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龍力と龍石と赫龍石

「自動機織機、ですか?」

 白永が首を傾げながら、私が持ってきた資料を読み始める。

 昨夜私が必死に作成した、全文日本語のレポートだ。自動翻訳がされているはずだから、日本語で書いた方が誤解が少なくていい。

 それでも白永が耳慣れていなさそうな様子からしてメジャーなものではないのだろう。実際、雷や檀子女に聞いても誰も知らなかった。





 自動機織機。最初の糸を張る作業こそ手作業だが、その後はボタンひとつで指定した長さまで織ってくれるという優れものである。

 完全に機械。中華ファンタジーに突然現れた近代文明に私も呆気にとられたのだが、構造はファンタジーとのハイブリッドだった。

 覚えているだろうか。私が面白がって連打した、文書殿の明かりのボタンを。

 あれがそもそもどういう作りなのかというと、光源とボタンの間を赫龍石(かくりゅうせき)を砕いたもので繋いでいて、そこに龍力を流しているらしい。


 ……新しい単語がまた出て来た。首をかしげすぎて体ごと斜めになった私のために檀子女は丁寧に説明してくれた。


「龍力を豊富に含んだ石が龍石ですが、これは地下に埋まっています。それを掘り起こす時、一緒に出てくるのが赫龍石です。これは龍力を溜めることは出来ませんが、龍力を流すことに長けています。これを利用して、赫龍石を砕き砂にしたものを龍力を通したいところに入れるのです」


 つまり電気を流す時の銅線の役割である。

 ここに龍力を流すと流れやすい赫龍石のところを通って反対側に到達、明かりが点くという仕組み。

 電気を龍力で代用できるはずとは思っていたが、ここまで科学っぽくなるとは予想外だった。鎖術の時の「考えるな、感じろ!」とはえらい違いである。


 ……話を戻そう。この自動機織機の中には、その赫龍石で作った回路がみっちり詰め込まれているのである。

 東菖竜国にもこういう回路を設計する人や、実際に作る職人がいるらしいが、母上の故郷にはそういう専門家はいない。ただ、出来たら面白そうみたいなノリで先祖の誰かが作って、それが母上の一族に伝わってきたという。

 人数が少ないから手織りで充分だし、織るのが早い人や刺繍が上手い人が尊敬されて偉いくらいの感覚だったため、1台作って偶に整備する、そしていざという時に、くらいしか使っていなかった。


「赫龍石を持ってきたのはこの国から来た行商人だったはずですし、使い方もその人が説明してたというから、てっきり似たようなものがあると思っていたのですけど……」


 素で戸惑う母上を見て、これが『私なにかやっちゃいました?』系主人公ってやつかな、と思った。

 母上は次期族長だったのでその回路もしっかり教えられていて、私のためならと詳細に描いてくれた。ありがとう母上。私には何が何だかさっぱりな配線なんだが。コードが絡まっているようにしか見えないんだが。




 首の傾きは戻ったけれど真顔になって読んでいた白永が、顔を上げる。

「……終わったことを言うのは詮無いことと百も承知ですが、湖一族を滅ぼしたのは悪手の極みでしたね?」

「おかげで生まれた私が言うのもなんですが、そう思います」

 知識と技術だけなら紡績、服飾関連のトップ集団である。産業革命が起きていなかったのが不思議なくらいの、だ。

 滅ぼすのではなくてその技を取り込んだほうが間違いなく役立ったと思う。族滅って一体何したんだ湖一族。

 そんな全力で軍を迎え撃っちゃったのか。意外に血の気が多い……いや母上のあの性格からして覚悟決めたらすごそうだもんな……最初を間違えてにっちもさっちもいかなくなったのかな……。




***


 白永と相談した結果、急遽この赫龍石の回路を弄れる設計エンジニアと、作る職人が必要になったわけだが。

 白永は、というか浪家は数日後にはしっかり確保してきた。

 特にエンジニア――とりあえず回路師(かいろし)と聞こえた――にはいろいろ無茶をお願いするのでさすがに直接会ったほうがいいだろう。

 ということで初めて城外に出ることになった。表向きは師傅のお宅訪問である。ついでに慈山のお宅も訪ねることになった。寸前で決まったけど引退の身で暇だから構わないという返事がすぐに来た。ありがとう師匠。



「そういうことで、明日行ってきますね」

「そうですか、気を付けるのですよ。地割れに巻き込まれたりしないで下さいね」

「大丈夫です母上。浪家や涼家がある場所は一等地なので地盤は硬いと思います」

「殿下、地割れ自体を否定して下さい」

 最近母上と話すとどうも甫三女からツッコミが入る。檀子女は母上のあれそれをいろいろ諦めたのに、甫三女は律儀だ。


「……そういえば小陽、もしわたくしの故郷出身の者と会ったら、『タカミオの直系』と名乗りなさい」

「え? タカミオ?」

「あのあたりでは先祖が誰かを名乗るのが普通なんです。……会う機会はほぼないでしょうし、この名も忘れ去られているとは思いますが」

 鎌倉時代くらいの「やあやあ我こそは」みたいなものか。確かあれ、住所や先祖の説明から始まるから長い人はとても長かったはずだ。

「万が一親を聞かれたら『自分は(みずうみ)(れい)の子だ』と」

「えーと、『タカミオの直系、碧晶宮文陽です』と名乗って、親を聞かれたら『湖の玲です』ですか?」

「ええ」

 母上の【湖】ってひょっとして名前じゃなくて地名だったのだろうか。そういえば母上の故郷は今、湖水地方と言われているらしいし。もしや湖の近くに住んでる一族です、くらいの感覚だった? 新事実である。

 しかし段々私の名乗りも長くなってきたな……いや、これは地域限定だしいいか。その土地の風習を大事にするのは良いことだしね。名乗りくらいなら楽だ。

 まあ今回の人は全くその地域の人じゃないんだけどさ。

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