。


 西は友好国の大国が鎮座しているため、南下しているらしい。小国をひとつ切り取っては内政に力を入れる、を繰り返して三十年以上。

 私の母親は、その途中で滅ぼした湖族(こぞく)と呼ばれる一族の生き残りだそうだ。そして私は、王様の七番目の王子。


 後ろ盾どころか親類縁者もいなかったよ。そりゃ、王子なんて産んだらいじめられるわ。ごめんよ母上。


 いやもっとポジティブに考えよう。これだけ無い無い尽くしなら、跡継ぎ争いには巻き込まれずに済みそうだ。少なくとも母親の一族が権力狙って暗躍しバレて連座、というのは回避されてる。

 母上自身も権力には興味なさそうだから、よっぽど運が悪くなければ意外と安穏として暮らせるのではないだろうか(例:母親イジメの飛び火)。

 新しい人生なんだもの。どうせなら長生き、そして楽しく生きたい。

 曲がりなりにも王子だから、ちゃんと勉強してそれなりの頭になれば、宮中の仕事をくれるんじゃないかな、って思うのだ。

 あと臣籍降下とかはどうだろう。あるのかな? 湖族は滅んだっていうから、王子辞めて湖姓を名乗ったら母親が喜んでくれないかな? 私が成人する頃には「敵対して滅んだ一族」なんてほぼ忘れてるだろうし。よし、とりあえずの目標はそこにしよう。


 ……とりあえず、小学校入学する歳くらいから勉強したいと言い出してみようかな。それまでは雷や女官を質問責めして知識を増やそう。

 よーし、頑張るぞー!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ